寝る前の時間のために生きてるお!
カコーン
湯の注がれる音に、鹿威しの相槌を打った。
宿に戻った一行は、何はなくとも風呂ということで大浴場へ。そして露天風呂にいた。
岩で囲いを作ってある大きめの露天風呂に、竹を組んで作られた柵。かすか遠くに聞く祭ばやしと喧騒が、メンバーの耳に心地よい。
「ヴァッカス!! ヴァッカス!!」
「変わったくしゃみですね姫子さん。風邪を引きましたか?」
「身体はあったかいけど、さすがに外は寒いなりねぇ」
温泉街の明かりは夜空へ届く前に淡く溶け、冬の澄んだ満点の星と、月に照らされた山々に囲まれる。
「わああああん!! 女装なんて嫌でゲスぅうう!!」
「ぶははw まだ言ってるおw」
「かっちゃん止めなって。あ、止めないでいいか」
「そうだお、そうだおー? クラフだって自分の夢を売るためにもう一つくらい夢見てみたっていいと思うんだお」
「うわああん、巻き込まれないようにしようと思ったでゲスのにー!」
「残念だったお。諦メロン」
「月がキレイかもね」
「ほんと、きれいですね」
「カルデラステージで歌えたらこんな星を眺めながら歌えるのかな」
「いいかもね。それってすごく、いいかもね」
「まさに雲の上にいるアイドルはそれを満喫できるんだろうなぁ」
「ビッグスリーなんて言われるようになると、この景色はしょっちゅうかもね」
「ビッグスリー……。雪紅葉蘭ですとか、アイドル上位3位を占めてる人たちですっけ?」
「うん。近年まれに見る、株式アイドルとはかけ離れた実力派だねー」
「まだ掴めないときがあります……その株式アイドルというのは……?」
「百徒神アイドル市場は、株式会社になぞらえて、株ドル体制なんて揶揄されるんだ。アイドル活動は入ったおひねりAPの額で様変わりするから」
「…………でも、売れてるアイドルにお金がたくさん入るのって、普通といえば普通な気もしますが……」
「大事なのはそこから、かもね。どれだけAPが入ったかによって、信用そのものが増すかもね。ステージ登壇権が強くなったり、いい出演枠をもらえたり、展開力が上がる」
「昔は努力するとご褒美があるという仕組みとして機能していたけど、今じゃあそれがファンによって組織的に、一部は抗争状態と言っていい」
「たしかに………『よく見ればアイドルとしての魅力が薄くても、ポイント稼ぎの戦略さえとれば上に行ける』…って。どこかのサイトで見た気がします…」
「有り体に言えばそうかもね」
「だから組織的におひねりを入れたり、推しのライバルのアイドル活動を妨害する親衛隊なんて連中まで現れた始末さ」
「最近まではその株式アイドル体制での戦いだった。正直トップもビリも実力だけなら変わらないことだってあったらしい」
「でも近年実力でのし上がったビッグスリーは別物………ということなんですね」
「ゲス。仕組み上は彼女たちにも太客がいないと地位を維持できないでゲス。でも彼女らはそれに左右されない実力があるし、そもそも太客に興味がないらしいというのも人気の秘訣でゲスね」
「あ、泣き止んだのかお。そうそう、その中でも雪紅葉は特に孤高だお!」
「私達、そこに討ち入りする……ってことなんですね」
・・・・・・
カコン カコン カコン カコンカコンカコン カコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコン
「すごい…フミフミとセカンドフミフミの卓球…ピンポン玉が……見えねぇなり!!」
「だから、さ、アニメ・ゲーム・マンガ、オタク、コンテンツ、ファンを! 抱き、込むっての、は! それなり、の! 戦、略、なのさ!」
「こ、れ、か、ら、忙し、く、なる、かもね!」
「壁は、高い、が、クリスマス、ライブ、までに! なん、とか、かた、ちに!」
「する! かもね! 来年、度は、軌道に! のせ、られ、る! かも、ね!」
・・・・・・
「いたたたたたたいいいい!!!」
マッサージチェアに座った画咲が激痛に悶え、休憩スペースのイスに座った他のメンバーが牛乳を飲む。
「でもどうしましょう。クリスマスライブはたしかにチャンスですが…急ぎすぎでしょうか?」
「でも、年明けから次の季節行事といえばバレンタインデー。時間が空くからね。その前に多少名前を売っておきたい」
「手持ちの作品には、クリスマスネタがない、かもね」
