第2話 卵かけごはん
お兄ちゃんが出張に行ってから3日が経った。
書き残したノートを参考に洗濯なんかはできている。まだ洗い物と電子レンジの用事以外でキッチンに立ってはいないけど。
週末になったら、やってみようと意気込んで今週を過ごしている。少しでもノートの中身を頭に入れようと学校のお昼休みに読んでいた。
このノートには洗濯機の使い方だけではなく、家の中に置いている生活に必要になるであろうアイテムの位置が書いてある。
流石だ。響お兄ちゃん。
放課後を告げる鐘が鳴り響く。今日は所属している園芸部の同級生2人が、急にバイトのシフトが入ったらしく交代してほしいと頼まれた。そのため私が水やりをしに行かなければならない。
夕方といえど、2学期が始まってすぐの夏の終わりは蒸し暑い。セミの鳴き声にうんざりしながら畑に向かった。
畑から少し離れた水道の近くで同じクラスの数人の男の子たちが水鉄砲や水風船ではしゃいで遊んでいるのが見える。
たしかに暑いもんね。なんて同情しながら鞄が濡れないように少し離れた位置に置いた。
部室の倉庫から如雨露を手にした私は、楽しそうにしている彼らを邪魔しないように影をひそめながら水を汲みにいった。水の入った如雨露はとても重い。水をこぼさないようにゆっくりと歩いていると声が聞こえた。
「あぶない!!!」
「っ」
シュッ!! バシャン!!
水鉄砲の発射音が聞こえ、水風船が背中にあたる。ギリギリのバランスを保ちながら運んでいた私はバランスを崩し、転んだ。
__自分の鞄に思い切り水をぶちまけながら
やってしまった‥‥‥。
「同じクラスの和泉さんだよね。‥‥あのごめん。」
後ろから話しかけられているが、それどころではない。
びしょ濡れのまま。急いでかばんの中を確認する。
(お兄ちゃんのノートは無事なの!?)
焦りながらページをめくる。見事に全滅だ。
響お兄ちゃん、なんで水性ペンで書いたの‥‥‥。
これからの生活に絶望する。どうしよう。
かといって出張先で忙しくしているお兄ちゃんにいちいち電話で聞くのはとても気が引ける。
溜息をついて、ちょっとだけ冷静になったところで周りを見渡す。
男子たちが頭を下げて謝っていた。たしか折木くんと山口くん、田所くんだっけか。
「あの頭上げてください。私も周りを見てなかったし。今度から気をつけてくれれば」
「ほんとごめんな。今から拭くもの持ってくる」
「俺らも何か‥‥。」
折木くんがダッシュで校舎のなかに消えていく。落ちていた如雨露に気がついた山口くんと田所くんがおわびに畑の水やりを代わってくれた。普段はふたりでやる作業だったから正直なところ助かった。
折木くんが戻ってくるまでの間、鞄の中の他のものを取り出す。
やっぱりチャックを閉めなかったせいで、一番上に置いていたお兄ちゃんのノートは被害が大きい。他の教科書やノートなんかは乾かせば使えそうだ。
お兄ちゃんが冷凍庫に作り置きしてくれたおかずは何日分かあるけど、なるべく取っておきたい。なくなったら絶対ホームシックならぬお兄ちゃんシックになる。
暑かった気温が濡れた体に気持ちいい。風邪なんて引いたら、心配して帰ってきてしまうだろう。私は健康体でいなくては。この1人暮らし期間が終わったあとも、安心して出かけてもらうために。
そんなことを考えている間に、折木君がタオルを手に帰ってきた。大きめで十分水分は拭き取れそうだ。
「これ俺のタオル。よかったら使ってくれ。なんなら返さなくてもいいから」
「ありがとう。いいよ洗濯して返すよ」
「そっか。ごめんな」
山口くんと田所くんも畑の水やりが終わって戻ってきた。もう一度彼らは謝罪してきたが、もう大丈夫だからと伝え、私は帰路についた。
シャワーを浴びて、一息ついてから冷蔵庫を開ける。あるのはキャベツ、トマト。ひとまず調理しなくてもわかる野菜は取れそう。あとは納豆と卵がある。
私は卵をうまく割ったことがない。でもお兄ちゃんがいない間、頑張らなくてはならない。毎日練習していたらネクタイを結べるようになったみたいに何回もやったら上手に割れるようになるはず。今日の夕飯は卵かけご飯だ。
お兄ちゃんのノートがなくなった今こそあがけ。
殻が割れてもいいように。ボウルを用意する。今日のチャンスは1回。ふうっ。
ボウルの角に卵をぶつける。パカッ。卵の殻がまじった状態で割れた黄身がボウルの中に落ちていく。
まあボウルに入っただけでも及第点かな。自分を慰めながら殻を菜箸で取り除き、電子レンジで解凍したご飯にかける。醤油とごま油をかけたら完成だ。
しょっぱなから、前途困難だな。
洗濯が終わった音が静かなリビングに響く。乾いたら折木くんに返さなきゃ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
料理初心者ってこんなものですよねっ←




