私の婚約者はヤンデレが過ぎる
カイルと一緒にお茶を飲む。
三日に一度、婚約者とのティータイム。いつものことだ。
私がカイルの膝の上に乗っているのも、いつものこと。
私の両手はカイルの首に回されている。だってそうしろってカイルが言うから。
両手の塞がった私の口に、カイルがカップを運び、お菓子を運ぶ。
これもいつものこと。
お菓子をつまんだカイルの指が、口の中にまで差し込まれるのもいつものこと…。
「ほら、ミリー。こぼさないようにね?」
にっこり笑うその顔は、とても格好よくて魅力的なのだけれど、私にこんな破廉恥な行為を強要しているのも彼なのだ。
「ねぇ、カイル。今さらだけどこれ恥ずかしい…」
今まで何度したかわからない抗議をしてみた。今日こそ言うことを聞いてもらえるのではないかなんて、お腹を空かせたグリズリーが好物のベリーを見逃すくらいに低い可能性に望みをかけて。
途端にカイルの顔つきが不機嫌そうになった。
「本当に今さらだよ、ミリー。どうしてそんなこと言うんだい?」
カイルは手に持っていたお菓子をお皿に戻すと、その指で私の顎を取った。細い指先に残る菓子クズが、肌との間でザラザラとこすれながらこぼれ落ちていく。
「もしかして、もっと恥ずかしいことをして欲しいっていうおねだりなのかな?」
どうしてそういう解釈になるのだろう。
カイルの唇がスッと近づいてきた。
慌てて首から離した右手でそれを止める。
「違う!違うからっ!」
テーブルについているのは私たちだけとはいえ、この部屋には給仕のメイドもカイルの従者もいるのだ。だからこそ膝の上にいるのは恥ずかしいし、キスしてるところを見られるなんてもっと無理。
かといって、彼らがいなくなってしまったらカイルに何をされるかわからない。
お父様たちもそれがわかっているから、決して私たちを二人っきりにしないよう彼らに厳命している。
近づく顔をなんとか押し戻そうとしていると、カイルの舌が口を塞いだ手のひらをペロリと舐めた。
「ひぃっ!」
小さく悲鳴をあげた私を、カイルが面白そうに見つめる。
「ミリーの手、甘いね」
引こうとした手をつかまれ、逆に強く押し当てられた。
「本当に甘い…食べちゃいたい…」
じっとこちらを見るカイルの目が、どこまでも本気に見えて困る。彼はこういうとき、割と全力で本気なのだ。
「…ダメだからね?」
上目遣いに少し強めに言うと、ため息を吐かれた。
「ちぇっ…ミリーのケチ。こんなに美味しそうなのに」
そんなことを言われても困る。
生きたまま齧られるとか、そんな弱肉強食。
いつの頃からか、私の婚約者は私を食べたがるようになった。
食事的な意味で。
「君とずっと一緒にいたいんだ」
そんなことを囁きながら。
私だって女の子だ。そういうロマンチックなセリフにときめかない訳じゃない。
ただ、それが実食を伴うとなると話は別なのだ。
「痛いのは嫌」
「そっか」
今のところは割とあっさり引いてくれているけど、ちょっと心臓に悪い。いつか私、本当に食べられてしまうのではという気がしてならない。
まだ離してもらえない手のひらを、唇でそっとくすぐられて、恥ずかしいしドキドキするしくすぐったい。
でも我慢だ。これくらい、食べられることに比べたらどうということもない。
しばらく、妙な緊張感を伴った沈黙が続いた。
「あ」
カイルが突然、名案を思いついたと言うように目を輝かせた。
「痛いのが嫌ならさ」
嫌な予感しかしない。
「君が死んだら、僕が全部食べてあげるね?」
ため息を吐いた。
本気にしか聞こえなくて困る。
でも、「痛いのが嫌なら麻酔すれば大丈夫だよね?」とかよりはマシな気がしてほっとしてしまった私は、だいぶ彼に毒されている。
「……お墓に入れる分は残しておいて」
これがギリギリの譲歩だ。
カイルがパッと顔を輝かせた。
「いいの!?ミリー」
「…しょうがないもの」
俯く。
どうせ私が死んだらカイルを止められる人はいない。ダメと言って完食されるより、ほんの一部でもお墓に入れて欲しい。
………随分ダメな妥協だと、自分でも思う。
カイルが嬉しそうに私に頬ずりをしてきた。
「嬉しいなぁ。ついにミリーが死んでからも僕と一緒にいてくれる気になったなんて」
…正直、もう結構前から死んでも心配で彼から離れられない気はしている。…食べられても、食べられなくても。
「…あのね、カイル。私はあなたが好きよ?」
こんな猟奇的な人だとわかっているのに好きだなんて悪趣味だとは思うけど、好きなものは仕方ない。
「死体なんて食べなくても、魂はずっとあなたと一緒にいるわ」
無駄だろうなとは思ったけど、一応言ってみた。
案の定
「でも僕は君を食べたい」
無駄だった。
あっさり言ったカイルにため息を吐く。
うん、わかってる。こういう人だって。
「だから食べるね?」
念を押すカイルに仕方なく頷いた。
死ねば肉の塊。ただのタンパク質だ。栄養源だ。痛くないし、もういいじゃない。
そう言い聞かせて。
カイルに毒され過ぎだと思う。
「でも」
カイルがちょっと寂しそうに呟いた。
「僕が先に死んでも、君は僕を食べてはくれないよね?」
「……………」
返事に詰まる。
流石にそれは無理だけど、そんなに寂しそうな顔をされると…
「………もしもあなたが先に死んだら、髪の毛を肌身離さず持っておくわ」
私にできるのはこの程度だ。
カイルは、一応満足したように目を細めた。
「そっか。うん、君はそれでいいよ」
そして抱きしめられて首すじに頰を擦り付けられる。
もちろん、メイドたちに見られながら。
ここまでの狂った会話も全部聞かれながら。
……無心になろう。
剣をひたすら振るう剣士になったような心持ちで、そっと目を閉じた。