「僕がショートストーリーを作ってみるよ、マンガは僕がやるけど…他はどうしよう」
「イメージソングは文章に強い文人さんが詩を書いて、表紙や冊子のデザインは姫子さんとクラフさん。とくにクラフさんは同人誌仲間やアイドルファン仲間にも声をかけてもらって購買客の潜在集団を作りましょう。私は作品作りに能がないので………制作進行ということで如何でしょうか」
「それがぴったしだね」
「リアム、ナイス・ディレクションでゲスなぁ!」
「いたたたたたたたいいいい!!」
・・・・・・
「うおおおおお。旅館の町並みがきれいだおおおお」
部屋の窓に貼り付いて外を眺める画咲と、広縁に集まって会議を続行するメンバー。
「旅館の部屋の窓際にイスとテーブルがあるここ、広縁っていうんだね。文人くんよく知ってたね」
「これでも物書きのタマゴ、かもね」
「文絵さんとクラフさんのメンバーネームは何にしましょう?」
「フレーバーで統一するなら、アイリッシュクリームとかどうでゲス?」
「落ち着いたカラメルっぽさが文絵らしいかもね。長いからアイリ」
「あ、ぼくそれ好きかも」
「決まりでゲスな。ええっと。俺は…」
「チビ! とかどうだお!」
「フレーバーつってんだろでゲス!!」
「チビチビ……チビ…ああでも、マカとかどうでしょう?」
「え。今何から連想したんでゲスか」
「小さくて力強い小悪魔的な印象がクラフさんっぽいです。フレーバーにもありますし」
「うーん。そう言われるとでゲスねぇ、えへへ」
「決まりですね!」
・・・・・・
「ああ! 布団のそこ、オイラが狙ってたんだお!」
「どこも変わらないでゲスよ~~ すやあ…………」
「ままま窓ぎわ……さささ寒い…かもね……」
「みんな、電気消すよー??」
それぞれが布団に入るが、高校生が、ここで寝るわけがない。
「始まりました! 好きな人発表大会だお~~ どんどんどんパフパフパフ~」
「おやすみでゲス~」
「おう、まてコラあ」
「何でゲスうるさいなー」
「うふふ、なんか修学旅行みたいですね~」
「“始学旅行” かなー。僕たちの学園生活はここから始まる感じもするし」
「ワクワクしてきました!」
「どんな状況も、楽しんでいけるといいかもね」
「それでおー? みんな好きな人はー?」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「おいら水琴氏!」
「あ、ずるいでゲス! 実際にいる人じゃないんでゲスか!」
「いや水琴氏、実在するし。なんですかいきなり」
「マジになるなよ、かっちゃんw 身近にいる人じゃないのかってことさ」
「身近ですよ。今も心のなかに居ますし」
「わ、わかったよ、ごめんって…」
「私もてっきり、同級生の好きな女子でも言わされるのかと……」
「え。リアム好きな人いるの?」
「いないですよ~。まだクラスに慣れていませんもの……」
「そういうことなら、ロロイエ・キュルツ・バイシュバインが好きかもね」
「クラスにそんな王族っぽい人がいるんですか??」
「文人くんズルい、それラノベのキャラじゃん」
「好きなんだもん。かもね」
「じゃあ僕。糸瀬マリア!」
「マンガのキャラかもね!」
「いいじゃーん! 別に~」
「俺はレーベン・キャッツの臼露佳奈でゲス~!」
「「「「「なにそれ」」」」」
「好きな作品を誰も知らないときって、こんなにつらいんでゲスなぁ……」
「ぶはは! 誰も色恋のひとつもないなりねぇ、ぶひゃひゃひゃ! あ痛!」
「え。痛。誰、蹴ったの。2方向から来たけども。」
「この中の誰も画咲を蹴ってなかったら、怖いかもね」
「うわああ。それ怖いでゲスぅ!」
「え。幽霊だとしてさ、何で今オイラ蹴られたの。祟りとして半端じゃない?」
「旅行の夜といえば、怪談話かぁ」
「わ、私……寝ますぅ~」
「え~~リアム連れないでゲスなぁ」
「蹴られた話は? ねえ フミフミとクラフだよね 分かってるからねオイラ。忘れないからね?」
「肝試しするかもね?」
「いいねぇ!」
「よくないです!」
「ねえ、蹴ったよね? 夢に出てあげようか?」
「さっき自販機コーナーにジュースを買いに行ったでゲスが、非常灯以外ほとんど電気が消えてて、雰囲気あったでゲス!」
「大声を出すのはダメだけど、閑散期だから迷惑はかかりにくいかな。……やってみる?」
