第23話「陰謀の街 アロリア」
王都アロリアは、辺境のブレンハイムからすれば『別の世界』そのものだった。
寸分違わず敷き詰められた滑らかな大通り。規則正しく空を突くほど高く立ち並ぶ白亜の防壁と巨大な建造物群。上空を飛び交う通信・輸送用の大型魔鳥たち。
目に入るもの全てが、辺境とは権力のスケールが桁違いだった。
「うおおおおおッ!! すっげぇ、なんだあのバカみたいにデカい塔!? おいリーネ見ろよ、あそこの屋台の並び全部肉焼いてるぞ天国か這裡是!?」
「ちょっと静かにしなさいよガルド、田舎者丸出しで恥ずかしいわよ……ってウソ、あそこの魔法ショップのショーウィンドウ、カタログでしか見たことない国宝級の魔石ばかりじゃない……ッ!」
ガルドとリーネが馬車の窓から身を乗り出してはしゃいでいる。
セレナも騒ぎはしないが、人間の効率と権力を極めた巨大な都市工学の結晶に、驚きを隠せないようだった。
だが、レイドだけは。
その三人の眩しい横顔を眺めながら、自分一人の胸の内だけに冷え切った鉛のような重い感情を抱え込み続けていた。
やがて特別馬車は巨大な噴水を抜け、王都の心臓部・ギルド総本部へ到着した。
それ自体が巨大な城と見紛うほどの威圧的な建造物。四人が受付でアーロンからの推薦状を提示すると、待合室に座る暇すら与えられず、すぐさま最上階の特別応接室へと通された。
深紅の絨毯が敷き詰められた広大な応接室。飾られた絵画も壺も、素人目に国宝級の価値があると分かる。
「——道中ご苦労であった。よくぞ参られた、新たなる辺境の英雄たる『明けの明星』の諸君」
重厚な真鍮の扉が開き、室内に入ってきたのはギルドの総本部長などではなかった。
十数人もの私兵を護衛として引き連れてきたのは——金糸と宝石の刺繍が施された最高級の絹の服を着た、初老の男。
一見すると温和な顔立ちだが、薄く笑った瞳の奥底には冷酷な計算高さと、他者を見下す傲慢なヘドロのような光が潜んでいる。
その顔を見た瞬間。レイドの心臓が警鐘を鳴らして跳ね上がった。
(……来たか。やっぱり、てめぇ絡みか)
「余はヴェイン・アルクライト。この王都のギルド運営顧問であり、王家直属の調査機関を束ねる伯爵の地位にある。急な呼び出しに応じたこと、深く感謝する」
「お初にお目にかかります、伯爵閣下。お呼び立ていただき光栄の至りに存じます」
レイドは表情を完全に殺し、一歩前に出て完璧な一礼をとった。
突然の大貴族の登場に、ガルドとリーネも慌てて頭を下げる。セレナだけが警戒心を解かずに伯爵を見据えていた。
「うむ、面を上げよ。そなたたちの華々しい活躍は我が耳にも届いている。大樹海での未知の精霊災害を未然に防ぎ、強大な変異体を無傷で打ち倒したというではないか」
ヴェイン伯爵が、羽扇子で口元を隠しながら、商品を値踏みするような粘ついた視線で四人を舐めるように見回す。
強靭なガルド、膨大な魔力のリーネ、希少なエルフのセレナ。そして彼らを束ねるリーダーのレイド。
「特に、エルフの美しき御仁をメンバーに迎えているとは驚きだ。まさに歴史的快挙と言っていいだろう」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」
レイドは、額の裏でぶち切れそうになる殺意を必死に理性で縛り付け、平坦な声で答えた。
——間違いない。この男だ。
一周目の記憶で、俺たちに「名誉ある裏の依頼」を持ちかけ、遺跡の奥底へ誘導し。ガルドを魔獣の餌として突き落として平然と笑っていた、諸悪の根源。
この男の裏には確実に『虚無の教団』が張り付いており、こいつは教団の大幹部の手先なのだ。
「これほど優秀な若者たちだ。B級への特例昇格など当然だ。だが、余はそなたたちの力をさらに高く評価している。英雄には相応しい試練が与えられるべきだと」
ヴェイン伯爵が薄く歪んだ笑みを浮かべ、背後の小間使いから一枚の蝋封された羊皮紙を差し出させた。
「王都に到着したばかりのそなたたちに酷かもしれぬが……実は、王都近郊の山脈地帯で新たな『古代遺跡』が発見されてな。最深部から強大で不穏な魔力の波動が観測されているのだ。放っておけば王都の脅威になりかねない」
