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全滅したパーティーを救うため、二周目は未来の知識で俺TUEEE……するはずが、敵が本気出してきちゃった件。  作者: 久喜崎


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第31話「反撃への道程」

大陸の中央に位置する繁栄の都市、王都アロリア。その夜は普段であれば、煌びやかな魔力灯の光と、着飾った貴族たちを乗せた馬車の車輪の音、そして酒場から漏れる賑やかな喧噪に包まれているはずだった。

 だが今夜だけは、まるで息を吹きかけられた蝋燭のように街から音と光が消え、異様で張り詰めた緊張感が街の空気を冷たく引き締めていた。

 王家直属の最強の武力である第一騎士団、およそ三百名が完全武装の銀鎧を鳴らして出動し、ヴェイン伯爵の広大な屋敷を囲む貴族街の一部を、何重にも完全に封鎖していたからだ。

 冷たく湿った夜風に乗って、幾重にも響く軍靴の重い足音と、鍛え抜かれた指揮官の鋭い号令が、怯えて窓を閉ざした街の隅々にまで轟いている。


 その厳重な封鎖線の少し手前。魔力灯の光の届かない路地の暗がりの中に、息を潜める四つの影があった。


「……信じられない。あなたたち、本当に中央治癒院の厳重な監視を抜け出してきたのね」


 呆れたように、しかしどこか安堵したように言うセレナの隣で、レイドが荒い息を吐きながら冷たい石壁に重く寄りかかっていた。

 レイドの顔色は血の気が引いて蝋のように白く、額には苦痛による脂汗がびっしりと浮いている。


「人聞きの悪いことを言うな……こっそり抜け出したんじゃない。一向に退院許可を出してくれない頭の固い治癒院長に、首元で少しばかり『強引な説得』を加えただけだ」

「それを世間一般の法律では脅迫と脱走と呼ぶのよ。あなたの砕けた胸の肋骨、まだ三本は完全にくっつききってないんでしょう。担当の治癒術師が『あと一週間はベッドの上で絶対安静にしろ、さもなければ肺に骨が刺さる』って、怒鳴るように何回も言っていたのに」

「俺がベッドで一週間も大人しく寝てたら、昨日から監視の目を光らせているあのクソ伯爵が、教団との繋がりを示す証拠を全部屋敷の裏で隠滅して、他国へ高飛びしてしまう。リーネの魔法で、応急処置としてガチガチに骨と痛覚を固めてもらった。剣を振って走る分には何の問題もない。……多少、深く息を吸えないだけでな」


 レイドは痛みで引き攣る口元を無理矢理に歪めて、平気な顔を作って笑った。

 実際はそんな生易しいものではない。一歩歩いて地面を踏みしめるごとに、胸の奥を熱く熱した鉄棒で容赦なくかき抉られるような、肺が破裂しそうな激痛が走っている。

 リーネが自身の魔力を削って必死に背中から掛けてくれている『痛覚遮断』と『骨格固定』の複合魔法が切れてしまえば、立っていることすらまともにできず、その場で血を吐いて倒れ伏すほどの重傷なのだ。

 それでも、彼は病院のベッドではなく、最前線であるこの場所にいることを自ら選んだ。ここが、未来を変えるための最大の分岐点だからだと知っているからだ。


「無茶はしないでよ。私の魔法が途中で切れたら、胸の骨が肺に刺さって、また三途の川の船頭さんとゆっくり世間話をすることになるんだからね」


 リーネが心配そうにレイドの背中にそっと手を当て、固定魔法の魔力の持続の波長を確認しながら、唇を噛んで言った。

 彼女の美しい目の下には、重傷のレイドに付きっきりで三日間徹夜で看病を続けたことでできた濃い隈がまだ残っていたが、その見開かれた瞳の奥には、決して後には引かない覚悟を決めた戦士の強い光が宿っていた。