暗い中だが布団のこすれる音がした。文絵が身体の向きを変え、皆に向き合ったのがわかる。それを皮切りにして、次々と賛同していく。
「やるでゲスか!」
「の、乗ってやってもいいお?」
「もちろん行くかもね」
「わ、私ここにいますから!」
「「「「ひとりで?」」」」
「わ、分かりました~! いきますぅー!」
全員が一斉に身体を起こすと円陣を組んで座り、文人が館内図を取り出して懐中電灯で照らす。
「目的地はどうするかもね?」
「ジュースを買いに行く! っていうのはどうでゲス?」
「つまり自販機のあるところが目的地か。この部屋は宿泊棟の中でも管理棟に近いから…。管理棟の自販機コーナーに行くってのもつまんないよね」
「じゃあ宿泊棟の真反対側を目指すでゲス。廊下の突き当たりにあるこの自動販売機コーナーに行って、1人1本ジュースを買ってくるでゲス」
「あ! 3階のここ行くお! どうせなら3階の自販機コーナーを目指すなり!」
「突き当たったら一階上がるってことか、いいね」
「と、遠くないですかー?」
「館内図で見るほど遠くないかもね。普通に行けば5分くらい」
「私ひとりじゃ無理ですよ~~」
「2人と3人に分けていくでゲス。なあに、ジュースを買いに行くだけって考えれば肝試しでもなんでもないでゲス!」
班行動は2班に分かれた。文人・クラフ班と、文絵・画咲・リアム班。クラフ班が先発したあと、5分後に後発が出るという話にまとまる。
「じゃあ、行って来るでゲス!」
「帰り……僕たちの班が3人になってたら………ごめんかもね……」
「や゛め゛て゛く゛だざい゛文人さん~~~!!」
パタン
「うわあ。本当に暗いかもね」
文人とクラフが廊下に出ると、等間隔で淡い明かりの行灯が灯っていた。照明と呼べるような廊下の明かりは消えている。心持ちというのはその場の見方まで変えてしまうものだ。
肝試しと銘打たなければ、廊下の窓から見える月夜に、板張りの廊下と情緒的な行灯。雰囲気としては最高のはずである。
「あっちのチームは大丈夫でゲスかねぇ」
「バックヤードのときとは違うかもね。大丈夫」
「あのときは怖かったでゲスなぁ、完全に真っ暗闇だったし」
「それにしても……ここも意外に怖いかもね…」
「見方ひとつで違うでゲスからねぇ」
長い廊下を端まで来ると三階へと階段を上がる。
思ったよりもきしまない。とても良い木を使っているようだ。…………などと2人が考えたとき、階段の中腹で上の階から話し声が聞こえた。
「……………解放作戦………」
「(しっ。止まるかもね)」
「(なんでゲスか?……)」
「(話し声がするかもね)」
「(なんで隠れるでゲス? 相手はただの宿泊客じゃないんでゲスか?)」
「(気になることが聞こえたかもね)」
文人の覚えている限り、階段の上を曲がってすぐの場所にはいくつかの宿泊部屋と、廊下の突き当りにある自販機コーナー。人数はわからないが、たしかに話し声がクラフの耳にも届きはじめた。
文人は “聞き耳を立てて” というジェスチャーをする。
「……もはや8万人………・・・これ以上は・・・・・」
「本番……………」
「………解放作戦…………」
「「!!!!!」」
即座に文人が、戻ろう、というジェスチャーをする。
抜き足……差し脚……階段をゆっくりと下っていく。
階段を降りきって廊下に出ると、はるか遠くから向かってくるリアムたちが見えた。
すぐさま無言で合図をして引き返すように促すと、最初は不思議がって立ち止まっていた三人だが、次第にナニかあったと察してくれたようだった。文絵が画咲とリアムを促して、全員で部屋に戻る。慎重に、後ろを、振り返りながら。
・・・・・・
5人は肝試しに出かける前と同じ形で円陣を組んで座り、懐中電灯の明かりを頼りに会議を始めた。
「解放作戦って、この間の新規バックヤードで黒の集団ゴリラ部隊が言っていたやつかお?」
「聞き違いってことは?」
「確かに聞いたでゲス」
「僕も聞いたかもね。かすかな声だったけど、ふたりで同じ聞き間違いでもしていない限り……」
「こんなところで聞くとは思わなかったね……」
「『もはや8万人』『これ以上は』『解放作戦』『本番』……ですか。どれも変な言葉ではありませんが……全部合わさると」
「黒の集団ゴリラ部隊と符号してしまうでゲスね」
「一番浮いている単語はやっぱり『解放作戦』だね。そんな言葉、私生活でそうそう使うかい?」
