第22話「王都への道」
ギルドが手配してくれた豪華な六頭立て乗合馬車が、王都アロリアの方向へと続く石畳の街道を滑るように進んでいく。
街道の両脇には黄金色に実った麦畑が延々と広がり、秋の柔らかな日差しが車窓を通して足元を暖めていた。
国境のブレンハイムから王都までは、通常なら丸三日はかかる長い道のりだ。
しかし、B級への特進を果たし王城からの「ご招待」を受けた彼らのVIP仕様の急行馬車は揺れも少なく、座席には高級な毛皮が敷き詰められていた。
馬車を引く六頭の馬も全てが選りすぐりの名馬で、毛並みは絹のように滑らかに輝いている。
「おおおおおッ!! おい見ろよこの座席! 俺の百キロの尻と装甲が乗っても沈みきらねぇぞ!」
巨躯を子供のように揺らし、座席でぽよんぽよんと跳ねるガルドを、対面のリーネが極小のジト目で睨みつける。
「あんたね、馬車の中でドスドス跳ねるのやめてくれない? 揺れて私の読んでる魔導書がブレるのよ。集中できないんだけど」
「他に乗客いねぇじゃんか! 英雄の貸し切り便だって支部長が誇らしげに言ってたろ!」
「だからって、意味の分からない軍歌を大声で即興で歌うのはやめなさい。あんたの絶望的な音痴が私の鼓膜に物理ダメージとして直撃してるから」
いつものように低レベルな言い合いをギャーギャーと続ける二人を横目に。
新調したシックな旅装束に身を包んだセレナは、窓の外を流れる景色を静かに眺めていた。
森の奥から外に一歩も出たことのなかった彼女にとって、人間の世界は新鮮なものばかりだった。
果てしなく続く麦畑、すれ違う商人たちの荷馬車、道端に置かれた道標の石碑。人間がせっせと大地を区画に分け、一粒の種から食料を育てているのが珍しくてたまらないらしく、金色の瞳がキラキラと好奇心に輝いている。
「……人間の住む世界というのは、本当に、どこまでも忙しないのね。畑を耕し、家を建て、道を舗装し、馬を走らせ……。森では木の一本が育つまでに百年待つのに、人間たちは一年で街の形を変えてしまう」
セレナの微かな感嘆の呟きに、隣でフードを被って黙り込んでいたレイドが短く応じた。
「ああ。エルフのゆっくりとした時間感覚とは根本的に違う。人間の寿命はせいぜい六〜七十年だ。何かを成し遂げるためには、常にひたすら急いで生きるしかないんだよ」
「それは知識として理解しているつもりよ。でもね……」
セレナはフードの奥のレイドの横顔を、射抜くように見つめた。
「レイド。あなたの『生き急ぎ方』は、明らかにしなやかな人間の基準から見ても異常よ」
「……そうか?」
「ええ。まるで、自分に与えられた『生きるための制限時間』が最初から決まっていて……見えない時計の針に常に追われて、ひどく焦り続けているように見えるわ。あなただけが知っている『期限』が近づいているような……そんな切迫感」
決定的な核心を突かれ。レイドは無意識に息を呑み、セレナの視線から逃げるように顔を背けた。
セレナの観察眼は、恐ろしく鋭い。
レイドがどんなに隠しているつもりでも、彼の魂の底にある「時間的な焦り」と「過去の失敗への恐怖」という感情を、正確無比に見抜いて抉ってくる。
エルフとしての数百年の人生経験が、人間の微妙な感情の揺れを見落とすことを許さないのだ。
「……気のせいだ。王都に到着してからのギルドや王城でのクソ面倒な手続きとか、リーダーとして頭の痛い考えることが山ほどあってな。気が立ってるだけだ」
「そう。なら、リーダーとしての疲労ということにしておいてあげる。それ以上は今は踏み込まないわ」
セレナはそれ以上は追及せず、窓の外の青空へ視線を戻した。
だが、その金色の瞳の奥には、納得していない光が静かに燃えていた。
レイドは誰にも聞こえないように安堵の息を吐き、再び深く目を閉じた。
