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初ライブだお!

 同じ日の数時間後。この町がますます活気づく夜中のこと。

 クラフと画咲は、さっそくバックヤードのライブハウス『First Time』を訪れていた。


「うーーーん。まあ()()()としてはいいけどさぁ」

「み、見世物ってどういうことなりぃい!!」

「どういうことって俺が聞きたいよ」


 マダムの店をおぞましい女装で後にした画咲は、さっそくアイドルとしての腕試しがしたくなり、クラフをマネージャーと見立ててバックヤードの奥にあるライブハウスに向かったのだった。


 このライブハウスは学園21区のバックヤードにおいてモグリのライブハウスが数店ほど軒を連ねるアイドル街にあり、なかなか盛況のようである。

「そりゃあ、うちはデビューにうってつけのライブハウスだよ?」

「では良かろうが!」

「良くないわ! 俺たちに化物小屋デビューしろってか!?」


 このような場所では、日頃からオモテではなくバックヤードからアイドルへの道を目指すアイドル候補たちがデビューライブを繰り返す。飛び入りの参加も可能とマダムから聞き、画咲はエントリーしたものの、その風体からライブハウスのスタッフと揉めていたのだ。


「化け物ッ……聞き捨てならん!」

「ありがとう、聞き捨てないでよく聞けよ! あんたのその格好は芸人枠だよ、オカマバーの枠だよ! ねーけどなそんな枠!!」

「なんだとぉおお!!」

「じゃあ聞くけどさ! ゲスゲス言うマネージャーさんさ!? 彼の格好、説明してみてよ」


「えっとでゲスね、ピンクのドレス衣装でゲスね…」

「うんうん、それもパツパツで?」

   『これくらいタイトな方が男は釘付けよ☆』


「お腹もチラ見せしていてでゲスね…」

「うんうん、核爆発みたいな腹が出ていて?」

   『だめよー☆ 肌は見せなくちゃ☆』


「お化粧…しててゲスね…」

「うんうん、顔の落書きのことかな?」

   『超キレイ☆ エンジェリック・キューティ☆』


「足が綺麗で…」

「うんうん、なんかね、それは認める。極太だけど」

   『足キレイね…』


「バレリーナの、靴みたいなの…履いてて…」

「うんうん、クツかわいそうだもんね? クツ愛護協会があったら全面戦争だよ今頃」

   『ナイス・ステップ☆ 踊って見せて☆』


「かつらが……」

「飛んできて偶然、乗ったみたいな、不自然なこれね!?」

   『魅了する髪へ☆』


「いい加減にするプリ! これはプロに頼んでコーディネートしてもらったんだお!!」

「なにのプロ!? 特殊メイクの人!?」

「ぐぬぬぬぬぬ!」

「オマケにちょっと青ひげで!? 顔はカッコいいでも、かわいいでもない! 着ている衣装が断末魔を上げてる太っちょの男!! それを天下の百徒神でもキャピキャピな新人デビューライブに混ぜてくれ!? 悪い冗談だろ!」

「……面目ないでゲス…」

「クラフまで何だお!!」


「ともかく、新人デビュー枠に出場させるのは無理!! ライブが落ち着いたころに余興のコマが30分あってさ、そこに捩じ込んであげるから。今日はそれで勘弁して!」

「あ、ありがとうでゲス、ありがとうデゲス…」

赤べこのようにペコペコと頭を下げるクラフ。

 揉めていたスタッフは無線のマイクに応答しながら一瞥もくれずに立ち去っていった。

「ああんもう、何も分かってないなり!」


 画咲は楽屋を振り返った。この楽屋は新人がすし詰めで待機するタコ部屋である。いわゆるオモテは正統派アイドルで大渋滞している昨今。後発アイドルが手っ取り早く人気を得る方法は『非正規な場所で』『手の届く交流』から始めること。


 まさに『そういうのが好き』なファンは多く、新人デビューのライブにも一定数の客がいるので、わざわざバックヤードで経験を積みにくる者まで居るのだ。

 そしてこの日集まったデビュー新人はオモテを嫌ってウラを選んだ正統派アイドル志望が多い。

 流石に太ったのオタク男子がバレリーナのような格好をしているのは不意打ちだったらしく、皆、注目していたのだ。


 画咲が廊下から楽屋へ入ってくると、全員がサッと目を背けて着付けや化粧に取り掛かる。

「ふん。みな我に恐れを成しているなりか、ふはは…………ん?……」

 タコ部屋式の楽屋としては比較的に環境もよく、一人ひとりに化粧台が用意されている。

 画咲の椅子は、先程まではなかった液体で濡れていた。

「なんなり…これ…」

 鼻を近づけると…それはシンナーの匂いを放っていた。

「くっさ! プラモデル作るときの匂いがするお!!」


「あらーーー? どうしましたかーー?」

 画咲が後ろを振り返ると、同じく演者の一員である、高飛車そうな女性が立っている。

 毎日なにかしらの新人ライブがあるこのバックヤードでも、まれに見る新人。本日一番人気と囁かれる女性で、数か月以内にはバックヤードを抜け、オモテアイドル界の中堅層に食い込むと目されている。


