練習キツイのやだお!
次の日。バックヤードの、とあるダンススタジオ。
「人気のない時間帯に格安で貸してもらったー。しかも四日間だー。感謝しろー」
「姉御ぉお。いくらなんでもヒド過ぎますよお。あとここ禁煙ですぜぇー!」
壁一面の鏡張りを前にタバコをくゆらせながらマダムが床に座った女性バージョンの地獄A`sを見下ろす。
その足元には、このスタジオの支配人と思しき男性。マダムの足にしがみついて懇願している。大方の予想は誰もがついていた。だいぶ値切ったようである。メンバー全員がいたたまれずに男性から目をそらした。
ここは学校の教室一個分といった広さで、広がって練習も出来るほか、音響も使えて申し分ない。
支配人には申し訳ないが、メンバー全員にとって練習場所がある機会を逃すわけには行かないと感じていた。
「おっしゃ、野郎ども! あ、ちげーか。アマども! 立ち上がれ!」
「アマどもって…ひどいでゲスな」
「まずは完成した曲を聞くぞ。耳で聞くな身体で受け止めろ。サーフィンで波に乗るように!」
マダムがリモコンを押すと、曲が流れ始めた。
サンタクロースが町にやってくるような、シャンシャンという鈴の音色を伴奏に、雪夜でも温かい光が漏れる家々が思い浮かぶような、そんな郷愁の曲調。
地獄A`sの声では無いが、仮のオーケストラで女性の声が入っており、曲として聞くことが出来る。
「これ、いいですね!」
「うんうん、シーズン曲の仲間入りができそうな、耳に残る曲だ!」
「おいおい~来たんじゃないのかおー? これー!」
「歌詞もいいでゲスな」
「文絵の絵本のおかげでイメージがつかみやすかったかもね。九十九スタジオにもそれが伝わった」
「仮のオケ入れてる女の人って誰だお?」
「そうですね、この女の人の声、なにか引き込まれそうな……キレイな声です」
「九十九の人でゲスか?」
「なんかこの声、聞いたことあるような……」
「ほらボサッとすんな、振り付けに行くぞ!」
「ココ! 足をこっそり前に出すんじゃない、家宅侵入の泥棒かオメーは! しなやかにスライドさせんだよ!」
「マカ! 羽ばたきが足らねぇぞ風を掴まえろ! 翼の折れたエンジェルかお前は!!」
「恋人が運命の橋で待ってるのを見つけたシーンだ! 嬉しさでもつれる足と、ゾンビの疾走じゃわけが違うぞやり直せ!!」
「はあ……はあ、はあ……ゲフンッ はあ……はあ…」
「ゲス……ゲス、ゲス……ゲスんッ ゲス……ゲス…」
「ちょ、マダム、休憩したいかもね」
「休憩はない。オメーの言う休憩は動作の停止だ。疲れを取るには休憩ではなくメンテナンスをしろ。ふくらはぎを揉め! 上から下、下から上! もみほぐせ!」
「ぐ、軍隊デゲすぅう!」
「そうだぞ一等卒!! 貴様が生き残れたのは敵軍の童貞がお前を子供と勘違いして撃てなかったおかげだ!」
「どうしたアイリ! 故郷の恋人が恋しいか! お前が彼女に手紙を書かずにいるほど徴兵逃れのクソッタレ共が恋人のケツを狙ってるぞ!」
「どうした!!!!!!!」
「ダメだ!!!!!!!!」
「やり直せ!!!!!!!」
「ほ、本当に軍隊みたいだお……」
「いやねぇ、指導してるとついチカラ入っちまうんだわ。わりぃ、わりぃ」
「まあでも、動きは合うようになってきたね……」
「おう、いいチームワークだ!……と言うとでも思ったか? 今日の練習はこれで終わるが、明日までの宿題は全員、寮に帰って曲の中に入るイメトレをすることだ」
「きょ、曲の中に入る…でゲスか??」
一同は床に座ったり、グテっと横になったり、天井を仰いでぼーっとしている。
「多くのグループアイドルが練習で陥りやすいミスの一つは。周りの動きを見てしまう、曲を聞いてしまうことだ」
「それって普通じゃない?のかもね……?」
「ココ軍曹。」
「イエス・マム! あ、マダム!」
「お前と向き合って立っている人間がいて、すべての動作を真似ろと言われたとしよう」
