龍の口から生還した男………そして…伝説へ
「おい、クエス! 何を考えている、戻れ!」
カリーナの静止も聞かず、クエスはふらりと、まるでお気に入りのカフェの扉を開けるような軽やかさで、双頭の地龍へと歩み寄っていった。武器も持たず、結界も張らず、その姿は完全な無防備だ。
「よしよし……怖がらないで。大丈夫、君が本当に欲しいのは、そこにある岩塩だろう……?」
クエスは優しく語りかけながら、地龍の巨大な鼻先に手を伸ばした。
だが、事態はクエスの「優しさ」を嘲笑うかのように、最悪の展開を迎える。
パクッ!!!!!
「え……?」
あまりに唐突だった。地龍の二つの首のうち一方が、まるで一口サイズのケーキでも頬張るかのように、クエスの体を丸ごと飲み込んだのだ。
「……クエス……?」
カリーナの声が震え、次の瞬間、絶叫となって森にこだました。
「クエスーーーーーーー!!!」
「見ろ! だから言ったのだ、あの馬鹿が!」
騎士たちが勝ち誇ったように叫び、一斉に槍を構える。
「地龍が食事を終える前に仕留めるぞ! 攻撃開始——」
騎士たちが突撃しようとした、その時だった。
(ゲッ、ゴホッ……! ぺっ、ぺっ! ……うわ、最悪だ、これ。信じられないくらい苦い……)
地龍が、何かに拒絶反応を示すように首を大きく振り回し、その口から「何か」を勢いよく吐き出した。
地面に転がり、ベチャリと音を立てて立ち上がったのは、全身が地龍の青白い粘液でドロドロにまみれたクエス・ノーランだった。
「……生きてる……!?」
カリーナも、騎士たちも、唖然として動きを止めた。
「ひどいな……。あの子、僕を岩塩の塊か何かと勘違いして食べたみたいだけど……僕の体から漂う『超極深煎りエスプレッソ』の匂いが、龍の味覚には苦すぎて耐えられなかったみたいだ」
クエスは、べっとりと顔に張り付いた粘液を不快そうに拭いながら、地龍を睨みつけた。地龍は地龍で、まるで「とんでもなく不味いものを食わされた」と言わんばかりに、涙目で口をゆすぐように地面を削っている。
「……クエス、お前……」
「カリーナ、悪いけど服のクリーニング代、後でギルドに請求しておいて。……それから騎士諸君、今がチャンスだ。あの子は今、口の中が苦すぎて戦意喪失してる。攻撃するんじゃなくて、あっちの岩塩の袋を街道の脇に投げてあげて。そうすれば、あの子はそっちに夢中になって道を開けるから」
粘液まみれで、異様なコーヒーの香りを放ちながら立つクエスの姿は、ある意味で龍よりも恐ろしかった。
「……何してるんだい? 早くしてくれ。僕は一刻も早く、このベタベタを洗い流して、本当の『美味しいコーヒー』を飲み直したいんだから!」
史上稀に見る「不味すぎて吐き出された男」の叫びが、静まり返った森に響き渡った。




