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クリスマス、つくります。

作者: きい
掲載日:2009/12/14



 黒い鳥のように見えた。

 店内の大きな鏡には、丈の長い真っ黒なコートを着たわたしが映っていて、となりでは店員が良くお似合いですよと微笑んでいる。

 黒いコートを脱ぎながら店員へ向かって頷くと、丁寧にそれを受け取ってから、手のひらでキャッシャーのほうを差した。

 わたしはキャッシャーへ顔を向けると横にショーウィンドウが見えた。そこには外の並木通りへ向いている、赤い姿のサンタクロースの人形があった。

 サンタクロースは緑の葉で作られた輪を手に掛けていて、反対の手にはブランドロゴのモノグラムが入った、大きな白い袋を持っていた。

「それを着ていきたいので、これをたたんでもらえますか」

 店員は、かしこまりましたと言い、

 わたしが着ていたウールの白いコートをたたんで袋の中へ入れた。

 キャッシャーの脇には、ホテルにあるような綺麗な金色のネームプレートが立っていて、返品はお受けできません、と書かれていた。



 並木通りには大勢の人が歩いている。通りを行き交う人たちは様々だ。若い人もいれば、熟年の人も、仕事帰りであろう人もいた。日本人が大勢だったが、外国人も多かった。

 その中にはもちろん黒いコートを着た女もいたが、どの女も黒い鳥のようだなとは思わなかった。

 そう思えたのは、木に止まっていた一羽の、本物の黒い鳥くらいだった。

 車道には車が多く、渋滞している。並木のそれぞれに黄色く光る小さいライトが巻き付けられていて、道の最後まできらびやかな光が続いている。通りの奥にはガラス張りのビルが建っている。

 そのビルに入っているレストランは、半年前からでも年末の予約が取れないと、一人の男から聞いた。

 男はわたしより四つ歳が下だった。

 男は約束を守らない人間だったが、わたしたちは約束を守らなければいけない間柄でもなかった。だから、わたしが男に期待をするのは自分の勝手だとしても、約束を守らなかったからといって、なにか言えるわけではない。

 それでも男といるとき、わたしは本当の自分に戻れるような気がした。一緒にいると凝り固まった自分自身がゆっくりとほぐれるのを感じた。いつからだろうか、次第にもっと長い時間を過ごしたいと思いはじめた。



 今年の春に、この並木通りを二人で歩いているとき、男がビルを指差した。

 あそこに見えるビルがあるじゃないですか、そこにあるレストランからこの並木道がよく見えるんですよ。クリスマスころだとライトアップしてるから、すごく素敵なんです。もし行ったことがなけれが、俺が連れて行ってあげましょうか?

 まだクリスマスまで半年以上も前で、たぶんこの約束も忘れてしまうだろうと思った。

 わたしは、期待をしても仕方が無いと分かっているつもりでも、何ヶ月も前から少しずつ日が近づくにつれて、もしかしたらという、願いに似た思いが込み上げてくるようになった。

 この約束を守ってくれたのなら、わたしたちは体だけじゃなくて、もっと心も近づけるんじゃないのか、そう考えられずにはいられなくなった。



 先月、男は、十二月から一月まで海外へ行かなければならなくなったと言った。

 わたしは、男が仮に約束を覚えていたとしても、クリスマスは一緒には過ごせなくなったなと思った。

 気が落ちはしたが、このほうが曖昧になってよかったのかもしれないと考えていると、男は言った。

「街はまだですけど、ちょっと早いクリスマス、俺がつくりますよ」

 覚えているだけではなかった。

 男は約束を守ってくれた。

 わたしたちはクリスマスより一ヶ月早くその店に行った。

 二人でライトアップされていない並木通りを眺めながら、シャンパンとワインを飲んだ。通りを走っている車のヘッドライトが、こんなにも暖かく柔らかいものなんだなと初めて知った。

 男は恥ずかしそうに周りを気にしながら、赤いリボンを結んだ、緑色の箱をわたしに差し出した。リボンにはシャンパンゴールドのカードが挟んであって、手書きでメリークリスマスと書かれていた。

 わたしはその場で泣いてしまった。

 いつも毅然として振る舞っているつもりなのに、どうしても涙を止めることができなかった。

 わたしは、プレゼントを用意していないと言うと、俺が日本に帰ってくれるのを待ってくれていたら、それが一番のプレゼントだと笑った。



 この黒いコートが、わたしをクリスマスに溶け込むことを防いでくれる。もうわたしのクリスマスは終わっているし、こんなイベントに溶け込みたくはない。

 どれだけ街が光っていても、わたしにとってはもう光る必要が無い。

 必要がないのはのクリスマスの光だけではなくて、わたしたちの関係もだ。

 わたしは、わたしたちのクリスマスの日から、その男がいなければいられなくなった。どの瞬間も男がなにをしているのかが気になって頭がおかしくなりそうになった。

 海外へ行っていなければ。

 イブの今日、わたしとの約束を忘れて、家族と一緒に過ごしていれば。

 そうなら、わたしは楽になれるのかもしれない。

 けれど空港まで見送りに行ったから、男は嘘をついていなくて、海外にいることは間違いない。

 男は空港で、向こうから電話するよと言っていたが、まだ一度もかかってきていない。約束を守らないのはいつものことだ。

 それでも、いつものことなのに、男からの連絡を一日中待ってしまう。



 片方がそうなってしまったとき、わたしたちの関係は終わる。

 分かりきっていたことだった。

 ただ、限りなく細い糸だとしても、今はそれを信じたい。

 あの男がしてくれたことを。

 わたしはずっと我慢していただけなのかもしれない。わたしの感情を止める壁はもうどこにも見つからない。

 無かったことにすることも、感情をもとにあった場所まで返すこともできない。

 もし男から連絡があったら、わたしは気持ちを打ち明けようと思っている。

 それで、もう会うことはできなくなってしまうかもしれないし、おそらくそうなってしまうのだろう。



 木に止まっていた黒い鳥が羽ばたき、夜の空に消えた。




読んで頂いてありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い作品だと思いました。女性の視点で書ける人はいても、女性の気持ちが書ける人は少ないと思います。黒いコート、黒い鳥という言葉が、詩の一節のように感じました。
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