ダンジョン学園の全容だお!
それから一日が経った放課後、昨日と同じあの部屋。
いつものように学校が終わって、部室に来ていたのは文人と文絵。クラスは全員違うが、おおむね授業が終わっているはずで、なにか用事があるにせよ、毎日この時間には全員が顔を出すのが通例。メンバーが揃わないのは違和感のあることだった。
パイプ椅子にかけながら机に突っ伏した文絵と、こじんまりと座って本を読む文人。クラフと画咲が居ない部室は、こんなにも秒針の音がするのだなと、文絵は思った。
「マンガも飽きたーー。かっちゃんとクラフ。来ないねー」
「画咲は、本気かもね」
「…どういうこと?」
「ふたりが商業区の奥に行くの、見たかもね」
「買い物……にしても遅いし……ってことは!?」
「商業区の奥、本当にバックヤードに、行ったかもね」
「はあああ。……参ったなぁ。大丈夫かな」
「クラフはバックヤードの同人誌即売会によく行ってる。水先案内は大丈夫かもね」
「ならいいけどさー」
コンコンッ。
突然のノックにふたりは表情こそ変えないがびっくりした。
お客は珍しいことではない。ただロクなものでもない。会話がうるさい(主に画咲のせい)と近くのサークルが文句をつけに来たり、めぼしい部室を探す不動産屋のような生徒がサークル見学を語って偵察に来ることもある。ではそれが今なのかというと、違和感がある。
いろんな可能性を3秒間に凝縮したとき、ドアの向こうから声がする。
「開けるぞ。21区クラブ局だ」
文人と文絵は顔を見合わせた。
「あ、はいはい」
ドアがカチャっと開いて、なんとも小役人なクラブ局委員の生徒が顔を出す。
「なんでしょう」
文絵がパイプ椅子から立って応答した。
小役人生徒は部屋の中の雑然としたオタク的グッズに一瞬たじろいだようだが、軽く咳払いをすると話を始めた。
「このサークルに、10月入学の生徒はいるか?」
「いいえ、うちは居ないですね…」
文人がコクリとうなずく。
「ふむ。このサークルは……」
補佐のようなクラブ局員が、何やら書類をめくって小役人生徒に見せる。
「ここは一年生だけの、友達サークルだな」
「は、はい…」
「ちょうどいい。10分後に、生徒会長から転入生向けのガイダンス放送がある。10月転入生が居たら見せてやってほしいというお願いで来たんだが、君等もまだ一年生だし、こういう機会に生徒会チャンネルを見るようにしてくれ」
「はい、わかりました。わざわざどうも」
パタン。
小役人生徒がきびすを返すと、補佐の生徒が会釈をして扉をしめた。
程なくして隣のサークル室をノックする音が聞こえ、また同じ説明をしている声がくぐもって聞こえる。
「はあ。この規模の学園となると4月に入学するのが全てって訳じゃないんだね」
「あちこちから、夢を持った生徒が転入してくるかもね」
「うちのサークルも、10月入学生入れる? 募集出してないけど……」
「今のところ全員の名字が佐藤だから、入会資格は“佐藤さん”でどうかもね」
「はは、それはいいね」
文人はリモコンをとると、テレビを付けた。
「文人くん、ガイダンス放送見るの?」
「なにか、新しい発見があるかもね」
「う、うん、たしかに」
少しの間は退屈な学園探訪番組であったが、画面が切り替わった。
オーケストラのようなイントロと『新入生のみなさん、ようこそ』の文字。
「なんだこの放送、ダッサ!!」
「生徒会放送局は、お硬い編集しかしない。就職先が国営放送だからかもね」
続いて、どこかの国の偉い人が話すかのように、荘厳なカーテンバックで記者会見の演台についた生徒が映る。
『新入生の皆さんこんばんは。私は百徒神学園 生徒会長の優織真一です』
『10月も中旬となりました。10月入学の皆さん。学校には慣れましたか?』
ふたりはクスクスと笑った。
「こんな調子で放送が続くなら、辛抱できない、かもね」
「まあまあw」
『ご存知のように百徒神学園は、自己実現を絶対的な是とします。学校はもちろん、あらゆる環境が整っています。学校の勉強と、なりたい自分への鍛錬を重ね、学園都市内で腕試しをしてください。そして生徒7万人の総力で学園都市を形成し、それぞれが “百徒神社会” の維持に貢献することで、外に羽ばたく人材に、自分を育てあげるのです』
「自己実現ねぇ…」
