報酬は1週間三食コーヒー付き
「……条件、ですか?」
パンが相談すると、『銀の匙』の看板娘リーザはいたずらっぽく笑って、彼女の耳元でこう囁いた。
「彼、今ちょうどコーヒーの在庫が復活して、気が大きくなってるわよ。一週間分、三食の食事と食後のコーヒーを保証してあげなさい。それで落ちないはずがないから」
半信半疑で、パンはその通りの条件を提示した。すると、さっきまで「一歩も動かない」と頑なに拒んでいたクエスが、まるで魔法にかかったかのように居住まいを正したのだ。
「……三食の食事。そして、食後のコーヒー一週間分……。しかも『銀の匙』のツケでいいんだね?」
「は、はい。もちろんです」
「いいだろう。契約成立だ」
「……まさにコーヒー魔術ね」と、呆れ顔のリーザが呟く。
(良かった……ギルドに高い金貨を払わなくて済んだ。リーザさん、本当にありがとう!)
「それではクエスさん。三日後のこの時間、またここで。調整した設計図を形にしておきます!」
パンはそう言い残すと、クエスに指摘された「熱伝導結界」のメモを握りしめ、弾けるような足取りで自分のラボへと駆け戻っていった。
ラボに帰り着くや否や、パンは設計図を机に広げた。
クエスの言った「三層構造」を数式に組み込んでいくと、パズルの最後のピースがはまったように、すべての数値が完璧な調和を見せた。
「……できた! これなら、過熱で暴走することもない!」
そこから数時間は、寝食を忘れての作業だった。火花が散り、ネジが締まり、魔力回路が編み上げられていく。そしてついに、手のひらサイズの浮遊ユニットが完成した。
「さあ……実験開始!」
パンは自分の魔力が人並み以下であることを自覚している。
だからこそ、彼女はこの「魔導増幅装置」……頭部を覆う歪な形のゴーグルを必要としていた。
カチリ、とスイッチを入れる。
パンが精神を集中させると、作業台の上に置かれた試作品が、重力を無視してふわふわと浮き上がった。
「動いた……。嘘みたい。あんなに不安定だった挙動が、あのアドバイス一つでこんなにスムーズになるなんて」
ユニットはパンの意思に従い、空中で複雑な軌道を描いて見せる。
パンはゴーグルを外し、額の汗を拭いながら、窓の外の夜空を見上げた。
「……あの人、本当に凄い。あの若さで、あんなに高度な術式をコーヒー片手に見抜くなんて。あんなに凄い人が、どうしてただのギルドのバイト(日雇い冒険者)なんてやってるんだろう……」
パンの胸に、クエス・ノーランという男への純粋な好奇心が芽生え始めていた。
一方、その頃のクエスは……。
「……むにゃ。明日の朝食は、あの厚切りトーストに……ブルーマウンテン……。一週間タダ、最高……」
幸せそうな寝言を言いながら、三日後の「労働」のことなど微塵も考えずに眠りについていた。