「……古代遺跡、でございますか」
「そうだ。これは王家直轄の極秘事項……すなわち余からの『直接指名依頼』だ。これを解決すればA級への道も開けよう。受けてもらえるかな?」
——来た。血文字で書かれた死の招待状。
タイミングが早まっただけで、やり口は一周目と全く同じだ。
ここで断れば、反逆者と見なされ王都での活動を締め出され、最終的には抹殺される。受ければ、魔獣への生贄として食い殺される。
どちらに転んでも確実に殺される『詰み(チェックメイト)』だ。
「……有難き幸せ。謹んで、お受けいたします」
レイドは、寸分の迷いも与えず即答した。
背後で、ガルドとリーネが息を呑む気配がした。
「ほう……即答とは頼もしい。しかし命の危険が伴う任務だぞ? 後ろの仲間たちと相談しなくても良いのかね?」
「不要です。彼らは常に俺の剣を信じてくれています。他ならぬ伯爵閣下直々のご指名とあらば、己の命に代えてでも応えるべきこれ以上の名誉はありません」
白々しい嘘八百のヨイショを、レイドは完璧な忠誠の笑顔を貼り付けて言い切った。
「そうか! 実に見事な心意気だ! では、遺跡への出発は明日の朝一としよう。ギルドを通じて詳細な資料を宿に届けておく」
ヴェイン伯爵は手駒が罠に食いついたことに満足そうに頷き、護衛たちを引き連れて重い扉を閉めて出て行った。
バタン、と。扉の鍵が外から閉められた数秒後。
「ちょっとおおおおッ!! レイドオオオオオッ!!」
リーネが凄い勢いでレイドの胸座を掴んで揺さぶってきた。
「何でいきなりあんなヤバそうな依頼を即答したのよ!? 私たち王都に着いたばっかりでしょ!? 明日からいきなり暗い古代遺跡の調査なんて嘘でしょ!?」
「そうだぞレイド! 俺ぁ王都で巨大ステーキを三日ぶっ通しで食い続ける完璧な休日の予定があったんだぞ!!」
「ガルドのステーキのことは知るか!!」
激しく文句を言う二人に、レイドは冷静にリーネの手をほどき、表情から「忠実な仮面」を消し去って声音を低くした。
「……断りたくても、断れなかったんだよ」
「え……?」
「よく思い出せ。あの伯爵の腐った目は俺たちを親身に『試す』目じゃない。便利な駒としてすり潰して『使う』つもり満々のサイコパスの目だ」
「使うって……どういうことよ」
「あそこで断れば、その瞬間から俺たちは王都から締め出されるか、明日の朝までに暗殺者に寝首を掻かれる。……笑って受けるしか、あの場で俺たち全員が確実に生き残る道はなかったんだよ」
一切の冗談を含まないレイドの言葉に、二人も事の重大さを察し黙り込んだ。
「……ねえ、レイド」
重苦しい沈黙を破ったのは、窓から街並みを見下ろしていたセレナだった。
「あなた……さっきあの貴族から羊皮紙を渡された時。ギリギリまで隠していたけれど、一瞬だけ、信じられないほど深く暗い『殺意』を漏らしていたわよ」
「…………」
「まるで……親の仇に数年ぶりに出会って、今すぐ喉笛を食いちぎりたくてたまらない獣のような目だったわ」
セレナの正確すぎる指摘に、レイドは誤魔化しを重ねるのをやめた。
「あの伯爵は真っ黒だ。ただの貴族じゃない、裏で教団と確実に繋がってる手先だ。明日の調査は俺たちを生贄にするための仕組まれた死の罠だ」
レイドの断言に、応接室の空気が完全に凍りついた。
「わ、罠って……お前、確証があるのか? なんでこの街に来たばかりのお前が大貴族の裏の事情を知ってるんだよ?」
「……勘だ。俺の絶対の勘は、今まで一度でも外れたことがあったか?」
レイドはそれ以上は語らず、手の中の依頼状をクシャクシャに丸め込んだ。
「いいか、三人は今日はギルドの用意した宿舎でおとなしくしていてくれ。……俺は今夜、一つだけ片付けなきゃならない『野暮用』を済ませてくる」
そう冷たく言い残し、レイドは一人応接室を後にした。
残された三人は、不安げに顔を見合わせた。
「……また一人で勝手に泥を被ろうとして、一番重いものを抱え込みすぎよ、あいつは……」
リーネの悔しそうな呟きは、ガルドとセレナの耳にも沈痛に響いていた。




