少しだけ
先生が私を見つめている。たった数秒目が合っただけで、私は顔を真っ赤にしてしまった。耳まで熱いのが嫌でもわかる。
先生はそんな私を全く気にする様子もなく、問題の解き方を説明し始める。ダメダメ集中しなきゃ!と、気を取り直して説明の通りに問題を解いてみると、今まで理解出来ていなかった部分が分かるようになり、スラスラと問題を進めることができるようになった。私は嬉しくなって、「やった!先生、全部解けたよ!」とはしゃいで先生の方を振り向いた。
「これでもう大丈夫だな。後はしっかり復習するといい」
そう優しく言ってくれたと同時に、ちょっとだけ寂しくなった。数学が分かるようになったら、もうここへは来る必要がなくなるのかな…先生との時間が、なくなるのかな…
そんなことを考えているのが、伝わったのだろうか。
「俺はいつもこの部屋にいるから、来たい時に来ればいい」
えっ?と驚いて先生を見つめてしまった。急に恥ずかしくなり、お礼を言って郁恵の所へ向かおうと席を立つ。
「未来?」
低く切ない声で名前を呼ばれ、足が止まる。
「少しだけ。少しでいいから抱きしめさせてくれないか」
返事をする間もなく先生の胸元が目の前に近づき、そっと抱き寄せられた。優しく、ぎゅっと強く抱きしめられる。言葉も出ない。ドキドキして上手く呼吸もできないままで、耳元では先生の温かいため息を感じていた。