豆のためなら
「やめろーーーーっ!!」
街道の入り口、森の木々を焼き払おうとした魔導騎士団の詠唱が、クエスの絶叫によってかき消された。
「貴様ら、正気か!? そこで火を放ってみろ、延焼して街道の荷が燃えたらどうするつもりだ!」
「なんだと貴様! 我々を誰だと思っている!」
炎を操っていた騎士が、苛立ちを露わにしてクエスを睨みつける。慌ててカリーナがクエスの袖を引いた。
「や、やばいぞクエス……! こいつらは王都から派遣されたエリート騎士たちだ、怒らせるな!」
「エリートだか何だか知らないが、物流を理解していない奴はただの破壊者だ!」
クエスの罵倒に、一人の騎士が抜剣し、鋭い槍の先をクエスの喉元に突きつけた。
「ギルドの賞金稼ぎ風情が、よくも我らに口を挟んだな。下民が王の盾たる我らに意見するなど、万死に値するぞ」
槍の冷たさを喉元に感じながらも、クエスは眉一つ動かさない。むしろ、その瞳には冷徹なまでの軽蔑が宿っていた。
「お前……。見たところ、人間相手にはずいぶん威勢がいいんだな」
「なんだと……。そういうお前はどうなんだ。コーヒーを啜りながら安全な場所でスコンを食べて……。
お高くとまった貴族様にでもなったつもりか?」
騎士たちが鼻で笑う。確かに今のクエスは、口元にティラミスの粉をつけ、コーヒーの香りを漂わせた、およそ戦士とは程遠い格好だ。
しかし、クエスはさらに深く、鼻で笑い飛ばした。
「……何がおかしい!」
「おかしくて涙が出るよ。君らに知識がないから、何でもかんでも悪く見えるのさ。いいかい、そこにいる『双頭の地龍』をよく見てごらん」
クエスは槍の先を指で払い、遥か前方で唸り声を上げる巨大な龍を指差した。
「あの子は元々、争いが嫌いな珍しい個体だ。あの種類は主食が岩塩と特定の苔なんだよ。それを、人間が見た目だけで『凶暴な怪物』だと判断して、総攻撃を仕掛けようとするから怒ってるだけじゃないか」
「戯言を! 龍が温厚などという話、聞いたこともないわ!」
「それは君たちが、本を読まずに剣ばかり振っているからだよ。いいか、あの子が今あそこに居座っているのは、街道の先に大好物の岩塩が積まれた馬車があるからだ。それを『食わせろ』と交渉しているだけなのに、君たちが火なんて放ったら、それこそ本当の『パニック』を引き起こして、この辺り一帯が消し炭になるぞ」
クエスは一歩前に出た。その体からは、先ほどまでの「マッタリ」とした空気は消え、静かな、しかし圧倒的な魔力が立ち上り始める。
「僕のコーヒー豆と、あの子の平穏。その両方を守るために、僕がケリをつける。……邪魔をするなら、君たちの鎧をコーヒー色に染め上げて、一生落ちない呪いをかけてやるから、そこをどけ」
騎士たちがその気迫に気圧され、思わず道を開ける。
カリーナは呆然とクエスの背中を見つめていた。
「……クエス。お前、本当に豆のためなら何とでも戦うんだな……」