「イエス・マダム!」
「相手の動きと “同時に” 同じ動作が出来るか? 想像してみろ」
「出来ないと思いますですマダム!」
「なぜだ。メープル答えろ」
「動きを見てからマネをするから……動作が遅れるということですか?」
「そのとおりだ………とまあ軍人口調はここまでにすっけどよ」
「マダム楽しんでたでゲスな」
「要はお前らが曲を聞いてから身体を反応させるから動作が遅れてるってわけだ。その反応が遅れてる仲間の動きを見て踊れば混乱するし尚遅れる。だが自分が曲の中に入れば動きも変わる」
「今日は曲をまともに聞いた初日だからトヤカク言わねぇが、曲に入るイメトレをしておけ。明日には動きも見違えるだろうよ」
バックヤードからの帰り道を、ヘトヘトになりながら歩く一行。
「ほげぇえ。疲れたでゲスぅうう」
「これがあと四日も続くのか……」
「練習には慣れているつもりでしたが、指導を受けるとやはり違いますね……」
「かも……ね……」
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「課題の追加だ。帰ってすぐに寝るのは禁止する。さっきの休憩と一緒さ。疲れたからといって動作を止めるのは今までの疲れを全部被ることを意味する。休憩ではなく、メンテナンスをしろ。腕や足をよく揉んでストレッチしておくように」
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画咲は、交通局のバイト初日を思い出しながらフラフラと帰宅した。
「ただいまだおーーー」
「かっくん、おかえりー」
寮室の中はポカポカと暖かく、睡眠の神様というものがあれば、この部屋に今立ち寄っているのは疑いの余地がない。しかし言いつけどおり、寝るわけにはいかない。まして夕ご飯もまだ取っていない。明日のエネルギーのためには食べないわけにはいかないのだ。
「かっくん、食堂いくー? 俺、原稿に詰まっちゃってさ。久しぶりに一緒に食べようよ」
寮室から5分。とても大きな21区寮の食堂のひとつにたどり着いたふたり。
練習が終わってからなので、比較的に夕食としては遅い時間で人は少なく、そして和幸にとってはささやかな奇跡がおきていた。
「かっくん! 大変だ!」
「な、なんだお……?」
「大人気のアジフライ定食がまだ残ってる!!」
「おお……それ……オイラもそれにするお……」
適当な場所に席を取るとふたりで久しぶりに夕食をとる。
「ひゃー! うま! ……かっくん、今日食欲ないの?」
「そんなこと無いお……でも疲れてて」
「また仕事かい?」
「仕事のペースは落としてるお…でもサークルの連中と遊んでたら疲れちゃったんだお」
「なんだかんだ多忙だよねー、かっくんって。」
「アイム・ビジーだおー。和幸のほうが忙しそうだけど……」
「ネタ探しで忙しいって感じだね。もぐもぐ……クリスマスライブも、もぐもぐ、近いしさ」
「取材も忙しくなるのかお?」
「むしろ書き入れ時だね。色々回る予定でさ。詳しくはルームメイトのキミにも言えないけど……もぐもぐ」
「ルームメイトにも情報を漏らさない和幸の姿勢には尊敬なり…」
「もちろん、良いアイドルの情報を教えてくれれば情報交換もやぶさかではないけどね~。いない? ギラッギラのやつ!」
「水琴氏~!」
「かっくんの大好きなアイドルだったよね。うーん、悪くないかも」
「お、今日は否定しないしないなりね」
「どのアイドル候補も、なーんかオリジナルがなくてさー。半分芸人さんみたいなスタイルも否定はしないんだけど、目立ちたがりってのが透けて見えるから……魅力と呼ぶには何か違くてね」
「和幸も色々大変なりねぇ」
「ねえ。…………かっくんさあ」
「なんだお? 急に見つめたら照れるなりよ///」
「最近、肌きれいになった?」
「ぶッ」