「デスメタルバンドの名前じゃないでゲスか? 居そうでゲス」
「なにかのアニメとか…マンガとか…オタク用語の可能性はないでしょうか?」
「軍事オタクがそれっぽいことを会話に織り交ぜてただけかお?」
「いずれも百徒神ネット検索にかからず…かもね」
スマートフォンを使って文人があらゆる検索をかけているが、どうやらダメのようだ。
「その連中の様子、もう一度見に行くのはどうなり?!」
「止めたほうがいいって。みすみす危険は犯せないよ」
「関わりたく無いですが……とはいえ、これからバックヤードで活動していく以上、解放作戦とやらの正体は知っておきたいですね…」
「話を整理したいかもね」
「ええ。もう一度考えてみましょう」
「んーー。新規バックヤードの探索に僕らを巻き込んだ、イトウとアキヤマの勢力、それにサバゲ装備の黒の集団ゴリラ部隊、双方が敵対関係なのは確定かな」
「そうですね……ただ、バックヤードの中を第三者を使ってまで調べた状況から考えますと….」
「まだ公然とぶつかっていない組織同士、ということかもね」
「今は暗闘状態でゲしょうが、解放作戦、本番、これ以上は、という言葉からして、衝突が近そうでゲス」
「てかお? 『解放作戦』は黒の組織側の言葉であるから……上の階の連中は黒の集団ゴリラ部隊の側なのけ?」
「そうだろうね」
「でもここで行き止まりですよね……せめてネットにでもかかってくれれば……」
「かもね……ネットに手がかりすら無いとは、かもね…」
「だお? 関連ワードとかニアリーヒットもないのかお?」
「検索結果はゼロかもね」
「だおー? だおー?」
「どうしたんですか、姫子さん」
「 ネットに “何もかからない”なんてありえるのかお?」
「だって実際にかからないんでゲスよ?」
「いや、だからだお? フツーは同じ単語の全く関係ないものとか、ちょっと似てる単語の検索結果が『一応』かかるのでは? 不自然である」
「言われますと……そうですね」
「…………冴えてるかもね、画咲!」
「文人くん、どういうことだい?」
「相手は……百徒神ネットの検索ワードにかからないよう操作できる組織……かもね」
「そ、そんなのあり得ないでしょ! 生徒……会………でも…ない限り………」
「うちの学園は生徒数7万人と云われるかもね。それが『もはや8万人』という状況を把握し、案ずる組織。自然に考えれば……生徒会。そしてネットの管理も生徒会通信局の管轄かもね」
「ということはですよ?………バックヤードのゴリラさんたち、それに上の階に居た人たちは………生徒会側の方たち。ということですか??」
「もちろん憶測も混ざるけど……今あるピースを組み合わせるなら、そうだね……」
「生徒が8万人になるでゲス、バックヤードを武力で解放するでゲス……それももうすぐって、生徒会が言っている? 相当やばくないでゲスか!?」
「考えすぎだといいんだけどね……」
「……そしてイトウさん、アキヤマさんの組織が、生徒会の解放作戦に探りを入れている、という構図ですか」
「生徒会に探りを入れられる組織なんてあるのかお?」
「わかんないでゲス」
「話が大きすぎるよ。なにしろ真正面からは関われない規模だ……」
「ってかそんな事ができる組織なら、検索かけたのもバレないかお?」
「可能性はあるね………ただリアムの言う通り、これからもバックヤードでやっていくことを考えると……尻尾は握っておきたいな」
スマートフォンを操作しながら、画面を凝視する文人。
「文人さん……どうしたんですか? ずっと固まってますけど……」
「クラフ………明日、21区に戻ったら一緒に部室へ寄ってほしいかもね……チカラを借りたいかもね」
「疲れるようなことはしてないでゲスし……別にいいでゲスが」
「どうしたの文人くん」
「ちょっと。気になることがある、かもね。明日…話すかもね」
「ああん! そんな気になる言い方されたら寝られないお!」
「まあまあ、なにか考えがあるんだよ。今日はもう寝て、朝は早くに出よう。クリスマスライブの着想ももう少し詰めたい。打ち合わせも兼ねて、僕も部室に寄っていいかな文人くん」
「うん。かもね」
「ええ」
「ゲス」
「ゲス」
「画咲、マネするなでゲス!」
その後、なんだかんだと話題はポンポンと飛びながら夜ふかしをし、一人また一人と、眠りの中へ落ちていった。