美少女AIと陰湿BBA
未来世界で美少女AI、ユクと出会ってから数日。
俺は彼女が所有する屋敷にいた。
「あら、おはよう、3号くん♡」
……うわ、出たよ。朝からその呼び方、やめろっつの。
この女性の名は、トモミーナ。
屋敷の先住"ロースロイド"(正式名称:Lowspec-roid )だ。
いつも笑ってるけど、言葉の棘はドリアン級。
ちなみに“ロースペックロイド”とは、AI社会での人間への公式侮蔑名称である。
かつては「人間様」だった我々が、今やジャンク以下の扱いだ。
「……3号じゃなくて、キョウジって呼べ!」
「どうかしたか?」
階段で押し問答していると、主のユクが現れた。
ステンドグラスから差し込む朝の光を背に、ネグリジェの裾がふわりと舞う。
――その一瞬、俺は思わず目を逸らした。
アンドロイドだからか、こういった情緒というか、距離感のようなものが
彼女は若干ズレていた。
「なにもございませんよ~~、ユク様」
「ええ、ちょっとした上下関係の確認ですよ。陰湿BBAとのね」
「あら、”BBA”?それは一体——何の略かしら?」
トモミーナ……いや、トモミさんは、
ユクに見えないように、手すりの陰から俺の足を無言で踏みつけてくる。
ちなみにこの人、俺の納豆に“アンドロイド用ワサビ”を混ぜてくるのが日課だ。※超辛い。
「そうか。相変わらず、仲が良いな。お前たちは」
館の主——ユクは無垢な笑みを浮かべた。
「良くない!!!」
BBAと同時に叫んでた。なんで息ピッタリなんだよ……。
ちなみに、俺より前にこの屋敷に来ていた1号使用人(お爺ちゃん)は、
ユクに「頻繁にスケベな目つきをしていた」とAIに判定され、 現在、
AIセクハラ症候群*の診断で入院中である。合掌。
「それじゃ、今日も頑張ってくれ。おっと……キョウジ。ちょっと
ワタシの部屋に来てくれるか?」
「……ん? な、なんで……?」
(まさか……恋愛イベント発生!?)
なんてな。
ここ数日で、俺はユクの思考回路を少しだけ把握していた。
残念ながらこの子、ラブコメが始まるようなタマじゃない。
「どれがいい? たくさん用意したんだ」
「…………は?」
ユクの部屋に入った俺の目に映ったのは、壁にずらりと並ぶリードコレクションだった。
シンプルな黒。花柄のピンク。ご丁寧に鋲付きのヤバそうなやつまで。
「……な、なんの趣味?!」
「言っただろう。捕獲した人間は所有権が発生するって。でも、脱走率が高いの。
だから——しっかり“躾ける”のも、主の責任なんだ」
「特にキョウジは、石器時代の原始人だからな」
「……いい加減、年号覚えて?!?!」
「では、どれがいい?」
ユクの熱のこもった視線。
俺を気に入っているというのは本当らしい。だが、愛情の方向性が
まったく不明である。
もしかすると……
珍しいワンちゃんが家に来たとか、そんな感じの可能性もある――
とにかく、未来のアンドロイドの嗜好など、来たばかりの俺に
わかるわけがなかった。
仕方なく、俺は“まだマシそうな”花柄のリードを手に取った。
「やっぱり、それを選ぶと思った」
「……ん? なにが?」
「私も、キョウジにはそれが一番いいと思ってたんだ」
そういうと彼女は、なぜか声を震わせ俺を真っすぐ見つめた。
「そ、そう……?」
「……やれやれ。ユク様の趣味の悪さは、相変わらずですなあ」
部屋のドアがギィと開き、眼鏡の執事が顔を出す。
「敬語もろくに使えない原始人の、どこがいいんだか……」
この男、過保護を越えた執着型AIで、前にも「スケベなことはするな!!」
と、扉を蹴破って乱入してきた前科持ちである。
ちなみに、ただ温泉饅頭の買い出しについて話していただけだ。
たぶん"温泉"というワードに反応したのだろう。
トモミさんや俺とは違い、屋敷で働いているAIは彼のみだ。
「でたな、出歯亀執事」
「ほほっ。“下心”ばかりのロースロイドを監視するのは、
"優秀な"執事の務めですから」
視線が交錯する。
この屋敷には、常識人が——俺しかいない。
未来での俺の奴隷生活は、まだ始まったばかりだ。