希望の設計図 失われた光
パン・カールがなぜ、これほどまでに魔導機工にのめり込むのか。その理由は、彼女の瞳の奥に焼き付いた、ある「眩しすぎる光」と、その後に訪れた「深い闇」にあった。
「……よし。出力安定、術式回路に異常なし」
深夜のラボ。パンは、ゴーグルを外して熱を帯びた顔を両手で覆った。
作業台の上で淡く光る小型ユニットを見つめる彼女の脳裏に、十年前の記憶が濁流のように押し寄せてくる。
「パン、後ろに下がっていろ。……大丈夫だ、僕が必ず守る」
あの日、半獣の群れに包囲された絶望の中で、一人の若い魔導師が彼女の前に立ちはだかった。彼はまだ二十歳そこそこで、ギルドでも「希代の天才」と目されていた人物だった。
「……あ、危ない! もういいよ、お兄ちゃん、逃げて!」
「逃げるわけにいかないだろう? 君という『未来』が、こんなところで消えるのを黙って見ていたら、僕の魔法は何のためにあるんだ」
彼は笑っていた。だが、その背中は汗でびっしょりと濡れ、肩は激しく上下していた。
一人で戦えば、彼は容易に脱出できただろう。しかし、幼いパンを守りながらの戦いは、彼に「効率」を捨てさせ、文字通りの「命の削り合い」を強いた。
「——九天の雷よ、すべてを焼き尽くせッ!」
彼が放った最大級の広域殲滅魔法。空を割るような轟音と、視界を真っ白に染め上げる閃光。半獣の群れはその一撃で霧散したが、代償はあまりに大きかった。
「……お兄ちゃん? ……ねぇ、お兄ちゃん!」
群れが去った後の静寂の中で、彼は杖を支えに立ち尽くしていた。その瞳は、一点を見つめたまま動かない。
「ああ……パン、無事かい? 声が聞こえるから、近くにいるんだね……」
「……お兄ちゃん、その目……どうしたの?」
「はは……。ちょっと、無理をしすぎたかな。必要以上の魔力を無理やり引き出したせいで……どうやら、光を持って行かれちゃったみたいだ」
彼はそう言って、寂しそうに、でも優しく微笑んだ。
その「苦笑い」の記憶。
天才と呼ばれた若き魔導師の未来が、自分一人を守るために、たった一晩の「不利な戦い」で閉ざされてしまったという事実。
パンは、作業台の冷たい金属に触れながら、独り言のように呟いた。
「あんな悲劇は、もう二度といらない……」
彼女はペンを握り直し、設計図の余白に新しい計算を書き込んだ。
「魔力が高ければ勝てるんじゃない。魔力が高くても、使い道を間違えれば、その人は壊れてしまう。だから……」
「だから、この小型ユニットが必要なんだ。魔力が少なくても戦える。魔力がある人なら、もっと楽に、安全に戦える。誰かが視力を失うことも、誰かが命を落とすこともない……そんな世界を、私は作りたい」
パンの瞳に、強い決意の光が宿る。
クエス・ノーランに指摘された「熱伝導結界」の理論は、彼女にとって単なる技術的な進歩ではなかった。それは、大切な誰かを守りながらも、誰も傷つかずに済むという「理想」への第一歩だったのだ。
「……クエスさん。あなたはただの『怠け者』に見えるけど、その知識は……あの時のお兄ちゃんと同じ、あるいはそれ以上のものかもしれない」
パンはふっと微笑み、完成したユニットを愛おしそうに鞄に詰め込んだ。
「僕にとっては、これが始まりだ。……あのアドバイスの続き、もっと聞かせてもらうからね。三食のコーヒー代なんて、安いものなんだから!」
夜明けの光が、ラボの窓から差し込み始める。
パン・カールは、かつて失われた光の代わりに、自らの機工術で「新しい光」を灯すべく、力強く立ち上がった。