「その時は、あの世に死ぬほど美味い飯屋があるかどうか、先に逝ってるかもしれないガルドに聞いてから行くさ」

「おいおい、冗談言えるなら全然大丈夫そうだな! むしろ重傷人なら俺の方を心配してくれよ、まだ左腕が三十度以上上に曲がらねぇんだからよぉ!」


 ガルドが大袈裟に分厚い右手を挙げてガハハと笑った。

 彼自身の左腕にも、強引に細胞を繋げる治癒術式を極限まで施した特製の石膏のギプスが重々しく嵌められている。しかし、無事な右手には、治癒院を抜け出した帰りにギルドの鍛冶屋の伝手で強引にもぎ取ってきた、完全な新品の大盾——銀色に輝くミスリル合金の特注品——が力強く握りしめられていた。

 先日の愛用していた大盾は異形のキメラとの死闘で真っ二つに割れてしまったが、この新品はそれを遥かに凌駕する頑丈な造りだ。表面には衝撃を吸収し熱を散らす高度な附呪が施されており、仄暗い路地裏で青白い幾何学の魔法紋が淡く呼吸するように光を放っている。


「満身創痍のあの馬鹿二人は、大人しく治癒院のベッドに縛り付けておくべきだったみたいだけどね」


 セレナが小さくため息をつき小声で目配せしながら、路地の先を張り詰めた警戒心で探っている。

 彼女の金色の瞳が闇の中で獲物を狙う猫のようにかすかに光り、伯爵邸の正門前の大通りの様子を、周囲の気配を残らず吸収するように観察している。


 前方の正門の巨大な鋼鉄の扉は、すでに騎士団が持ち込んだ丸太大の破城槌によって無惨に破壊されており、銀の鎧を着た騎士たちが足並みを揃えて、次々と敷地内へ突入していくところだった。

 石畳の上に落ちる冷たい雨の粒が、騎士たちの怒号と四人の足音をかき消している。

 上空はインクを流したような重く厚い雲に覆われ、月明かりはほとんど差し込まない。石壁に等間隔で取り付けられた松明の赤い炎だけが、路地裏を薄ぐらい血のようなオレンジ色に照らしている。

 やがて、遠くの屋敷の中心の方角から、鋭い金属がぶつかり合う音と、空を焦がすような魔法の爆発音が断続的に響いてきた。


「始まったわね」とセレナが弓を下ろす。

「ああ。王都騎士団の精鋭と、教団の私兵が交戦を開始した音だ。かなりの激しい抵抗があるようだな」


「ヴェイン伯爵が金を積んで雇っている私兵は、ただの屋敷の護衛兵じゃない。その中核を担っているのは、教団本部から直接派遣された完全な洗脳済みの戦闘員だ」


 レイドが冷たい壁に背を預けたまま、五年間の地獄を思い出すような低い声で口を開いた。


「人を呪い殺すことだけに特化した特殊な武器を使う連中や、痛みを感じず自爆も辞さない暗殺特化の隠密型の狂信者が相当数混ざっているはずだ。いくら王都の騎士団の精鋭とはいえ、相手のやり口を知らなければ、手にも余る奴らが何人もいるだろうな。……俺たちは正面のあの乱戦の騒ぎに紛れて、一番警備が手薄になる裏口から屋敷に回り込んで潜入する。地下の書斎で教団との『証拠の書類』を隠滅し最奥の隠し通路へ逃げようとしている伯爵の喉首を、騎士団より先に直接押さえるぞ」

「了解だ! 露払いのド派手な仕事は俺に任せな。片手しか使えなくても、この超硬度のミスリルの新品の盾を渾身の力で突進してぶつけりゃ、大概の野郎は壁のシミになるくらい吹っ飛ぶからよ」


 ガルドが大盾の表面を拳で軽く叩いた。ミスリル合金が、戦闘の始まりを告げるかのように澄んだ高い音を夜の闇にゴーンと響かせる。


 表門での激しい魔法の爆発音がピークに達した瞬間。四人は気配を殺し、雨の降る闇に完全に紛れて、警備の薄い伯爵邸の裏庭へと音もなく忍び込んだ。

 広大な中庭は、普段であれば美しい貴族の趣味の手入れの行き届いた巨大な薔薇園になっていたはずだったが、今夜ばかりは花々の甘い香りの代わりに、血の匂いと、金属と火薬が黒く焦げる嫌な臭いが一面に充満している。