 たわわな胸を強調し、ラメの入ったベリーダンス風の衣装を着た女生徒。整った顔に魅惑と挑発の化粧。彼女も新人としてここでデビューを飾るひとりだ。

「佐藤エンジェル姫子()()。…あ、佐藤エンジェル姫子()、よろしく」

 画咲は佐藤エンジェル姫子という名前をマダムにもらっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『こういうのはテキトーよ☆ お姫様にして天使の仕上がりだから、エンジェル姫子でいきましょ☆』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 高飛車な彼女は画咲が差し出した握手の手を無視すると、楽屋にいる他の演者に聞こえるようパフォーマンスを始めた。

「かわいそー! だーれが、こんなにひどいことをー?」

「ねえ? 誰か見た人は居ない? ()の…いいえ()()の椅子に、シンナーをぶちまけたの。 あなた? ねえ? それともあなた?」

「ちょっと待つデゲ「いいお。クラフ」

「ああ、でも待ってー? これってもしかして親切なメッセージなのかもー!?」


「……どういうことなり」

「だってだってー。シンナーといえば汚れを落とすでしょう? あなたが廊下でスタッフさんとお話しているとき、スカートからハミ出した汚ーいお尻を皆見ていたわー?」

「そしてここは皆が使う神聖な楽屋でしょう? 共有財産である椅子に、その汚いお尻で座るってぇ、エチケットとしてどうかしら」

「あ、一理あるでゲスね」

「黙ってるお!」

「だーかーらぁ。誰かが親切でシンナーを塗っておいてくれたのかもー!」


 嗚呼これがアイドルの業界なのか。そういうことが起こる場所なのだ。立ちすくむ画咲を尻目に、クラフはタオルを取り出して、椅子を拭こうとした、そのとき。


「ごめんなさい。手が滑って、私がネイル用の除光液をこぼしました」


 声をあげたのは画咲の左隣に席をとっていたスラりと長身のクールビューティ女子生徒。腰がキュッと締まった緑のワンピースにポニーテールと透き通った声が美しい、爽やかなお姉さんだった。凛と立ち上がったその生徒は、ハンドバッグから上品なハンカチを取り出した。

「いま、拭きますから」


 そう言うと緑のワンピースの女性は恥ずかしげもなく椅子を拭き始めた。

「かたじけない。こぼしたのが事故ならば仕方ないお」(イケメンボイス)

「なに、目を輝かせてるんでゲスか…」

 浅く呼吸すると画咲は立ち上がって、まっすぐと高飛車女に向き合った。

「ッ……な、なんですのッ……」

「ご、ご、ご忠告、あ、ありがとうございましたお!」

 画咲はドレススカートの両端を持ち上げて、カーテシーでお辞儀をした。


「……………ぷ……ぷふ きゃはははは!! あーはははははは!!」


 あははははははは きゃははははは 

 あっはっははは! ははははははは!!


 高飛車な女生徒が吹き出したのを皮切りに、楽屋じゅうから笑い声が溢れて止まらなかった。この笑い声は、決して画咲に対して友好的なものではない。

 ただ、自分よりも動物的に下の存在がいる、その場のみな、悦に浸ったのだ。


 ここにいる女性たちは、これからこの国でも激戦を極める百徒神アイドル市場を、それも地の底から這い上がって行こうとしている。邪魔者は排除し、出会う相手よりも自分が上なのか下なのか、競争原理のみの世界に身を投じていくのだ。


