旅館の夕飯前って微妙な時間だお!
ブロロロロロロロロロロロ………………
「誰も居ないお!!」
「当たり前さ、今の時期にカルデラステージなんて稼働してないよ。寒空じゃ誰も来ないって」
「もうすぐクリスマスライブだおね? 寒い時期の夜にやるって大変そうだお」
「でもあれは確か、冬用のガラスドームがかかるよね? まだちょっと早いからセッティングされてないと思うけど…」
降り立ったのは、一見、空港のターミナルビルにも見える、近代的でガラス張りの大きな建物だ。どうやら中枢になっている建物らしく、その先がカルデラステージだと想像できる。
「良かったー。建物内はあったかいなりぃ」
「というかこれ……」
文人の見つめる先には “内線カルデラステージ駅50m先右” と書かれた表示版。
「忘れてたお…普通に山の内側から来れるわ…」
「寒い思いはしましたけど…良いんじゃないでしょうか」
「そうさ、長い道のりを来たっていうほうが、わざわざ来たって感じが…ヘクシ!」
これまた空港を思わせる全体的に白でまとまったエントランスロビーでまごまごしていると、係員の女子生徒が小走りで近づいてきた。
「こんにちはー。関係者の方ですかー?」
「いいえ、見学希望でゲス」
「それはこの時期にお珍しいこと……あの、もしかして……“外路” でいらしたんですか」
「いかにもだお……」
「お寒かったでしょう……今の時期はこのターミナルから眺めていただく以外、スタジアム内のご見学は頂けませんが、ご覧になっていってください」
係員が指し示すその先には、光の差し込む一面のガラス窓。
かじかんだ手をいたわりながら一行が歩いていくと……歩いていくと……
「遠いな」
歩いていくと、景色がパーッと開けた。
「すごい…でゲス」
「こんなに大きいんですね」
「学校の上にある施設とは思えないかもね…」
ガラス張りのその先に広がるのは、巨大という言葉で済ませるのも憚られる大きなすり鉢状の地形、その斜面には観客席がびっしりと詰められている。
すり鉢の底には今は使われていないのでパッとしないが、テニスコートがいくつも入るほどの平らな空間。
ここが、あの、カルデラステージなのだ。
誰も、喋らなかった。誰も喋る必要がなかったのだ。
ここがあのステージだと皆が思って、ここが、憧れのアイドルが歌っていたステージなのだと思いを馳せて、もうちょっと視力が良ければよかったのになんて、少し思ったりして目を凝らすのであった。
「雪紅葉蘭も、」と文絵。
「名だたるアイドルも、」とリアム。
「水琴氏も、」と画咲。
「え、水琴さんってここで歌ったことあるんでゲスか」とはクラフ。
「いや、近い将来の話だお。絶対ここに立つお、あのお方は」
「ため息が漏れるかもね」
「水琴氏がここに来れたら嬉しいけど遠くて見えないお」
「ここから見る訳じゃないでしょ」
「ここに、自分の力で来られたら、それはきっと、最高…かもね」
「感動です…テレビで見て、いつかあそこに行くんだって思って、たくさん練習して」
「…………………届くと、いいね…………」
誰もが思い思いのことをつぶやいたが、リアムは文絵の言った言葉を聞き逃さなかった。文絵の言った“届くと良いね”には包み込むような優しさと、切なさをリアムは感じた。
長い、永い時に思いを寄せ、誰もが息をするのも忘れていたように思えた。
「ご案内してもよろしいですか?」
そこには、入り口で見学の案内をしてくれたショートカットに少し地味めなメガネの優しそうな女子生徒がいた。文芸部員といえば、それ以外にしっくり来るものはなさそうだ。
「ああ、さっきの係員さん。案内してくれるんでゲスか?」
「まだまだ新米ですが、おまかせください! それにこの時期は案内しかやることがないですし!」
「ライブ中はどんな仕事をされているのですか?」
「そうですねぇ、それこそもうすぐ忙しくなりますがクリスマスライブや、年越しライブなんかでは、チケットの管理ですとか、お客様の案内全般です」
「イベント関係の仕事に就きたいのかお?」
「ええまあ。うふふ。そんなとこ……ですかね」
