未来温泉編 0
「それじゃ、いくわよ。キョウジ」
俺はリードをつけられ、雪景色の中に立っていた。
四つん這いになれと命じられなかっただけマシだ。
未来世界では、一応“人間は犬よりマシな扱い”らしい。
「オーケー、ユク」
パコーン!
「こらっ!!敬語を使わんか!」
スリッパが脳天に炸裂した。
やったのは、ポンコツAI執事・ベックである。
「いてぇ! なにすんだアホ執事!!」
「“ユク様”だ!! ロースロイド!!」
※ロースロイド=未来での人間の蔑称。正式には“ロースペック・ロイド”。
「知らねぇよ。年下だし」
「ユク様、このロースロイドは即刻ゴミ山に捨てるべきです。
反抗心がウイルスのように蔓延しています」
ユクは静かに空を見上げた。
ゴシックなドレスの裾がひらりと揺れる。
(……もしかして、奇跡のアングル来るか……!?)
ユクは男子の目線に対する意識がゆるく、天の恵みを与えられるチャンスが
多いのだ。
(……だめか、"聖域"出現せず。残念)
「……ベック。あなたは、ホモサピエンスファームで
最初から完璧なステータスの人間をスカウトするタイプ?」
「えっ、い、いえ……私はバランス型を好みますが……」
「私はね。“低ステータス派”なのよ。
どうしようもない子をスカウトして、
ゼロから育てあげるあの快感……エクスタシーよ?」
「おおっ……さ、さすがはユク様!その寛大なるお慈悲……!」
(ホント、バカだなこの太鼓持ち執事AI……)
ユクの言葉はすべて賛美。俺の言葉はすべて却下。
それがこのAI執事・ベックBR-2408の基本仕様である。
「つーか、聞き捨てならねぇな!? どこが低ステータスなんだよ!!」
「童貞、元野球部補欠、成績は中の下。
彼女なし、キスまで。しかもキスも、
“ハードルを下げてどブスと”——」
「やっぱやめよ!?この話題やめよ!?!?!?」
「ほほっ。ちなみにユク様は小柄ながら、アンドロイド中屈指の上位個体。
彼氏歴はゼロだが、あの美貌。
胸はやや小ぶりだが志は大きい。一部では“ちょっと変な子”扱いされてるが……
——お前とは、天と地の差があるのだよ」
「ちょっとディスってない?!ねぇ?」
「……ふふっ。キョウジは、打ち解けるのが早いわね。
ベックは人間には絶対に、心を開かないのに。」
「打ち解けてるように見えるの!?このバイオレンス関係が!?」
俺は息をつく暇もなく、ツッコミを要求される。
そして――“変人コンビ”に連れられ、未来の街を進む。
すると、同じようにリードをつけられた人間たちが普通に歩いていた。
しかも全員、羞恥心ゼロ。誇り高くリードを引かれている。
つまり、未来ではこれが“常識”なのだ。
だから俺も、恥じることなど一切ない。
「……ねぇ、あのロースロイド……リード、花柄じゃない……?」
「ぷっ。趣味悪っ……なにあれ……」
そう、恥じることは――何も、な……
「着いたわよ、キョウジ」
「こ、ここは……!?」
そこには、あからさまにスーパー銭湯と書かれたネオンが光っていた。
ていうか、未来にもスーパー銭湯あんの!?せめてスパでしょ!?
「妙なことは考えるなよ、ロースロイド……。
覗きでも働いたら――どうなるか、わかっておろうな?」
起きてもないのに、全力で怒り始めるベック。
なるほど。コイツがついてきた理由、よくわかった。
だが、温泉で“なにも起きない”わけがない。
俺にはもう、フラグの匂いしかしなかった——。