見ちゃいけないところを見るお!
文人と文絵が部室で生徒会放送を見ていた同時刻。
「シェルター時代に放棄された空間なんてやだお! そんなとこ行ったら絶対危ないお、鉄骨とか落ちてくるであろう!」
「元は核戦争に備えた300年耐久のシェルターでゲスよ! “バックヤード”はそんなにヤワじゃないでゲス! 分かったらひとりで行くでゲス!」
「やだ!!」
「ヤダじゃないでゲス! 放すデゲス! チカラ強w 原稿あるのにぃ~~~!」
クラフと画咲の二人は商業区を騒がしく歩いていた。もっともその場も他の生徒で賑やかなので、うるさいふたりも、さほど目立っていない。
「だって、一番バックヤードに詳しそうであろう! 案内せい!」
「時々バックヤードに買い物に行くだけでゲス!」
「たのむお~~ アイドルとしてCDデブーしたらジャケットの絵はクラフに頼むつもりだお!!」
「お前そもそもイラストレーター志望でゲしょ! オレはグラフィッカー志望でゲス!」
「つれないなりねぇ」
「ったくそれにしても、本当にバックヤードに行ったことがないんでゲスか!?」
「う、噂には聞いたなり…でも…」
「でも?」
「お、オイラには関係無さそうに見えたんだお…お…」
「あははー。危険というより、そこにいる人たちが怖いんでゲスね…?」
「そもそも、学校と寮と部室以外、ひとりではあまり出歩いたことがないなり……」
「ぶはは! 学園内でひこきもりとは面白い冗談でゲス!」
「ふん。外に出るとロクなコトないなり! 怖い人に声かけられたり……」
「もしもしあなたたち」
「ほらみろ、こういう……ひいい!! お金ならないですお!!」
「大丈夫ですよ、ちょっとお時間いただければと」
画咲を呼び止めたのは一般生徒の制服とは少しデザインの違う、警備員風の制服二人組。
「生徒会保安局です。ご協力を」
奢らず気高い、そして礼儀正しさと親しみをもった二人組の保安隊員であった。
「なにか危ないものとか、持ってないですか?」
「こころのなかに…切れるナイフを…持ってますお」
「あ、はい。…ええと、バックヤードなどに出入りしていませんか」
「はいですお! ちょうどこれからバックヤー「バカバカバカでげす! 行かないでゲスよあんなゴミ溜め! コイツ引きこもりなので散歩させる時間なんでゲス!」
「人を犬みたいにぃい!!」
「ああ。まあまあ。私達も立場上はオープンには言えませんが、バックヤード自体は問題視していないんです」
「そうなんですお?」
「問題はそこで規則外のものを取引して騙されたり」
「ふむふむ」
「最近ですと アイドル認定、通称“アイ認”違反の活動がバックヤードに多いので。オモテの規則が乱れに繋がりますからね」
「ギク」
「(お前は思ったことがイチイチ漏れ出ないと死ぬ病気なんでゲスか!!)」
保安隊員に見えたか分からないが、クラフの鋭いパンチが画咲の腹部を直撃した。
「痛あはあい!」
「ええと、とりあえず、お二人のIDだけ確認させてください」
保安局員は片手で持てるサイズの端末を取り出すと画咲のモモバンにあて、何かを読み取ったようだった。
「佐藤画咲さん、一年生。学校はちゃんと出席。……ふむ。イラストレーター志望ですか」
「いいえ、私はアイドr「あ、気にしないでいいでゲスよ」
「ええとあなたは……あなたも佐藤さんですか。……ポイント貯まってますね、一年生なのにお仕事されてるんですか」
「ええ、グラフィッカーの卵でゲス!」
「順調で何よりです。ご協力ありがとうございました。おふたりとも良いデビューを」
「保安局員さんも良いデビューお」「デゲス~」
・・・
「いいかテメェひと呼吸おいてから喋るってことを覚えろ肉塊にするでゲスぞ」
「す、スミマセンでしたお…」
「ったく。…それにしても、あの端末でポイントまで見られるんでゲスねぇ…」
「オタクっぽいと分かるとスグに止めやがるお! 偏見の職質反対だお!」
「ただのホロウナンバー対策でゲしょ」
「おしえてホロウナンバーのコーナーがやってまいりました」
「そんなんあとあと!」
「この学園は覚えること多すぎであるー」
「ほらほら! 着いたでゲスよ」
「駅のキオスクのような小店舗が連続して立ち並ぶ商業区画。このエリアでは比較的に大きな繁華街だ。しかし先ほどから歩いてきた景色とそう変わらない。いったい、どこに着いたというのだろう。画咲は首をかしげた」
「なにを一人ナレーションしてるでゲスか! こっちでゲス、こっち!」
ふと見た喧騒の中、店舗と店舗の間に、薄暗い通路が口を開けているのが見えた。テーマパークなどで不意に見かける、スタッフ専用の通用口といった、質素な佇まい。
「さあ。ぐふふ、こっちでゲース……コッチデゲース……デゲース……ゲース……ゲースゲースゲース…」
手招きしながら通路の奥へとクラフが消えていった。
「ひ、ひええ」
普段、口では大風呂敷を広げるが、いざ冒険に出るとなると画咲は子犬のように怖気づいてしまうのである。
ヒトが二人やっとすれ違えるような狭さに、汚いというよりは掃除していない壁。照明も頑張ってはいるが、やはり薄暗い。
「わビックした! もう!」
「何でゲスうるさいな!」
「だって前から人が来たんだモン…」
「当たり前でゲしょうが! あ、連れが脅かしてスミマセンでゲス、あ、大丈夫です、ブタの散歩で、はい、スミマセンでゲした」
意外に往来のあるその通路をクラフについて30メートルは歩いたかというとき、階段の踊り場のような、すこしだけ開けた場所に出た。
行く先はひとつである。その場を照らす気がない非常灯と、真下には重そうな鉄扉、水密扉やハッチと呼んだほうが相応しい、やはり業務用めいたものだった。
「『これより先、進入を禁ず。生徒会保安局・インフラ局』…って書いてあるお! 大丈夫かお!」
もうすぐ壁の一部になろうかという、印字の薄くなった警告の貼り紙が虚しい。何の話かと受け流したクラフはニタリと笑って、扉の中央、ハンドルに手をかけた。
「さあ、バックヤードに入るデゲすよー」
ハンドルを回すと“ ガゴン! ”という鈍い音。少し重そうにクラフが扉を押すと、喧騒が漏れ出した。
「が、学校の中にこんな場所が……」
「正確には “学校じゃない場所” でゲスね」
ドアを入らなくてもその奥がとても広い空間だと分かる。建物で言えば三階程度の場所に出たらしく、景色は淡く明るく、そして薄暗いともいえるが、眼下には人の営みとしてたくさんの明かりがあった。
夜店の出ている縁日の上から眺めているような景色。下の町から漏れた明かりが、闇の奥へと伸びる大小のパイプラインをおぼろげに映し出している。そんなスチームパンクで大きな空間だった。