係の女生徒は少しはにかむと、制服をパンパンと正して咳払いをした。
「おほん。このカルデラステージは、文字通り山頂のカルデラ地形を利用した、学園の誇る巨大イベントステージです。シェルター時代はヘリコプターの発着場として使われていました。舞台設備の格納や音響管理などはヘリポートの管理施設をそのまま利用しています」
「一年を通しての稼働はおよそ100回。約4日に一度、稼働があるか・ないかの回転数ですが、実は採算も十分。大型のイベントでは大金が動きますので!」
「すごいお!」
「また、このステージは全天候型です。可変式のガラスドームが展開されて、大雪や台風の中でも営業可能なんです! 百徒神エレクトロ製の超大型モニターと音響設備で会場の観客に仲間外れを作りません! 収容人数は…えっと……たしか…あれ?……アメリカの…」
係の女性はその先を忘れてしまったようで、しどろもどろとしてしまう。
「…オーストラリア」
「え?」
「オーストラリアのメルボルン・クリケットグラウンドと同等の10万人を収容……かな?」
「そ、そうです、よくご存知ですね!」
「調べたことがあるだけです…マイクを取るようなことしてすみません…」
「いいえ、まだまだだな~って痛感です! ありがとうございます!」
「フミフミ、詳しいなりね」
「ふふん! そりゃあ、アイドルオタクだからねぇ~!」
「10万人の前に立つなんて、超凄いことだお!」
「どんなジャンルであれ、ステージに立てるってのは…いいことだろうね」
「うん、かもね」
「ええ」
「ゲス」
「えーと、皆さんは何を目指しているんですか?」
「「「「「………なんでしょうね」」」」」
「え~~~~?!」
「まあ、全員が決めてる途中って感じです
「それはぜひ、いい道が見つかるといいですね!」
「おねえさん、ありがとうございました」
「良いデビューお~」
「ゲス~」
「よいデビューかもね~」
「良いデビューをお祈りします」
「ありがとうございます…! ああ! そうだ、みなさんでカルデラをバックに記念写真をされては? シャッター押しますよ!」
「うん、甘えるかもね」
文人は自分のカメラを係員に渡すと、用意もないのに……。
「はい! チーズ!」
パシャ!
「えー! もう撮ったでゲスかー!」
「キメ顔してないおー!」
「うふふ。持論ですが、集合写真は何のことない瞬間が一番個性が出ていて、いいんですよ!」
互いに顔を見合わせると、文人のカメラを全員で覗き込む。そこに写るのは集合写真として落第点だが、皆らしさで言うと満点の写真。皆が次第に眉をあげて、うん、悪くない、という顔をした。
「これはこれでいいでゲスな…」
「かしこまった集合写真はいつでも撮れるしね」
「私達らしさが出ていて、いいですね」
案内人としては個性的な女子生徒に別れを告げると、一行は建物を後にした。
「外が寒いの忘れてたおおおお!!!」
・・・・・・
宿へと帰ってきた一行。時刻は17時をまわっていた。
旅館の夕食まで少し時間もあるため、各々は浴衣に着替えたり部屋の中を探検して回ったり、館内図を眺めて夕食後にどこへ行こうか、などと旅行気分に花を咲かせた。
「ぜったいに卓球でゲス! その次が射的でゲス!!」
「うんにゃ! 射的が先だお! スナイパー魂を研ぎ澄ませた後にこそキレのある卓球が出来るんだお!」
「やることが共通してるのに何で喧嘩になるのさ!」
「ハイブリッドするかもね。ピンポン玉を…射的で撃ち落とす…かもね」
「なんの競技なのでしょうか、それ…」
ふすまが、ススス、と開いた。
「失礼いたします。お食事をお持ち致しました」
「はあい、だおー!」
「ご飯でゲスー!」
次々と運び込まれる料理。鍋物に、山の幸、地方特産の漬物と、新鮮そうなお刺身の盛り合わせ。
「これはおいしそうだ!」
「山の幸、海の幸、そのそれぞれが穫れてから間もないものです。一般に旬でないものも、百徒神の農耕技術で新鮮にお召し上がり頂けます。ごゆっくりどうぞ」
「「「「「いただきま~す!」」」」」
