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労働の味を知るお!

 いつもの部室に画咲とクラフが来なかった次の日。

 皆が集まるいつもの時間。

 文絵の呆れた叫びが部室エリアの廊下に響いた。

「なにやってんだよクラフ!! 君がついてたのに!!」


「コメントのしようも、ないかもね…」

 表情はいつもと変わらないが、同じく呆れかえっているのは文人。


「面目ないでゲス……」

 そして変身の館で見事揉め事に巻き込まれたクラフが二人を前にして小さく座っていた。


「そんなの詐欺に決まってるじゃないか…!! その大男と女の芝居なんだよ! 大男がその気にさせて優しく売り物を譲って、元締め役の女が『そうはいかないぞ』って、金をふんだくる。そういう詐欺に決まってる!!」

「マダムがそんな…」

「払うこと無いって! 今からでも生徒会保安局に行って……」

「バックヤードのことでゲス…言っても相手はされないでゲス…」

「ああ、ほんっと馬鹿!!」

「とりあえずは、俺が仕事でためたAPが15万あるデゲス、これと画咲の手持ちAPを合算して、」

「駄目だよそんなの!」

「でもでゲス!!」


「そもそも画咲はAPが底をついてるはず、かもね、アイドル水琴グッズ、なんか大きなの買ってたかもね」

「それじゃあ、なおのことダメだ。足りない分を出すならまだしも、かっちゃんの責任の大部分を君が持つことはない!」

「でもでゲス!」

「お金がかかることと分かっていて売り物に手を出したのはかっちゃんだ!」

「画咲には悪いけど、おひねりAP頼りなんて……彼では無理かもね」

「分かっていたんでゲス…」

「じゃあなんで止めなかったんだよ!!」


「痛い目見て…説教して……あいつが諦めて……それでいつもの生活に戻れるって思ったんでゲス!! それに衣装があんなに高いなんて思ってなかったんでゲス!!」


「だーからぁ。そんなのボッタクリなんだって! 高級品だとか言ってボッタクる、スクラムの戦法!!」

「マ、マダムは…そんな人じゃあ…」

「あー。呆れてもう無理だ。それで? かっちゃんも重労働のバイトを紹介されて、部室に今日から来ないって? まんまと踊らされてるよ!!」


……


 そのころ。画咲は作業服にヘルメット姿で、学園内鉄道の線路整備に参加していた。


『おーい、新入り! そこの工程違うよ!』

『何やってんだデブ、早く運べ!』

『どうして列車が来てるって連絡しないんだ! 危うく事故だぞ!』


 この仕事はアイドル変身の館の、あの女から紹介された仕事だった。女の振るまいからしてどんな()()()を紹介されるかと思っていたが、重労働なもののまっとうな仕事だった。


 日給6000AP。多くの生徒にとって学校が終わってから仕事をする前提がある。働けてもせいぜい3~5時間、日給はおおむね4000APと考えると、この学園では比較的いい給料を、画咲はもらうことになる。

 鉄道方面への就職を目指す者に充てがわれる専門性の高い仕事だが、あの女はどこから見つけたのか、この高時給の仕事を紹介した。しかし、自分の手持ちAPを足してもこのペースでは一ヶ月で返せない。


『あとは自分でなんとかしてみろ』


 汗が額から眉間へ、そして鼻の頭を伝うたび、あの女の言葉が画咲の頭にフラッシュバックした。

 当然だが、6000AP入れば6000APすべてを返済に当てられるわけではない。安いというだけで寮費もタダではないし、寮食も同様で固定額が毎月引かれる。

 どんなに生活費を削っても、毎日稼いでも、返済計画は成り立たない。画咲は頭の片隅で分かっていながら、作業に没頭せざるを得なかった。


「ごくろーさん。まあ、初日はこんなもんだ」

「は、はい、だお……」

「だが、明日からはそうは行かないぞ。君のやっていることはお手伝いじゃないんだ。人の安全を守る仕事に、この現場の一人ひとりが参加してる。そういう意識を君にも持ってもらわないと困る」

