パン・カールの思い
三日後の午後。約束通り、クエスは『銀の匙』のいつもの席で、約束された「報酬」である食後のコーヒーを啜っていた。
そこへ、巨大な鞄を背負い、オレンジ色の髪を少し乱したパンが息を切らして飛び込んできた。
「お待たせしました、クエスさん!……これ、見てください!」
彼女がテーブルに置いたのは、直径20センチほどの球体状の機械。クエスの助言通り、外殻には三層の魔力冷却膜が施され、内部からは微かな駆動音が聞こえる。
「……へぇ。本当に形にしたんだ。仕事が早いね、君」
クエスは感心したようにカップを置いた。だが、パンの表情は真剣そのものだった。彼女はクエスの目を真っ直ぐに見つめ、堰を切ったように語り始めた。
「クエスさん。……どうして私が、あんなに必死に『楽をさせる道具』を作っているか、不思議じゃありませんでしたか?」
「んー、まあ。僕みたいにダラダラしたい同類かなって思ってたけど」
「それもあります。でも……本当は、怖かったんです」
パンは、自分の細い指先をぎゅっと握りしめた。
「かつて私を助けてくれた魔導師がいました。彼は希代の天才と呼ばれて、溢れるほどの魔力を持っていた。でも、私一人の命を守るために……その魔力を使い果たして、視力を失ったんです」
クエスが、わずかに目を細める。
「彼は笑って『無理をしすぎた』と言いました。でも、私は……その苦笑いが、ずっと胸に刺さったままなんです。もし、彼にもっと効率よく戦える道具があれば。魔力を無駄に消費せず、座ったまま安全に戦える手段があれば。彼は今も、この青い空を見ることができたはずなんです」
パンの声が、少しだけ震える。
「だから、この『オールレンジ攻撃ユニット』は、ただの武器じゃないんです。これは、**『優しすぎる人が、無理をして壊れてしまわないための盾』**なんです。魔力がない私みたいな子が戦うためだけじゃない……クエスさん、あなたみたいに凄まじい知識と力を持っている人が、コーヒーを飲む時間を奪われず、ケガもせず、笑って生きていくためのものにしたいんです」
パンの言葉は、クエスの心の奥底にある「無理をしない」という哲学の、さらに深い場所にある孤独に触れたようだった。
「……君の思いは、よくわかったよ」
クエスはふっと息を吐き、冷めかけたコーヒーを最後の一口まで飲み干した。
「重たいね。コーヒー一杯の代償としては、ちょっと重すぎるくらいだ」
「……すみません、変なこと言って」
「いや、嫌いじゃないよ。……いいだろう。その実験、僕が責任を持って最後まで付き合う。ただし、君も約束して。実験中に絶対『無理』はしないこと。機工士が倒れたら、救われるはずだった誰かも救われないからね」
クエスは立ち上がり、珍しく自分から鞄を肩にかけた。
「さあ、行こうか。君の『始まり』の実験場へ。……一週間分のコーヒー代、きっちり働かせてもらうよ」
パンの顔に、今日一番の輝かしい笑顔が浮かんだ。
二人は店を後にし、街の外へと向かう。
それは、かつて誰かが失った「光」を、技術と魔法で取り戻すための、新しい冒険の第一歩だった。




