人生相談だお!
「これもいいかしらね あとこれも。そう、これもいいわね~?」
「ちょ、ちょっと情報量が多くてついていけないでゴザルのだが……」
本来、化粧やおしゃれに程遠い、太っていてステレオタイプのオタクの画咲。そんな彼が、きれいなドレスやちょっとしたキャンペーンガール風の服、そして不釣り合いな化粧で変貌を遂げていく。
腹を抱えて笑うクラフと、真顔で着せかえ人形になる画咲の光景は一時間ほど続いた。
「ちょっとこのへんで休憩にしましょう。お紅茶を入れるわね」
鼻歌を歌いながら、オカマ大男は軽快な足取りでレジの奥に消えていった。
「よし、今だクラフ。逃げるお」
「ここまでしてもらってるんでゲスよ? 悪い人じゃなさそうだし…」
「人じゃなくて、あれたぶんゴリラだお」
レジの奥の暗闇から大男が顔を出すと画咲が驚く。
「わビックしたもう!」
「画咲うるさいでゲス」
「ふたりとも、お砂糖とミルクは?」
「いるでゲス~!」
「い、いららら、ないないお」
「うふふ、ちょーっと待っててね☆ このお店に来てくれた人にはお話ししていることがあるの、帰るなんて言わないでもう少し付き合って(ハート)」
「逃亡計画がバレた、先に消すお!」
「なんでそんなこと言うんでゲス!」
「あれは親切に宿を提供して夜になったら旅人を食うタイプなり!」
「いいかげんにするでゲス!! ここは他のお店と違って、繁盛している風はないデゲスが、なにか面倒見の良さそうなものを感じたんでゲス。読みの通りでゲス!」
「うむむぅ……」
画咲は『たしかに』と思った。いろんな趣味の人間がいるとはいえ、こんな風体の自分がアイドル御用達の店に行っても、相手をされるだろうか。
ここに来るまで似たような謳い文句を掲げる店はいくつかあったが、入れる雰囲気と勇気がなかった。その点、この店はこじんまりとしていて、自分なんかに付き合ってくれている。エントリーに丁度いいかも知れない、でもゴリラは怖い。
「はあい。おまたせ。お紅茶とクッキー。あたしが焼いたのよー?」
「わーい! クッキーでゲス~!」
「わ、わーい、だ、おー!(クラフ気をつけるお、眠り薬が入ってるお)」
「なーんにもいれてないわよ」
「ん~~おいしいデゲスー!」
「よかったわー☆」
「うーーんと……それで? ぽっちゃりのぼく?」
大男の優しい表情は変わらないが、どこか子供を案じる母親のような空気に変化した。
「せ、拙者?」
「そう。なんでアイドルになろうとしているのかしら? しかも女の子に?」
「それは……話せば長くなるなり……割愛するである…」
「失礼でゲスよ!」
「いいのよデゲスちゃん。うーーーんそうねぇ、マダムの占いを披露しようかしら」
「貴様、吾輩をマインドコントロールをし…」
「あなた、自分の使命から逃げたいんじゃなくて?」
「え……」
「驚いたでゲス」
「うふふー☆ 正解かしら。私には何でもわかるの☆」
「き、貴様CIAだな!!」
「ええ。コードネームはMadamよ☆」
「本性を現したな、特殊部隊ゴリラの生き残りよ!」
「なんでゲスか、特殊部隊ゴリラって……」
「というかマダム、使命から逃げるというのは、まさにこのブタが言っていたことでゲス。なんで分かったでゲス!?」
「そうだそうだ! ……ブタ?」
「簡単かんたーん。この町が、そういう町なのよ。…オモテと言われる学園都市に対して、ここは裏にあるバックヤードでしょう?」
「どういうことでゲス?」
「ねえデゲスちゃん。オモテの生活に、不自由を感じたことはある?」
「うーん、特にないでゲス」
「じゃあ息苦しさはどうかしら?」
「か、感じることが……あるでゲス…」
「オモテは切磋琢磨する生徒がひしめき合ってるでしょう? ハナから才能のある子も多い。そんな生徒が今7万人集まってるんだったかしら?」
