第21話「招かれざる栄誉」
大樹海ティルナノグからの奇跡的な生還と、「第二の苗床」の完全破壊。さらに、独立不羈のエルフが人間のパーティーに正式加入したという事実。
その規格外の報告を受けた冒険者ギルド・ブレンハイム支部は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
「お前ら……本気で言ってるのか? たった四人で、あの巨大な魔力溜まりである『樹泥のゴーレム』を無傷で三体も叩き落としたって?」
支部長室の分厚い執務机越しに、隻眼の老剣士アーロン・ヴァルディス支部長が、提出された討伐完了の報告書とレイドたちの顔を険しい目で交互に睨みつけている。
「しかも、あの閉鎖的なティルナノグのエルフを、ギルドの正式なパーティーメンバーに迎えただと? ……冗談も休み休みにしろ。エルフが人間のギルド規約にサインするなど、建国以来聞いたことがないぞ」
「まあ、現地で色々ありましてね。異文化交流の果ての、熱い友情の賜物ってやつですよ」
レイドが平然と肩をすくめると、アーロンは腹の底から深いため息を吐き出した。
「お前なぁ……『色々』で済まされる事案じゃねぇ。ギルドの魔導調査班はお前たちの倒した『苗床』の魔力残滓を測って腰を抜かしかけた。放置すれば数年で国一つを丸ごと腐海に沈める世界的脅威だ。それを事前に察知して潰した功績は、一支部で抱えきれる代物じゃねぇ」
アーロンは引き出しを探り、王家の赤い蝋で厳重に封印された羊皮紙の封筒を机に叩きつけた。
「今朝、王都のギルド総本部から早馬で届いた通達だ。辺境の英雄『明けの明星』を、本日付で特例の『B級』へと特別昇格させる。さらに——」
アーロンの隻眼が、真っ直ぐにレイドを射抜いた。
「直ちに王都アロリアのギルド本部、ならびに王城へ出頭せよ、とのことだ。王家直々の、公式な恩賞授与のための『ご招待』だそうだ」
「マジかよッッ!!?」
「ええっ、私たちが、王都へ!?」
ガルドの絶叫とリーネの裏返った声が響いた。
王城への招待など、地方のしがない冒険者からすれば一生に一度あるかないかの劇的な名誉だ。
「おっしゃぁぁぁッ!! 王都のド真ん中の飯屋は全部すげぇって噂だ! 牛の丸焼きとか深海の魚とかが食えるらしいな!! 俺の胃袋が火を噴くぜェェッ!!」
「あんたはそればっかりね。でも……王都の王立大図書館。西の大陸のありとあらゆる魔導書が集まってる夢の場所に、ついに私が行けるのね……!」
二人が無邪気に欲望と夢を爆発させて喜ぶ横で。
リーダーであるレイドの表情は、その歓喜とは全く正反対の異様な色に染まりきっていた。
こめかみに冷たい汗が伝う。
長剣の柄を握るレイドの手に、白く血の気が引くほどの恐ろしい力が込められていた。
「……王都、アロリア」
ぽつりとこぼれ落ちたその声の異様な低さに。隣のセレナだけが、怪訝そうに金の眉を動かした。
——王都、アロリア。
そこは、一周目の凄惨な記憶において、ガルドが初めて『理不尽に死んだ』、呪われた血の因縁の地だ。
あの時もそうだった。順調に辺境で名声を上げた俺たちは、希望に胸を膨らませて憧れの王都へ行き、醜悪な貴族が持ち込んできた「名誉ある裏の依頼」という罠にいとも簡単に巻き込まれた。
結果——ガルドは、古代魔獣の凶牙から俺とリーネを庇い、全身を喰いちぎられて死んだ。
なぜだ。時期が、圧倒的に『早すぎる』。
俺の記憶では、王都へ呼ばれたのは数年は先の話だったはずだ。
大樹海での苗床の一件を、あまりにも早く完璧に解決しすぎたせいで。その歴史改変の蝶の羽ばたきが、俺たちの大幅な名声上昇をもたらし、ガルドの回避すべき最大の『死亡フラグ』ごと、数年前倒しで強引に引き寄せてしまったのだ。
