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【完結】嘘告白への逆襲〜論破で叩き潰すはずでしたのに!〜  作者: 木風


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2/2

後編

ある朝、食堂で向かいに座ったアルバートが、皿の上のパンを指した。


「食べていないですね」

「朝は弱いだけです」

「では、少しだけでも」

「……あなたに関係ありません」

「関係を作りました。昨日、あなたが」


そう言って、アルバートは自分のパンを半分に割り、何も言わずに皿を寄せた。

エレノアは視線を逸らした。頬が熱い。苛立ちではない熱だ。


まずい。これは、私の方が——


その頃から、学院の空気も変わった。

廊下ですれ違うたびに刺さる視線。ひそひそ話。噂は、あっという間に広まった。


「クレスト公爵令息が、アシュフォード嬢を口説き落としたらしい」

「三年間ずっと、議論で絡んでたって」

「つまり、趣味が悪いのでは?」


笑い声に混じる嫉妬が、鋭い。

夜会の日。秋の風が冷たい。

アルバートは、当たり前のようにエレノアの手を取った。指先が、落ち着いた温度で包み込む。


「今日のあなたは、よく眠れましたか」

「……いつも通りです」

「嘘ですね」

「なぜ」

「あなたの嘘は、目がほんの少しだけ泳ぎます」


心臓が跳ねた。

踊り始める。音楽に合わせて足が動く。顔が近い。翠の瞳が、逃げ道を塞ぐ。

曲の終わり際、アルバートが低く言った。


「エレノア嬢。そろそろ、終わりにしませんか」

「……何を」

「あなたの『逆襲』です」


エレノアの足が、ほんの一瞬止まった。


「……気づいていたのですか」

「最初から」

「なら、なぜ」

「面白かったから、ではありません」


アルバートは踊りの輪の端で、そっとエレノアを壁際へ導いた。

人の視線から少し外れた影。そこでも彼は、決して触れすぎない距離を保つ。


「あなたが告白を嘘だと思ったこと」

「……」

「あなたが、私を叩き潰す気で『条件』を出したこと」

「……!」


エレノアは唇を噛んだ。恥ずかしい。情けない。自分だけが馬鹿みたいだ。


「それでも、嬉しかった」

「何が」

「あなたが私を見てくれたことが」


その言葉が、胸の奥に刺さった。


「三年間、ずっと見てきました。あなたが本を読む横顔も、議論で勝った時の目も、勝ったのに悔しそうな口元も」

「……そんなの」

「あなたに嫌われていると、思っていました」

「思っていたなら、なぜ絡むのです」

「絡まないと、あなたは私を見ないからです」


一瞬、息が詰まった。

最初の授業。窓際で本を読んでいた自分。先生が来ても顔を上げなかった。

あの頃、世界は本の中の方が静かで、安全だった。


アルバートは、続けた。


「私は、うまく告白できませんでした」

「……それで、からかうように?」

「はい。最低です」

「自覚があるのですね」

「あります。あなたの逆襲の方が、まだ上品です」


エレノアは、思わず笑いそうになって——こらえた。


「では、私の作戦は失敗ですか」

「作戦の目的が『私を困らせる』なら、失敗です」

「……」

「でも、目的が『本気かどうか確かめる』なら、成功です」


胸が、痛いほど熱くなった。

エレノアは視線を落とし、扇もない指先でドレスの布をつまむ。


「……もう一つ、質問です」

「どうぞ」

「今も、私をからかいますか」

「必要なら」

「やめてください」

「努力します」

「努力ではなく、やめてください」

「……代わりに、違う形で伝えます」


アルバートは一歩だけ近づき、囁いた。


「好きです。今度は、嘘ではありません」


エレノアの喉が鳴った。言葉が出ない。けれど、逃げたくない。


「……少し、時間を」

「いりません」


即答が、ずるい。

エレノアは顔を上げ、翠の瞳を真正面から見た。


「私の条件は、変わりません」

「はい」

「これからは、私のわがままは『逆襲』ではなく、『甘えるため』に使います」

「光栄です」


アルバートが、初めて本当に困った顔をした。

嬉しさを隠そうとして、隠し切れない顔。

それが、たまらなく腹立たしくて——同時に、胸が満たされた。


「……論破して叩き潰すはずでしたのに」

「私の方が、先に降参しました」

「いつも通りですね」

「違います」


アルバートは、ほんの少し声を低くした。


「今回は、逃げません」


噴水の音が遠くで鳴っている。音楽が次の曲へ移り、誰かが笑う声が弾む。

エレノアは、ようやく小さく息を吐いた。


「では、逃げない証明を」

「何をすれば」

「今夜の最後の一曲。逃げずに、私の手を取り続けてください」

「はい。最後まで」


アルバートは、真面目に頷いた。

エレノアは、それだけで十分だと思ってしまった自分に腹が立った。

だから、最後に一つだけ、言ってやることにした。


「……次の議論で私に負けたら、悔しがってください」

「難しい条件です」

「なぜ」

「あなたが賢いので」


ずるい。

本当に、ずるい。

エレノアは扇の代わりに本を胸に抱え直し、わざとらしくそっぽを向いた。


「では、もっと賢くなって差し上げます」

「楽しみにしています」


アルバートの声が、いつもより少しだけ柔らかかった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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