第34話 修行を経たヴァルツ
「そいつは俺のもんだ」
勘違いは起こってしまうもの。
それはヴァルツも理解している。
そのため、自分が疑われるだけなら許せるのだ。
だが──
「てめえごときが触れんじゃねえ」
仲間を危険にさらされた時だけは、怒りを露わにする。
対して、イリーガはニッとした顔を浮かべた。
「おお、こいつは怖えなぁ」
「……」
ヴァルツは冒険者資格を持っていない。
ゆえに、ランクは定かではない。
この場で分かるのは、イリーガが『Aランク』ということだけ。
Aランクは上位一%の領域。
同業者からすれば“化け物”だ。
イリーガ視点では、ようやく得意分野に持ち込めたといえるだろう。
「持っとけ」
「はっ!」
イリーガは、人質のメイリィを配下に預ける。
同時に取り出したのは──『大斧』。
二メートル近くあるイリーガの身長よりも、さらに大きい。
特注品なのか、刃の面積も広い。
これがイリーガの武器なのだろう。
「そうこなくちゃなあ! ヴァルツ・ブランシュ!」
「……!」
大斧をかざし、一気にヴァルツに詰め寄るイリーガ。
その速さは、大きな武器を持っているとはとても思えない。
──冒険者たちからすればの話だが。
「その程度か?」
「……ッ! なに!?」
片手に持つ剣一本で、難なく大斧を防ぐヴァルツ。
体格差、武器の重さから考えれば、ありえない事態だ。
「なっ!?」
「イリーガ様の大斧が!?」
「片手一本だと!?」
これには周りの配下たちも驚きを隠せない。
両者を決定づけるのは──魔法の差。
「フッ」
「……! チィッ!」
ヴァルツの属性魔法に気づいたイリーガ。
とっさにヴァルツから距離を取る。
「……悪くない反応だ」
「貴様!」
だが、イリーガは怒りの目を向けた。
大斧の一部が崩れかけていたのだ。
人間でいう壊死に近い。
「──【崩壊】」
これはヴァルツの新たな【闇】の用途。
特性である【弱体化】を物質に付与することで、それを限りなく無に近づけるのだ。
あと一秒離れるのが遅ければ、イリーガの大斧は内側から崩壊し、バラバラになっていただろう。
「今さら怖気づいたのか?」
「チィッ……!」
今までの【闇】は、相手の魔力を利用して【弱体化】させていた。
だが夏の修行により、ヴァルツは魔力の有無に関係なく、触れたあらゆる物に対して【弱体化】を付与できるようになっていた。
イリーガは大斧を握る手を強める。
(肉弾戦は危険か。ここは距離を取りつつ……)
しかし、ヴァルツはそれを許さない。
「【光・身体強化──脚】」
「……!」
相手が来ないなら、こちらから近づくまで。
「どこを見ている」
「──!? ガハァッ!」
一瞬にしてヴァルツを見失ったイリーガ。
どこだと顔を振るも、ヴァルツはすでに背後。
そのまま剣を腕に刺す。
(こいつ、さっきの数段速いだと……!?)
普段は全身に行き渡らせる【光・身体強化】。
その分を足だけに集約し、今までと比べものにならない速さを実現する。
これも夏の修行の成果だ。
「さっきのは全力じゃなかったのか……!」
「知らん」
先程は近くにメイリィがいた。
万が一を考えてスピードは抑えていたのだ。
これが今のヴァルツの本気の速度である。
そして──
「触れたぞ」
「……!」
その一言で、イリーガは絶望する。
とっさに蘇るのは、先ほどの大斧の壊れた部分。
ヴァルツが触れている肩がビキっと音を立てる。
「ぐああああああ!」
この肩はすでに使い物にならない。
イリーガは利き腕を失ったのだ。
そしてヴァルツは、
「頭が高いぞ」
二メートル近い図体が気に入らなかったようだ。
「──跪け」
「……がっ!」
これは今までと同じ【闇】の使い方。
魔力経由で【弱体化】をくらったイリーガは、ガクっと膝を付く。
──だけでは済まない。
「這いつくばれ」
「……ぐぁっ!」
魔王教団の時と同じ命令だ。
ヴァルツが触れている間、彼の命令は絶対。
イリーガはうつ伏せに拘束される。
──だが、まだだ。
よっぽどメイリィを巻き込んだことを怒っているらしい。
「埋めろ」
「……ッ!?」
ヴァルツは【弱体化】を地面に付与。
地面が軟弱化したことで、イリーガの頭が地面に真っ直ぐ突っ込む。
「……ッ!!」
もはや声など出ない。
カリスマ冒険者ともてはやされるイリーガ。
彼が頭から地面に突っ込むという、未だかつてない姿となっていた。
「満足か」
「……ぐっ、ハァハァ……」
そうして、【闇】の拘束と引き換えに、ようやく顔を出してもらえる。
今までは『対多数』に対しての魔法が多かったヴァルツ。
修行を経て『対単体』にも仕上げてきている。
そんなヴァルツに、ギリっと歯を食いしばるイリーガ。
(こいつには、勝てねえ……!)
