2人きり
今年から担任から外れて教育相談室の担当になったが、これといってこの部屋に相談にくる生徒はあまりおらず、放課後に数学のわからないところを聞きに来る生徒が数名いるだけだ。
この部屋はほかの先生もいないし、俺も1人でゆっくり仕事が出来て生徒も居心地がいいんだろうと思う。
無邪気にはしゃいだり、勉強以外に恋愛の話をしたりする生徒を見ていると、どこか懐かしい気持ちが蘇ってくるようだ。
教師としてあってはならないのは理解しているが、最近よく訪ねてくる生徒に俺は、昔振られた恋人を重ねてしまっているのかもしれない。
控えめで一生懸命な姿を見ていると、一人の男としてこの子を守ってやりたいと、純粋に想ってしまうことに自分自身気づいてしまっていた。
あれから先生となんとなく顔を合わせづらくて、放課後相談室へ行く事が減ってきていた。が、もうすぐ定期テストがあり苦手な数学の問題に私はてこずっていた。みかねた郁恵が半ば強引に先生の所へ私を連れていこうと、誘ってきた。あの日のことは郁恵には話せていない。てゆうか、こんなことがバレて噂にでもなったら…と思うと、誰にも言えないでいた。
「もおー、未来!わかんない所をずっと悩んでても時間の無駄だよ?先生に聞きに行くよ!ほらっ」
煮え切らない私の手を引き、郁恵と私は久しぶりに先生を訪ねて相談室へ行った。
ガラガラっ
「先生ー?あれ、いないなぁ。」
私は内心少しほっとしてしまった。
「先生、今日は忙しくて来られないんじゃない?」
「えー。せっかくきたのにー。もうちょっと待ってみよ!」
郁恵の言葉に断れなくなってしまい、少し緊張しながら先生が来るのを待つ。ポツンとあるデスクはきちんと整頓されていて、几帳面さが伺える。
「先生、ここではあんまり仕事しないのかな…」
デスクを指でなぞりながら独り言を呟くと、廊下からパタパタと足音が近づいてきた。
「来てたのか。久しぶりだな」
囁かれたわけでもないのに。先生の低く優しい甘い声が私の耳をくすぐる。
「ひっさしぶり~!先生元気だった?あのさ、未来がね数学でまたつまづいてんのよ。早く聞きに来れば良かったのになかなか行かなくてさー。今日は無理やり連れてきちゃった」
「えっ、ちょ、ちょっと郁恵…」
「そうなのか?遠慮せずに、分からない時はここへ来なさい。ゆっくり教えてあげられるから」
先生が先生として当たり前のことを言っただけなのに、私は変に意識してしまって胸がキュンとしてしまった。
「良かったね未来!じゃあ、私は英語の問題がわかんない所あるから、英語の先生とこにいってくるねー」
「えっ?郁恵!聞いてないよー」
そんな、私の言葉をかき消すように慌ただしく相談室を郁恵は出ていってしまった。
この部屋に先生と2人きり。先生に心臓の鼓動が聞こえてないだろうかと、気になって仕方がなかった。
「じゃ、始めようか。ここ、座りなさい」
私は先生のデスクの椅子に座らされ、先生は私の隣に立ち優しく問題の解き方を説明し始める。先生の伸びた前髪が外から入る風に、サラサラとなびいている。ふと目線を先生の顔に向けると、優しい目が私を見つめていた。
ん? と、声に出さず口角を上げて見つめられた私は、この先の展開を期待してしまっていた。