「どうした、レイド。お前、嬉しくねぇのか?」
ガルドの、一切の裏表もない純粋な笑顔が、レイドの胸を痛いほどに締め付けた。
だめだ。ここで俺が取り乱せば、無用な混乱を招くだけだ。
「……いや。あまりの突然の吉報に、驚きすぎて言葉が出なかっただけだ」
「驚きすぎて顔色が真っ青だぞ! まあ無理もねぇ、今日は朝までお前の奢りで祝杯だ!!」
「ああ。しこたま飲ませてやるよ」
レイドは猛烈な焦燥感を必死に押し殺し、無理矢理口角を上げて笑ってみせた。
「出立の馬車は明後日の早朝だ。それまでに準備を整えておけ。いいかお前ら、よく聞け」
アーロンが良い顔を険しくして、低い声で忠告した。
「王都の連中、とくに上の奴らは腹に何匹も魔物を抱えた食えない奴ばかりだ。地方からの成り上がり者を、ただもてはやすようなおめでたい場所じゃねぇ。いいように利用されてポイ捨てされないよう、せいぜい背後には気を引き締めて行けよ」
アーロンの重い忠告に、四人は深く頭を下げた。
◇
支部長室を出て、一階の酒場へと向かう薄暗い廊下。
「王都かぁ……。新しい服とか上等な杖とか新調した方がいいわよね。セレナさんも、そのエルフの戦闘服のままだと王都じゃ変に目立って絡まれるかもしれないわ」
「そうね。人間の最先端の服飾には疎いの。リーネ、あなたなりのセンスで見繕ってくれるかしら?」
「任せてください! セレナさんスタイル抜群だから絶対似合うはずよ! ガルド、荷物持ちよろしくね!」
女子二人が買い物の期待に胸を膨らませて前を歩いている。
「——ねえ、レイド」
ふと。足音を立てずに歩調を緩めたセレナが、すれ違いざまに、レイドの耳元で氷のように冷たい声で囁いた。
「さっきのあなたの顔。……あれは、名誉ある昇格を喜ぶ人間の顔じゃなかったわ」
「…………」
「まるで、処刑宣告をたった今受けたような、絶望した死刑囚の目だったわよ」
レイドは立ち止まり、横を見た。
セレナの金色の瞳が、レイドの心の奥底を容赦なく覗き込もうとしている。
「どうして、あそこまで怯えるの。王都に……私たちの知らない、何かの致命的な凶事があるの?」
このエルフの直感と観察眼は、恐ろしいほど鋭い。
どんな顔を取り繕っても、彼女の目をごまかすことはできそうにない。
「……王都には、美味すぎる飯屋があるらしい。そこでガルドがテンション任せに食いすぎて、パーティーの全財産を吹っ飛ばして食い破産しないか、財布のひもを握るリーダーとして本気で心配して顔面蒼白になっただけだ」
レイドは、できる限り平坦な声を作ってそう答えた。
「あなたの嘘が絶望的に下手なのは、相変わらずなのね」
セレナは深くは追求せず、小さくため息を吐いた。「まあ、いいわ。あなたの背中を守る私の弓は、何があっても絶対にブレないから」とだけ言い残し、前を歩くリーネたちの輪の中へと合流していった。
一人廊下に取り残されたレイドは、自分の震える右手を、爪が掌に食い込んで血が滲むほど強く握り込んだ。
——必ず、俺が回避してやる。
ガルド。お前のあの理不尽な死の運命が、前倒しで引き寄せられたというのなら。
俺の脳内にある防衛計画も、それに応じて極限まで前倒しで実行に移してやるだけの話だ。
誰一人、絶対に死なせはしない。
あの王都の「罠」は、俺がこの手で全て食い破ってやる。
再び燃え上がるような暗い決意を瞳の奥に固めたレイドの背を、一階から聞こえてくる「明星がB級特進だってよ!!」という大歓声が、どこか他人事のように包み込んでいた。




