ひとりじゃないクリスマスお!
翌日。あのダンススタジオに、早々と皆が集まっていた。
「おまたせかもねー」
学校終わりの文人の合流を以て、全員が揃った。
ほどなくマダムも入ってくる。
「おーう、お前らー遅刻だぞー」
「それは自分でゲしょうが!」
「わりぃわりぃ! 勝ちが続いちまってさ」
「またポーカーですか……!」
「さーて今日は、お待ちかねの衣装合わせといくか。それが終わったら曲合わせしてみようぜ」
それぞれが化粧にも慣れてきた。とはいえ慣れとは失敗の元。まだまだリアムの指導も入りつつ、支度を終える。続いてリアムが、仕立てた衣装をどっさり持ち込むと。それぞれが胸のパッドを付けて互いを微調整。
ワイワイガヤガヤと衣装に袖を通して、ついに完成形の全員が並ぶ。
「おいおいべっぴんさんじゃねーの」
それぞれが完璧と言っていいがほどに女性へと変身した。
「変身の館冥利に尽きるねぇ」
並んだ五人のそれぞれが、鏡に映る自分を眺める。
「これが…僕たちなんだね」
「文絵さん、せっかくですから女性の声で挑みましょう」
「あ、そうだった……あ、あああ、あ」
衣装はクリスマスにも親和性の高い赤を基調とした着物風のもの。帯が緑でクリスマスカラーというわけである。ミニスカートに近いほど丈が切り詰められていて、袖は未婚女性を表す長い袖。
「だが天下を取った気になるなよ? せいぜい天下取りのチケットが手に入った程度だ」
「おお、珍しく褒めるでゲスねマダム」
「あたしが訓練してんだ。文句もいうが褒めもするさね」
「がんばるお!」
「「「「「おおおーー☆」」」」」
マダムの指導は流石であった。曲に入るとは言い得て妙で、全員が身体能力に違いこそあれ動きが揃っている。
メンバーの誰もが時折、振り付けを間違えることもある。だが徐々に覚え、徐々に修正していった。
ある休憩でのこと。文絵が “モノ” を持ってくると、皆が息を漏らした。
「いい出来ですね! 絵も暖かくて、悲しくても愛に満ちている物語です!」
「かっちゃんやクラフがいないと実現しなかったよ」
スタジオで円陣を組んで座り、刷り上がった本を眺める面々。
「へえ。伊達じゃねぇな…大したもんだ。曲とドンピシャだ」
「それは当然、この作品を元に曲を起こしてもらいましたからね」
「短期間にここまで描けるなんて、凄いです」
「裏を返せば、ここまで描ける人はたくさんいるよ。いい作品が出来ても、埋もれやすい時代だから、目に付く機会がないだけさ」
「感慨深いかもね…」
「刷り上がりを見る瞬間といえば格別でゲス!」
「おらおら! カンショーに浸っているトコ悪いが、仕上げにかかっていくぞ。今日はもう一本。明日も今日と同じメニュー。明後日が仕上げとパフォーマンスの練習だ」
そして夜が更けていった。
・・・・・・
当日は、練習した分だけ、あっさりとやってきた。
クリスマスソングが流れるバックヤードの街のなかを、画咲と文絵を先頭に地獄A`sの面々が歩く。もちろん全員女性バージョン。ライブ会場へと向かっていた。
街はいつもより賑わう。寒いのに暖かな印象のある街の顔。学校は年末年始休業に入り、楽しげに歩くカップルや、ケーキを売るのに血眼な偽サンタで賑わっている。クリスマスは学園で過ごしてから、年越しを家族と過ごすために帰郷するというのが通例のようで、お土産を買ったり、忘年会をしたり、デートをしたりと、それが往来の一人ひとりの顔に物語として書いてある。
「あわてんぼうの サンタクロース♪だお! サンタクロースは何を慌てたなりかねぇ」
「なんだい、いきなり」
「深い意味ナシだお。ああいう誰もが知ってるサンタソングって、どうやって生み出すなりかねぇ」
「そりゃあ、人より先に歌えばいいのさ。そういう先駆者たちの作ったイメージがすべて合わさって今のクリスマスイメージがあるんだ。後からじゃ簡単に追いつけないよ」
「そういう歌作ってみたいおー」
「おそらく100年先も変わらないよ。時代を越えて人々が口ずさむクリスマスソングたちが既にある。これに勝とうなんて思っちゃだめだ。でもクリスマスに誰かが思い出してくれる歌なら、たぶん、僕らにも歌えるよ」
「フミフミ、かっこいいこと言うお~~」
「こういう演説っぽいのはリーダーのかっちゃんがやったほうがいいんだからね~?」
「あはは。みんながんばろー! くらいしか言えませんな!」
会場はあのベアーズ。建物の前は人々でごった返していた。大々的に掲げられたクリスマスライブの看板に、出演者の一覧表示に群がる人々。邪魔にならない位置に寄って、全員が小さな輪をつくる。
「ほらほらリーダー。皆に挨拶しなよ」
「うむ。……………おそらく100年先も変わらない。時代を越えて人々が口ずさむクリスマスソングたちが、既にある。これに勝とうなんて思っていない。でもクリスマスに誰かが思い出してくれる歌なら、たぶん、僕たちにも歌える ©さとうふみえ」
「おい丸パクリじゃないか!!」
「ちゃんと最後に『©さとうふみえ』って入れたお!」
「著作表示を入れりゃいいってもんじゃないの!」
「ごめんおごめんお」
「まったくー」
「でもだお皆。やっぱり同感だから引用したんだ候。有名な歌は残せないかも知れない。でもオイラたちを精一杯表現すんだお。まず自分たちが楽しんで、それが結果的に誰かの記憶に残るといいなって、吾輩は思うのであった…………完」
「『完』って。これからでゲスよ!」
「でも、いいこと言ってます。精一杯自分たちを楽しみましょう!」
「よおし、最終確認するでゲス!」
「会場には照明指示と、音源を渡してあります!」
「全員体調はOKかもね!」
「おっぱいにズレ無しだお!」
「大きな声で言わないでください……」
「入ったら物販ブースに本をおいてくるよ。30冊…売り切れ御免!」
「自分たちらしさで乗りきるかもね」
「それじゃあいくお!!」
「「「「「曲に入ってハートで歌おう!!」」」」」
・・・・・・
新生地獄A`sがデビューを飾ったあの舞台は今夜、大いに盛り上がりを見せていた。
『今日はサンタばっかりで訳わかんなくなっちゃうね! でも願い事たくさん叶いそう!』
「スズメロは~他のサンタさんと違って~本物なんだよ☆」
『ライバル蹴落とし作戦きたーーー!! おっと続いて今の何が良かったのか次々とモモバンくっつけるやつ続出ー! 正直わかんねー!』
あははははははははははははははは!
