出張クエスト?
「聞いたよクエスさん! 街中その話でもちきりですよ!」
翌朝、いつもの『喫茶・銀の匙』に足を踏み入れたクエスを、リーザが弾んだ声で迎えた。
「『あの恐ろしい地龍が、不味すぎて涙を流しながら吐き出した男がいる』って噂。そのおかげか知らないけど、なんだか朝から『そんなにコーヒーを飲んでいる男の肉はどんな味がするんだ』って、興味を持った人たちや 龍は コーヒーの香りに弱いって噂が広がり、モーニングが売れに売れて……もう、朝から戦場みたいに大変だったんだから!」
クエスは、粘液は魔法できれいに落としたものの、心なしかまだ身体から龍の胃液の酸っぱい匂いがする気がして、どんよりとした顔で椅子に座った。
「そうかい……。それは良かったね。僕はもう、当分龍の顔は見たくないよ。さあ、いつもの一杯を。それがあれば僕はまたマッタリとした日常に戻れるんだ……」
「……あー、それがね。クエスさん」
リーザが申し訳なさそうに、カウンターの下で手を合わせた。
「明日から……コーヒー、しばらく提供できなくなりました」
「…………。そうだね、たまには紅茶も……えっ?」
クエスは数秒固まり、それから椅子がひっくり返らんばかりの勢いで身を乗り出した。
「えっ……何? 今、なんて言ったの? リーザちゃん」
「ですから、コーヒーの提供がストップです。……例のキャラバン、地龍はどいてくれたんですけど、その後ろの崖が崩れてて。結局、積み荷を降ろして運び出すのに一週間以上かかるんですって。多分……他の店も同じ状況かと」
「…………そんな…………」
クエスは、絶望のあまり真っ白に燃え尽きた。一週間の休暇。たっぷりの軍資金。それなのに、肝心のコーヒーがない。それは彼にとって、魔法が使えない魔導師、あるいは剣を奪われた騎士よりも過酷な宣告だった。
「…………」
沈黙が流れる。クエスは、懐の金貨の袋をじっと見つめ、それから店の外、はるか遠くの街道の先を睨みつけた。
「……リーザちゃん。明日の朝食はいらないよ」
「えっ? どうしたんですか、急に」
クエスはゆっくりと立ち上がった。その背中には、地龍と対峙した時以上の、悲壮なまでの決意が漲っていた。
「……出張クエストに行こう」
「ええっ!? クエスさんが自ら泊まりがけの依頼を!? 『無理しない、ケガしない、ソロはしない』の三箇条はどうしたんですか!」
「……ルールは変わった。今の僕は、『コーヒーを飲まない』という無理に耐えられない。……カリーナを呼んできてくれ。あいつなら、一番早くあの崖まで辿り着く方法を知っているはずだ。僕が結界魔法で崖を固定し、浮遊魔法で積み荷を運ぶ。……一日で終わらせて、明後日の朝にはここでコーヒーを飲む。それが今の僕の最短ルートだ」
スローライフを愛する男、クエス・ノーラン。
彼は今、コーヒー一滴のために、自らの信条をあっさりと投げ捨てた。
「マッタリ」を守るための、彼にとって最も「過酷な」戦いが、今幕を開ける。