「ん~~~! お刺身もプリップリでゲス!」
「ご飯の炊き方で宿が決まるかもね!」
「はふ! いいにおい! あっつ! 舌噛んだお! おいしい~!」
「忙しいやつでゲスねぇ…」
「忙しいといえば、クラフさん、原稿は順調ですか?」
「……………………」
その場が凍りつく。
「ほ、ほ、ほらクラフ、あげるよこのプリン!」
「……それ茶碗蒸しでゲス…」
「ほらこれあげるお! ええっと、」
「魚の骨が……どうかしたでゲスか」
「あの、私なにか……まずいことでも」
「そういえば、ほら、なんかこうして皆でご飯って、初めてなんじゃない!?」
「か、かもね。あ、集まるのも久しぶりかもね」
「み、皆の中心といえばやっぱりアイドルの話題だお!」
「そうさ、アイドルチャンネルでも見ようよ!」
ピッ
『学園アイドルにして売れっ子作家のマリモさん。冬のモモコミに向けて原稿を執筆中です』
「「「「………」」」」
『ええ~? 寮室の中を撮られるのは恥ずかしいですよ~』
『Q)売れっ子作家になるまでに努力したことは?』
『努力はしてないですよ~! 絵もかけちゃうアイドルっていうのが、なんかウケたみたいで~』
ピッ
「さ、魚おいしいな~~!!」
「いいでゲスよ皆……気を使わないでも」
クラフはついに、箸を置いてため息を付いてしまった。
「ごめんなさい、クラフさん。私……」
「ああ、いいんでゲスよ本当に。地雷を踏まれたなんて思ってないでゲス。向き合わないと」
そのとき、文絵が思いきった面持ちで切り出した。
「………聞いてよければ…全ボツって……どうしたんだい?」
「フ、フミフミ…!」
楽しい旅行だが、話をする機会でもある。このまま腫れ物を扱うようにするよりは、聞かせてほしい、皆で共有したいと文絵は思ったのだ。
「まあま、そのとおりでゲスよ。今までひと月かかってやってきたものがボツになった。それだけでゲス」
「…でもクラフさんって、技術は確かですよね? なんでそんなことに?」
「さあ。方針転換とだけ告げられて、続けるか続けないか、返事を待ってもらっているでゲスが…」
「事実上の三行半…かもね」
「クラフの技術を認めないなんて見る目がないお! とっちめてやるぅ!」
「いいや。サークル側は間違ってないでゲス…俺の仕上げたものは……あの作品にあっていないでゲス」
「噛み合わせ……か」
「そんな、クラフさんを誘っておいて今更…」
「そうしてモノづくりを通して、脱皮していくんでゲスよ。仲良しなだけじゃなくて、作りたいものを仕上げてくれる人と組むべきだって……」
「マンガで言えば、どれだけ完成している少女漫画でも少年誌には載らないのと同じか」
「そうかもしれません…。まとめ上げる人にとっては完成形の青写真がありますから。上がってきたものが違うなら、判断を下さないといけません……でもそれは決してクラフさんが…」
「そう、クラフの仕上げたものが悪いわけじゃない、かもね」
「そのとおりさ。ただお見合いが破談しただけ。誰も悪くないさ」
「まあ。気軽にやっていくでゲスよ」
「そういう気概でいるなら、よかったよ」
「頑張ってください、クラフさん」
「うむ。頑張るでゲス!」
「うわ! プリンだと思って口に入れたら茶碗蒸しだったお!!」
「お前はまったく話を聞かないんでゲスなぁ…」
あははははははははははは!!
「そうだ、卓球や射的もいいけど…もうすぐじゃない? 温泉アイドルのステージ!」
「温泉アイドルなりかぁ。やはりステージ上でバスタオル一枚。そして湯船に…」
「アイドルがお風呂に入っているだけで……温泉アイドルというのはどうでしょうか…」
「ずっと歌ってたらのぼせそう、かもね」
「それ。いいお。すごく…………いいお」
文人は立膝をついて部屋の備え付け電話にすり寄るとフロントにコールした。
「広場でやる温泉アイドルライブ、何時からか分かりますか、かもね」
「はい……はい、ありがとうございますかもね」
「どうだって?」
「温泉アイドルライブ、19時半かららしい、かもね」
「よおし! ご飯食べて皆でいくお! そしたら射的」
「卓球でゲス!!」