舞台袖から前の出場者のインタビューに見入る地獄A`s。出番は次に迫っていた。
「あのMC、前より蝶ネクタイがデカくなってないかお?」
「近くで見てるからそう見えるだけでゲス」
「緊張してきたーー」
「ほらほら文絵さん。曲に入ってハートで歌う、ですよ☆」
「リアムのアイドルモードすごすぎかもね…」
『みなさん、お待ちかね! うちのハウスじゃ何回か出てくれてるんだけど、メンバーまた増えたんだって! オッケーじゃあ行ってみよーか! 地獄A`s!』
その瞬間、舞台袖に押し返されそうなほどの歓声が轟いた。
「これ、オイラたちにかお?」
「ほら、いきますよ!」
「全員出動でゲス~!!」
「かもねーー!!」
「おっしゃーー!」
舞台に展開する面々。そして曲が始まる。
(♪)シャンシャシャン シャンシャシャン………
中央のココのしなやかに片手をあげ、ソロで歌う。
ノースウィンド 風を掴まえて
メープルのソロ。
会えない日々を 数えて
マカのソロ。
冷たい窓に 指を這わせて
アイリのソロ。
帰るみちを ここに描いたから
ミントのソロ。
聖なる夜に 一度だけ 会うために
オーディエンスが飛び上がって盛り上がる曲ではない。心に染みさせる曲調。
そして全員のハモリに入り、会場は浮揚感につつまれ、静かに聞きいっていた。
引き裂かれた2つの世界がつながる聖なる日、恋人たちが一度だけ会える日に、優しい雪が降る中を、空にかかる橋を渡って、あなたに会いに行く――。女性の歌に仕上がっていた。
振り付けに激しいものはなく、皆がついてこられるようにマダムが調整。歌に集中出来るよう、歌が自然と踊らせるよう、そしてメンバーも物語の女性に思いを寄せ、心から歌を歌った。
鈴の音が遠ざかる演出で曲が終わりを告げる。
~~~(♪)
・・・・・・・
おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
ひゅー!! ヒュウイ!! ヒュー!!!
歓声は、ほんの少しだけ、他のアイドルよりも力強く、ほんの少しだけ、他のアイドルよりも長かった。
『あっぶねー! 天国行きかけちゃったよ俺!』
あははははははははははははははは!!
『これオリジナル?』
「うむ! おりじなるだお☆」
『“だお”って、そっか! 中身はオタクっ子だったねそういえば! 自己紹介よろしく!』
「地獄A`sのリーダー、ココだお!」
<会場コール>スリーサイズはああ!!?!?
「んとね、100・100・100だおー☆」
『ドラム缶じゃねぇかよ!』
あははははははははははははははは!!
「今日は歌を聞いてくれてかたじけない! わっちらは、架空のアニメとかマンガ作品を考えて、曲で表現するユニットだお。曲はメンバーで考えて、作品としてサークル・シュガー5さんに本にしてもらいました! みんな、大切なヒトと読んでほしいなり!! 物販のトコにあるから、買え☆!」
ひゅー!! ヒュウイ!! ヒュー!!!
『ちょっとー? 宣伝入っちゃったよー!?』
あははははははははははははははは!!
「私はミント……。作詞を担当したかもね。これからもたくさん書くから、応援よろしくかもね!」
『かもね!?』
「私はアイリ、イラストのイメージを作家さんと打ち合わせして形にしました! 優しくて温かい絵だから、今日という夜にぜひ読んでほしい!」
『かわいい!』
「マカだよ! ええっとね、カラ元気担当だよ!」
『ちいさい!』
「メープルです、ユニットの庶務や会計をやっています! 忘年会がしたいので、みなさんAPよろしくお願いします!」
『正直者!』
あははははははははははははははは!!
『おっけー! なんか久しぶりにクリスマスって感じの曲だったわ! 地獄A`sありがとー!!』
わあああああああああああああああ!!
・・・・・・
「最高だったお……最高だった」
楽屋を出ても、まだ興奮は冷め止まない。
「歌ったって感じ、しました!」
「誰にも歌えない、僕たちだけの歌、歌ったよね」
「振り付けも、忘れる忘れないと言うか、染み込んでて自然に出たでゲス」
「それが曲に入ってハートで歌う、ということかもね」
ここはバックヤードの街の中。街の光りに包まれて往来が道をゆく中で立ち止まり、なんとなく見上げてみたりして、雪でも降ってこないかなと、五人は笑った。