「泣くなブタ……緑の婦人の優しさを無駄にしないために頭を下げたんでゲしょ……」

 床に垂れたアルコールも、緑の婦人と一緒に地べたを這って拭きあげた。


「1番から11番さーん、もうすぐ出番です。舞台袖に移動してくださーい!」

 楽屋の空気など、どこ吹く風のスタッフが入ってきて、そう告げると足早に出ていった。

 大半の出演者は大笑いを引きずりながら楽屋をあとにし、余興に出る芸人志望者たちと画咲、緑の婦人が残った。


 画咲は何としてもお礼を言いたくて、緑の婦人にすり寄った。

「緑のあなた。ありがとう。あなたは、舞台袖に行かないで良いのでゴザ……行かないでいいのかしらん?」

「うふふ、気にしないで。あなた男の子でしょう? 心も女の子ならまだしも、ありのままで接してもらっていいわ」

「おお。心ビューティフォにゴザル…」

「(あ駄目だこれ。惚れたでゲスな)」


「緑の人よ、あなたの出演者番号は…」

「12番なのでまだ呼ばれていません。わたしたち…番号も隣り合わせなんですね。余興の前の番号って……お客さんの数も薄くなっちゃうから…デビューは幸先よくないけど」

「…けど?」

「あなたみたいな、おもしろい人と知り合えたから…」

 ニコリと白い歯を見せて笑う緑の人。

「イッツ ビューティフォにGOZARU」

「こいつのこと、変だと思わないんでゲスか?」

「ええ、ぜんぜん。色んなものが好きな人がいる。いろんな心を持つ人がいる。当然だもの」

「イッツ ビューティ「もういいでゲスよ」


「なりたい自分になろうとすることが、一番輝けると思うもの」

「なりたい自分……一番…輝く……やっぱり間違ってないのかも知れないお。オイラ……間違ってないのかも」

「間違っているわけ無いわ。やりたいことなのでしょう?」


 ほどなく順番待ちで呼ばれていった緑の彼女は。


 舞台に出る際、転んでしまったそうだ。

 MCが融通を利かせて、トークでつないだが、持ち時間は決まっている。彼女は一呼吸おいてから、自分の怪我をいたわりつつ、デビューを終えた。

 何の証拠もないが、おおかた楽屋にいた高飛車女や、その周辺が舞台袖に糸でも張ったのだと画咲は思った。

 なぜかと言うと、画咲も同じ糸でコケたから。

「ああん!!」



「惨敗……だったでゲスね……」

「ギャピーーーーーー!!! あんな所に糸さえ張られていなければ!! いい笑いものなりぃい!!」

「いや、たぶん糸関係ないでゲスよね」

「世の中のなんと無慈悲なぁああ!! 神よ!! 試練ですかこれぇえええ!!!」

「うん、神もまた試されてるでゲスね」 


 人もまばらになった楽屋の近く、休憩所でうずくまって泣いている画咲。

「おふたりとも。お疲れさまでした」

「ああ、緑の人よ!! 歌声キレイでござったお! オイラも緊張が解けたというもの!」

「よしてください…張られていた糸で転けたときに…足を痛めて……歌声は出ましたけど……振り付けは台無しでしたから…」

「あの歌声と、そのお姿で()()()()A()P()が最下位だなんて不自然でゲス…」

「あいつらだお……あいつらが…出演順が早いのをいいことに、会場を抱き込んで、オイラと緑の人を悪く言って、おひねりを自分に集め、舞台袖に細工したんだお!!」

「いやお前は単純に皆おひねり入れないと思うでゲス」

「……やめましょう。証拠がないですもの。そして証拠は今後も探さない…。広くて複雑な学校ですから……万一、会っても今後は知らんぷりできます」

「緑の人……」

「そうだ、私達、友だちになりましょう? 私は10月転入生だから知らないことも多いの。教えてもえらたらうれし「いいですお」

「即答でゲスか…」

「うふふ、ありがとう。……それにしても」

「なんですお」


「姫子さんったら、バラードを歌うなんて」

「傑作でゲスよねww この格好して、さぞやギラギラしたものを歌うのかと思いきやw」

「あはは、あはははは、ごめんなさい姫子さん、これは、ははははは、アイドルとして尊敬の…くくく」

「ああもう、いいですおー。笑って笑ってー? とんだ初ライブだったお」

「まあ、その容姿でアイドル志望ですって宣言して、会場がざわめく中で気色の悪い女声まで作って、バラード歌い始めて、オマケに音痴デゲすからね」

 笑いの三重奏が少しの間、廊下にこだました。


「それじゃあ……明日も学校ですし私は行きますけど…姫子さん。サークルなどは入っていますか?」

「入ってますお。よければ遊びに来てくださいお!」

「(ちょ、男女比の偏りはサークルクラッシュの原因でゲスよ!!)」

「あ、なにかお邪魔なようなら………」

「大丈夫ですお!」

「だ、大丈夫でゲス…」


 画咲は部室の番号を教えると、緑の人と分かれた。

「それじゃあ、後日、またお会いしましょう」

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