『本学園は、山の中に掘られた元軍用シェルターを平和利用しています。この施設の成り立ちは、遡ること21世紀の初頭。国際協調の世の中になっても、軍拡によって外交を有利に進めようとした国から身を守るべく、』
「そんなこと新入生に話すの?」
「怖がるかもね」
『世界中で地下都市シェルターや、山の中を改造した軍事シェルターが作られました。…しかし世界は疲れた。もはや!! その時代は終っ』
「入学したとき、こんなにクドクド言われたっけ?」
「言ってたかもね」
「僕が聞いてなかっただけか」
『完全平和を手にした世界は、抑圧を解放して自己実現の時代へと突き進みます。歌手になりたい、医者になりたい、プロドライバーになりたい、アイドルになりたい。様々な…』
「漫画家が入ってない」
「ラノベ作家も、入ってないかもね」
『"戦なき戦災"遺産、この山岳シェルターを平和利用し、作られた全寮制学園、それが、百徒神学園なのです! あなた達ひとりひとりが! 百の分野で神となるべく! これからの時代を…』
「生徒会長、スイッチ入ってきたね」
「カラオケで連続して歌を入れてくるタイプかもね」
『ここからは生徒会執行部より、学園の仕組みと注意事項を説明します』
仰々しい画面から華やかな画面へ。そしてボーイッシュな女の子が画面に姿を見せた。
「なーんだつまんない放送だった……あ………あああ!!??」
「ひ、卑劣かもね!」
「ずるいなぁ。テレビ消そうと思ったのにアイドル使うとか!」
「やりかたは、うまい、かもね!!」
『新入生の皆さんやっほー☆ 生徒会長からもあったけど、あらためて“山の内側”にある全寮制の学園都市ってすごくない!? 学園内の交通、保安、放送、出版、お店の経営まで、すべて生徒たちが運営してるんだよー☆ 自分でお店開いたり、あたらしい商売だってしていいんだ!』
「いえーい!!」
「いえーいかもねー!!」
『学校はどんな形? 山を断面図にするとこんな感じ! アリの巣みたいだね! 全容を知っている人のほうが少ないと言われるほど複雑で、広いんだよー☆』
「広そー!」
「広すぎかもねー!」
『学校は、山の内部中心を頂上のカルデラステージまで貫いてるよ! 学校に付随して、階層ごとに皆の住まいである居住区、商業区、病院、図書館、公園まであるんだ! それが何個も何個も、なぁぁあん個もあるんだ!』
続いて、アイドルは戦隊モノの変身シーンのようなポージングで腕をカメラに見せた。
『この広い学園で、どこに行っても絶対に手放せないもの……それは!』
「「それは…!?」」
『Momoバンド~~!!』
『入学したときにMomoバンドは配られたよね? 百徒神エレクトロ製のスマートウォッチなんだけど、いろんな機能がついてる! 皆は今も手首につけてるよね☆』
「つけてるよー!!」
「あああ、共用洗面所に忘れたかもねーー!!」
『これはみんなの身分証やお財布の代わりになったり、寮の部屋の鍵でもあるし、学校の出席確認にも必要だから、絶対ぜーーったい☆なくさないでね☆』
「え、大丈夫? 上着のポケットとかは?」
「うん……入ってない…かもね……」
『学園内専用のネットワーク “百徒神ネット” を使えば、買い物や成績管理、ボクたち学園アイドルのチャンネルだって見られる!』
「ああ…成績管理のパスワードもモモバンに全部入れてある……かもね…」
「それヤバいな。だだだ大丈夫、みみみ見つかる見つかる」
『最後にこの学園での通貨についてだよ☆』
「あああ!! 百徒神バンクからモモバンにお金移したばっかりだったかもねぇえ!!」
「うわああああ!!」
『学園内の通貨単位はAP、これはアピールポイントの略なんだ! 授業に出たらもらえたり、仕事をこなすともらえたり、進級するとボーナスポイントがもらえたりするよ☆ そしてモノを買うときにはそれがお金として使えるってわけ!』
「あああ今月の生活費かもねーーー!!!」
「わあああああああああ!!!!」
『卒業成績は学校生活で何ポイントをどうやって稼いだかも重要になるよ! 今日から、今から、稼いじゃお☆』
「ああ、あったかもね、モモバンド、かばんに入ってた…かもね」
「マジか、よかったぁああ!!」
『ちなみに注意事項だょー! 学園内は、整備されているところ以外、行っちゃ駄目! “シェルター時代のまま放棄された空間” が時々あるんだけど、とーっても危険なんだ! ぜったい近づかないでね☆』
「はあああい!!」
「はあああいかもねーー!!」