希望のサブクエ
「よぉーし、見ていろよ。僕のコーヒー豆は、僕がこの手で迎えに行く! 出張クエス、爆誕だ!」
クエスは、かつてないほど気合の入った顔で『銀の匙』の扉を勢いよく開け放った。腰には魔法媒体の杖、背中には一泊分の着替え(と、マイカップ)。「無理をする」自分への覚悟は完了している。
だが。
ザーーーーーーッ!!!!!
「……え?」
一歩踏み出した鼻先を、巨大な水の壁が遮った。バケツをひっくり返したどころではない。滝だ。これはもはや、空から川が降ってきている。
「あ、クエスさん。今日、午後から記録的な大雨になるって予報が出てましたよ?」
背後からリーザののんきな声が響く。クエスは開けた扉をそのままに、雨粒が跳ねて濡れた靴先をじっと見つめた。
「……ま、まあ、通り雨だろう。コーヒーのためなら、これくらい……」
しかし、その願いも虚しく、雨足は強まる一方だった。空はどんよりとした鉛色に染まり、数メートル先も見えない。結局、雨は午後を過ぎても止む気配を見せなかった。
そこへ、びしょ濡れのカリーナが店に駆け込んできた。
「クエス! 悪い、今日のクエストは中止だ! 街道の崖がこの雨でさらに緩んで、二次災害の危険があるってギルドからストップがかかった。……悪いな、明日以降に持ち越しだ」
「………………」
クエスは、椅子に座ったまま石像のように固まった。
コーヒーがない。仕事もできない。外にも出られない。
彼に残されたのは、雨音をBGMに、空っぽのカップを見つめる虚無の時間だけだった。
「……終わった。僕の人生、今日で終わりだ。カフェ巡りもできない、豆も来ない……。あ、リーザちゃん、最後のお願いだ。泥水でいいから、茶色の温かい飲み物を……」
「そんなの出しませんよ! シャキっとしてください!」
絶望の淵で、クエスがテーブルに突っ伏そうとした、その時。
カランカラン、と力なく店の扉が開いた。
入ってきたのは、隣町のカフェ『山猫亭』の老店主だった。彼もまた、コーヒー豆の枯渇に悩んでいるはずの一人だ。
「……おお、クエス君。ここにいたか……。実は、君にしか頼めないことがあってね……」
クエスは顔を上げずに応える。
「マスター、悪いけど、今の僕には世界を救う力も、崖を直す気力もないよ……」
「いや、そうじゃない。実は……私の店の倉庫の奥底に、**『三十年前の伝説のヴィンテージ豆』**が眠っているのを見つけてね。だが、あまりに古すぎて、普通の淹れ方じゃあ、エグみが出て飲めたもんじゃないんだ。……君の結界魔法による『超高圧抽出』なら、あるいは……」
クエスの耳が、ピクリと動いた。
「……三十年前の……ヴィンテージ?」
「ああ。それを美味く淹れられたら、半分は君に差し上げよう。どうだい、雨で暇を持て余しているなら、この『味覚の迷宮』に挑んでみないか?」
クエスの瞳に、怪しい光が宿った。
街道の豆を救う本クエストが止まった今、店内で完結する特殊な「サブクエスト」が発生したのだ。
「……面白い。マスター、その豆、僕が『解凍』してあげるよ。リーザちゃん、厨房を借りるよ! 道具を持ってきて!」
さっきまでの絶望はどこへやら。クエスは、雨の日の退屈を吹き飛ばす、禁断の抽出作業へと乗り出した。