そう直感し、決死の思いで配下たちの方へ声を上げる。
「お前らぁ! 人質の女を殺──え?」
だが、その言葉は途中で止まった。
配下たちが全員片付けられていたのだ。
二人の存在によって。
「久しぶりだなあ、イリーガよ」
「はぁ〜い、ガキんちょ」
ヴァルツの師匠であるダリヤとマギスだ。
「な、なぜあの二人が……!?」
「今さら気づいたのか。愚鈍が」
イリーガと剣を交える際、二人が駆けつけたことに気づいたヴァルツ。
メイリィが拘束されているにもかかわらず、自ら前に出たのはこのため。
二人の実力を知るヴァルツは、メイリィを二人に任せたのだ。
そうして、珍しくダリヤが鋭い目に変わる。
「イリーガよお」
「……っ!」
「お前、いつからそんなに偉くなった?」
カリスマ冒険者とはいえ、イリーガはAランク。
Sランクであるダリヤが格上なのだ。
「私たちがいないからって調子に乗っちゃったのかしら」
「そ、それはっ」
「──いけないわね」
「……っ!」
またそれは、マギスも同じく。
Sランク二人を前に、イリーガは縮こまった。
そんな中、ヴァルツが二人に尋ねる。
「てめえら、知り合いなのか」
「みたいなもんだな」
「一緒に依頼をしたことがあったかしら」
同じ冒険者同士、繋がりはあるようだ。
関係性を見る限り、ダリヤ・マギスが先輩なのだろう。
「ヴァルツ様」
「なんだ」
そうして、ダリヤがヴァルツに持ち掛ける。
「冒険者には冒険者なりの掟がある。こいつの処分は俺たちに任せてもらえねえか?」
「……いいだろう」
断る理由などない。
ヴァルツは掟を知らない上、何より……
「悪い子にはお仕置きが必要ね」
「「「ひぃっ!」」」
今のマギスに逆らいたくなかったからだ。
また、ダリヤはふっと笑ってヴァルツに語る。
「やっぱりヴァルツ様は優しいんだな」
「何の話だ」
「いや? こっちの話だ」
「……黙れ」
容疑をかけられても、すぐに手は上げなかったこと。
メイリィが人質にされて初めて手を上げたこと。
ダリヤとマギスはヴァルツの本質をしっかり見抜いている。
さすが師匠といったところだろう。
そして、
「ヴァルツ様~!!」
「……!」
解放されたメイリィがヴァルツに駆け寄る。
「ヴァルツ様!」
「……ぐっ」
いつものタックルさながらの抱き着きだ。
「怖かったです!」
「……」
(ごめんね、メイリィ。君を巻き込んで)
心の中でそう思うが、当然口からは出ていかない。
ヴァルツはそっとメイリィの肩に手を乗せた。
「二度と俺の所有物には手を出させん」(もう二度とこんな目には遭わせない)
「……! はいっ!」
「……うぐっ」
その言葉に、再度抱き着くメイリィであった。
そして、イリーガ達を拘束したダリヤ。
向こうを指しながら、声を上げる。
「ヴァルツ様! あそこに何かがあるんだろ?」
「……ああ」
その方向は──『魔王の祠』。
「真実を探る」と家を空けたダリヤとマギスも、独自にこの場所に辿り着いていたようだ。
「イリーガは見張っておく。行ってきてくれ」
「ああ」
そうして、いざ『魔王の祠』を足を踏み入れたヴァルツ(とメイリィ)。
そこで見たものとは──
「……ッ!」
(魔王が祀られた石碑が、壊されている……!)
最悪を想定させる事実だった。