だが。瞼を閉じてもどうしようもなく克明に浮かんでくるのは、これから向かう「王都アロリア」での、血に塗れた最悪の記憶だけだった。
——一周目の記憶。
B級に昇格し、意気揚々と王都のギルド本部へ足を踏み入れたあの日。
ガルドは屋台の食事に感動し、リーネは図書館の蔵書数に狂喜乱舞した。レイド自身も成功に完全に浮かれていた。
そこに、あの『男』が現れたのだ。
『君たちのその輝かしい力と勇気を見込んで、内密に、私の依頼を受けてはくれないだろうか』
甘く優雅な微笑みと、莫大な報酬額の提示。
王族に連なる大貴族からの『裏の指名依頼』という大抜擢に、警戒心を完全に失ったあの時の若き日の自分たちは、二つ返事で快諾してしまった。
それが、初めから仕組まれた罠だとも知らずに。
貴族が指定した忘れ去られた古代遺跡。そこに封印されていた未知の魔獣。
あの貴族の本当の目的は、教団の儀式のために魔獣の封印を解く「優秀な生贄」を罠にかけて送り込むことだった。
そして——魔獣の初撃の暴力から俺とリーネを庇い。
ガルドは、大盾ごと胴体を完全に噛みちぎられ、即死した。俺の目の前で、俺に笑いかけながら。
(……くそっ)
レイドは、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。
爪が掌に食い込み、微かな痛みが走って初めて自分が怒りに震えていたことに気がついた。
「——レイド?」
不意に。対面からリーネの心配そうな声が飛んできた。
見れば、思い詰めた表情のリーネが真っ直ぐこちらを覗き込んでいる。
「どうした?」
「顔色がひどく悪すぎよ。三日前にブレンハイムを出発した時から、ずっと……一人で目に見えない化け物の影に怯えてるみたいに見える」
「怯えてなんかないさ。ちょっと馬車の揺れで酔っただけだ」
レイドはおどけた顔を作って見せた。
「本当に? 王都で絶対に避けられない厄介なことに巻き込まれるんじゃないかって……私たち、急に無理な囮の作戦をさせられたりしたでしょ? あなた最近、変なくらい先のことを読みすぎてるのよ」
リーネの勘も最近やたらと鋭い。
これまでの戦いを経て、彼女の中でレイドへの「信頼」と「疑問」が同時に育ってしまっているのだろう。
「大丈夫だ、リーネ。王城の貴族どもが相手だろうと……何があっても、お前たちは絶対に俺が守るから安心しろ」
「……またそういうとこよ。自分一人だけで全部抱え込んでるみたいな傲慢な言い方。私たちはお荷物じゃないわよ」
リーネが唇を尖らせてレイドのすねを蹴ろうとした、その時。
ドッッッォォォォォンッッ!!
ガルドが寝返りによって座席からバランスを崩し、馬車の床に派手に大激突した。
六頭立ての馬車が揺れ、天井のランプがガチャガチャと音を立てる。
「いってェェェェェ!!? な、なんだ!? 夜襲か!? 俺の盾はどこだ!!」
「あんたの寝相の最悪さ加減よこの阿呆!! 馬車の底が抜けたらどうやって弁償する気なの!?」
リーネがマジギレして杖でガルドをポカポカと叩き始め、車内はいつもの騒がしい空間に戻った。
セレナが「人間って本当に飽きないわね」と呆れた笑みを浮かべて頬杖をつく。
レイドはその光景を見て心の底から小さく笑い、顔を上げて窓の外の前方を見た。
地平線の彼方に、巨大で白亜の城壁と王城の無数の尖塔群が、太陽の光を反射して見え始めている。
王都アロリア。
一度殺され、奪われた、最悪の因縁の地。
だが、今回はあの時とは決定的に違う。
あの醜悪な顔も。血塗られた罠の存在も、仕掛け人の思惑の裏まで。
俺は今の段階で、すでにその「全て」を知り尽くしている。
一方的に殺された無力な一周目とは違う。
今度は——俺から先に仕掛けて、盤面を完全にひっくり返してやる。
レイドは静かに、確かな殺意の炎を瞳に灯して笑った。




