恋のはじまり
あれから勉強を言い訳にして、放課後は郁恵と教育相談室に通う日が増えていた。
部活が休みの日や、テスト前週間は毎日のように川口先生の特別補習授業を受けに行き、嫌いだった数学もちょっとだけ頑張れるようになっていた。
「ねー。川口先生?彼女とかいないのぉ?」
郁恵が唐突に質問する。私は見ないふりをして数学の問題をとく。耳はダンボになっていた。
「今はいない。」
「今は?てことは、前はいたんだ。そっかー当たり前だよね。先生いくつだっけ?」
「32」
32歳?!てことは、私らより17も年上なんだ…先生若く見えるのかな。全然そんな歳には見えない。私は密かにそんなことを考えていた。
「あたし彼氏できたんだー」
郁恵がいきなりカミングアウトを始める。私も初耳で驚いたが、川口先生は表情を変えることなく話を聞いている。
「でさ、まぁそういう雰囲気になって…」
と、郁恵は彼氏とのアレを話し出した。私は興味津々だが先生に悟られたくなくて、平然を装って耳を傾けていた。
「結局最後まではしなかったんだけどー、アレした後って男の人はどのタイミングで外すの?」
大胆にも郁恵は先生に質問をし始めた。私も正直気になる…。ドキドキして恥ずかしくなってしまって、先生の方をまともに見ることが出来ない。
「それは…まぁ自然に離れてから」
「キャーーーー!リアルじゃん先生!」
郁恵は大興奮して叫んでいた。私も心の中で、マジでーーー!先生、そんなハッキリ答えるんだ!と、驚いてますます恥ずかしくなった。
その後も郁恵の惚気話を散々聞かされ、数学の勉強どころではなくなってしまった。
下校時間の放送が流れ始めた。
「そろそろ帰りなさい」
「はーい。じゃ、明日もくるね~」
郁恵は陽気に言い、教室を出ていこうとする。私も急いで問題集をカバンに詰めて、後をついて行こうとしたその時、
「外はもう暗いから、送るよ」
と、先生がサラッと言った。
「あたしバスだから、未来送ってもらいなよ。歩きでしょ?」
「え?あ、私1人だけ?郁恵は?」
「だからー、未来んちと真逆だし、定期あるからバスで帰るわ。じゃーねーバイバーイ」
そう言うと、郁恵は足早に教室を出ていってしまった。部屋の中に先生と残された私は、どうしたらいいか分からず黙ってしまった。
「先生も支度したら直ぐ降りるから。下駄箱の近くで待っていなさい」
先生は表情1つ変えずそう言うと、帰り支度を始めた。私は小さく「はい。」と返事をし、下駄箱へ向かった。不安とドキドキが混ざりあって、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。