「わかりましたお…お疲れさまでしたお…」

 交通局の現場監督生に終業報告をすると画咲はフラフラに成りながら家路についた。


……


「ただいまなのだ……」

 寮に帰ってきた画咲がいつもより元気のない挨拶をする。すると様子を見るかのように部屋の奥からルームメイトが顔を覗かせた。

「なぁんだー。うめき声がしたと思ったら、かっくんか。お帰り~」


 画咲の寮は二人部屋。ドアを入るとすぐ廊下。廊下の右側は小さなキッチン、左側がトイレとシャワー室。

 短い廊下を抜けるとこれまた八畳一間にロフトベッドが二つ。ベッドの下には机が置かれている。

 玄関とも呼べない狭いスペースでフラフラとクツを脱いでいると、同居人が様子を見に来た。

 中肉中背、黒フチのメガネに堀の深い顔。IT系企業にいそうな、ラフでいて締まりのあるカジュアルな男子。彼が画咲のルームメイトである。

「ほら、舞浜和幸まいはま かずゆき様に郵便が来てたお……」

「ああ、ありがとう。実家からだ」

「幸せなりねぇ……」

「いっつも、同じことしか書いてないさ『ご飯たべてるのー?』『ご飯食べてるのー?』もしくは『ごはんたべてるのー?』だ」

「はあ…」

「かっくん、今日はどうしたの…ヘトヘトじゃないか」

「いや、ちょっとね、今日からバイト始めたんだお」

「……なに始めたの?」

「内線の線路整備…」

「ええ!? かっくん、鉄道業界志望だっけ?」

「ちょっと、紹介され……て……Zzz」

「ここで寝ちゃだめだって! と、とりあえずベッドに行きなよ…」


 手やら肩やらを借りて自分のベッドに倒れ込んだ。

「そんなに重労働なのかい……って汗臭!! シャワー浴びたほうがいいよ! 俺のためにも!」

「…あとでぇーーー……」


「もう……。あー、あと、そのアイドルグッズの山とかアニメのポスターとか。もうちょっと間引いてよ! 約束でしょ?」

「はは。お若いの。わしに…神を…捨てよと…」

「“信仰”は自由だけど“侵攻”はだめ。僕のスペースまで進出してるでしょ。誰かに譲るとか、オークションで売るとかさ、方法あるでしょー?」


 画咲のベッド、壁、机にはおびただしい量のアイドルポスターやグッズが所狭しとセッテイングされており、和幸のベッドと画咲のベッドでは世界が違う。

「Zzzz……」

「こらこら、シャワー浴びて、アイドルグッズ間引くって約束するまで寝かせないよ」

「うんむぅ。和幸は仕事で疲れて帰ってきた旦那に『あたしと仕事どっちが大事なの!』って説教する若妻タイプなりぃ……」

「そんなこと言ったら今だって俺は仕事中だよ…明日〆切だからね…」

「〆切前にやってるのが悪いぉ……」

「まどろみながら正論いうのやめてくれないかな」

「仕事は順調…なりかぁ…?」


 和幸は自分の机につくと、飲みかけのコーヒーを口にして『ぐえ』っと苦い顔をした。

 冷めて久しいコーヒーにも気づかず、キーボードを叩いていたらしい。

「順調…か。ネタは多いけど代り映えしないものばかり。順調とは言えないね」

「花形記者さんは大変だお……」

「アイドル記事の編集部ってだけ。別に花形じゃないよ…最近のアイドルは記事にすると全部同じに見えて困るよ、はーあ」


「アイドルのトクダネ記事キボン……」

「僕が聞きたいよ。新進気鋭でギラギラ光ってるやつとかいない?」

「うーーーん。ないないお……」

「そっか……ってかどうしたんだい? 急にバイト、それも交通局の作業員なんて、そうそうかかる求人じゃないでしょ」

「だから紹介してもらったんだおー。オイラだってお金稼がないと、アイドルグッズ買えないしお」

「アイドルオタクってのはそこまでするんだねぇ。……あ、それ、記事になるかも」

「和幸もガンバだお…」

「頑張りたいからさ、アイドルヲタクのネタちょ~だい!」


 Zzzzz……Zzzzzzzz………


「ほいほい、おとなしく今の記事を進めますよ…」

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