 表門の方角の空が断続的に爆発の火炎で赤く染まり、騎士たちの悲痛な怒号が雨音を裂いて遠く響いていた。

 読み通り、教団の紋章が入った黒い服を着た私兵たちの大半は、正門から雪崩れ込んでくる騎士団の防衛に急遽駆り出されており、この裏庭の警備は驚くほど手薄になっていた。

 セレナのエルフ特有の夜目と鋭い気配察知能力が、暗闇の薔薇園の中で隠密に進むための最適なルートを的確に指し示していく。彼女の黄金の瞳は闇の中でもまるで昼の陽光の下のように機能し、二十メートル先の物陰に潜んでいる見張りの微かな呼吸音すらも完全に感知して避けるルートを構築している。


「……レイド」


 雨の降る裏庭を低い姿勢で走り抜けながら、リーネが小声で背後から呼びかけた。


「ん? 痛覚遮断の魔法ならまだちゃんと効いてるぞ」

「魔法の話じゃないわ。……本当に、私たちに真実を全部話してくれてよかったのよ? あなたが『未来が見える特殊な能力』を持っているなんてこと。こんな重大で狂った世界の秘密を、一人でずっと抱え込んでいるのは……気が狂うほど辛かったでしょう……」


 レイドは一瞬だけ泥を蹴る足を止め、振り返らずにそのまま前を向いてポツリと答えた。


「言っただろ。全てを知る俺一人の頭の中だけで絶望して抱え込むより、最高に頼りになるお前たちの力を借りた方が、全員の生存率が確実に上がるって心から気づいたからだ。……俺は絶対に死にたくないし、何よりも……お前たちを今度こそ死なせたくないんだ」

「……ふふっ、何よそれ。そうね、それが絶対一番いいわ。みんなで泥臭く生き残る。それだけを考えて前に進みましょう」


 嘘八百の、死に戻りを隠すための方便の『未来視の能力』。

 だが、その荒唐無稽な話を一切疑わずに完全に信じ、背中を叩いてくれた彼らの真っ直ぐな信頼に。レイドは微かな嘘をついた罪悪感を感じつつも、不思議とずっと一人で戦っていた時より心が羽根のように軽くなっていた。

 一周目の血と絶望の記憶——その人間を潰す重圧を「これからは共有してもいい最高の仲間がいる」と思えるだけで、肩にのしかかっていた五年分の冷たい鉛が、ほんの少しだけ溶けて雨と共に流れ落ちるようだった。

 もちろん、未来を体験したという全てを話したわけではない。「俺自身が五年後に死に戻りをした」という絶望的な真実だけは、彼らの心を守るためにまだ心の奥底の黒い箱に密封したままだ。

 それでも、もう独りよがりの完全な孤独ではなくなった。その事実だけで、レイドの踏み込む傷ついた両足は、確実に力強く前へ進んでいた。


「前方、薔薇の茂みの陰に伏兵三人! 隠密特化よ、こちらの足音に気づかれたわ!」


 セレナの氷のような鋭い声が、雨音と闇を切り裂いた。

 裏口の鉄格子からなる門を守っていた黒衣の教団の戦闘力三人が、こちらの気配を完全に察知し、毒の塗られた波打つ暗殺短剣を両手に別々に構えて立ち塞がる。

 彼らの赤い目には、教団の洗脳によって人間の正気を完全に失った狂信者特有の、暗く濁った執念の光だけが宿っていた。恐怖も躊躇もなく、ただ任務の完遂のためだけに自らの命を躊躇なく投げ出す人間凶器だ。


「俺とリーネが前衛で全員まとめてぶっ飛ばして血の道を作る! レイドとセレナは途中で止まらずに、俺たちの背中を蹴ってでも先に邸内の奥へ進め!」


 ガルドが吠え、新品の巨大なミスリルの大盾を正面に構え、床の石畳をバキリと粉砕するような勢いで一歩、二歩と爆発的に前へ踏み込んだ。

 同時にリーネの白樺の杖の先端から蒼白い巨大な魔法陣が幾重にも空間に描かれ、そこから射出された五本の極太の鋭い風の刃が、裏口の暗闇と薔薇の茂みを丸ごと一気に薙ぎ払う。凄まじい風圧で、門の両脇に設置されていた松明の火が一瞬で掻き消された。


 ガルドの地を這うような咆哮と共に。

 四人のこの世界に対する、命懸けの反撃の口火が今ここに切って落とされた。

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