「そうらしいでゲスね……」
「そこに息苦しさがあるのよ。果てない競争原理と規律でガチガチの学園都市に疲れて。皆、この町にジャンクを求めてやってくる。ここは逃げの町なのよ」
「……クッキー…意外においしいお……」
「よかった☆ ………その“逃げ”はね? がんばってる生徒ほど陥るの。頑張って頑張って『ああ、ムリだ』ってなったときに、もっと別の、大胆なものにチャレンジしたくなる。それが逃げなの」
「紅茶…もう一杯ほしいお…」
「はあい、どうぞ☆」
マダムは紅茶を見つめるが、紅茶の中に何かが見えているように、遠い目をした。
「ここはね。逃げた先にある町、でも、可能性の町でもあると思うの」
「可能性の町…でゲスか」
「そう。学園に生徒が多くなってから、この21区バックヤードだけじゃない、私の知らないような小さなバックヤードや、名だたるバックヤードにも出入りする生徒が増えたのよ」
「それは、そういうことだと思うの。皆ここじゃないどこかを探しているのよ」
「ぽっちゃりさんみたいな人生迷子ちゃんは、うちにもときどき来るの」
「ぶはは! こんなのが来るんでゲスかww」
「もちろん、男の子は初めてね☆」
「7万人の生徒に対して会社用の教育をするならいいわよー? 企業にかけあって大量採用してもらえばいいもの。でもこの学園で、大半の生徒が目指すものって……どんな職業かしら?」
「うーーん。…成れるかわからない……自分一人でやる職業でゲス…」
「そうよね? そういうひとが躓いたら、デゲスちゃんは、なんてアドバイスするかしら」
「……『人と比べないで自分のことをしろ』って言うデゲス……」
「模範解答ね。でもヒトの答えはいつもそう」
「でもでも、それ以外に何があるんでゲス?」
「そういうときの悩みって、誰かと比べているというより『自分の道は本当にこれだけなの?』っていう決断の迷いだと思うの」
「……それかも…しれないお」
「そういうときは、思ってもみなかったことにチャレンジしてみればいい、可能性に逃げてみればいい。もうひとりの自分に、なってみればいい」
「もうひとりの、自分……かお?」
「ええ。でも今日のあなたは失格ね。まだまだ逃げたいだけ。本気で女の子になろうとしているって、着せ替えをしていても、それが伝わってこなかったわ」
「………」
「自分のなりたいものに成れない、悔しさに塗れたくない。逃げるなら本気で逃げなさい」
「逃げるなら本気で逃げる……もうひとりの自分に……なっても、いいのかお…」
「もちろん☆ そこで成功体験が出来れば、あなたが本来なりたいものにも、きっと活かせる日が来るわ」
「あははー! そもそもコイツは自分のことなんて一切努力してないのに逃げようとしてるんでゲスよー!」
「じゃあぽっちゃりさんの右手にあるペンだこは、きっと何か別のことでできたものかしら☆」
「よ、余計なお世話だお!!」
画咲は咄嗟に右手をかばうようにして机の下に隠してしまう。
「………ブタ……」
「ベタだけど、可愛くていいじゃない? 『お前テスト勉強したー?』『してねーよ全然』って言っておきながらそこそこの点数取る子、いるじゃない」
「いるでゲスねぇ」
クラフが何とも言えない目で画咲を睨みつけた。
「まだいい点数は取ってないのかも知れないけれど。デゲスちゃん、彼を見直してあげてね?」
「じーーーーーーーー、でゲス」
「な、なんだお…!」
「…………飛ぶでゲスよ」
「飛べよゲス野郎? 失礼だなぁキミぁ!」
「違う! 逃げるなら、その代わりに、ちゃんと飛ぶでゲスよ! 飛べないなら…それはただのブタでゲス」
「よーし☆ カウンセリングは終了☆ ぽっちゃりさんのコーディネートも方向性がまとまったし! 続きをしましょ?」
「え。なにがまとまったんスか?」
「急に素になるなでゲスw」