混浴いくかお!
「それからの練習は熾烈を極めた。重たいものを安全に運ぶために体を鍛えた鉄道局のバイトとも比べ物にならない。身体を制御して美しく魅せるためのトレーニングが続く。合流した文人も、最初から完成度を誇っていたリアムも、等しくスタートラインに立ち、ともに駆け抜ける。あの冬の入口から始まったオイラ達の攻防は、女性アイドル以上に女性であることを求められるイバラの道と言っていい。ときには男とバレないように奔走し、女性らしくいるためにあらゆる化粧品も試し、女の子として休日に出かけてみたりもした。
努力は積算。報われるものだ。ある地区大会での優勝をきっかけに、決勝である文化祭へ向けて学園統一戦に打って出る。
そして今、百徒神アイドルならば誰もが夢見る、カルデラステージに、決勝の場に。私は立っている……。っ て 言 っ た ら そ の そ の 通 り に 進 ん で く れ な い か な ー」
「小説のあらすじみたいに進んだら苦労ないかもね」
「だってー。めんどくさいおーー」
「まあまあ。あれからいくらかの努力をしているのは事実ですから積み重ねていきましょう」
いつもの部室で、だらりと過ごすのは地獄A`sのメンバー。
ココこと画咲。ミントこと文人。メープルことリアム。
「画咲のやる気に浮き沈みがあるのも、もはやキャラクターかもね」
「リアムのお茶くみも板についてきたお。今度はメープル版での給仕をキボン!」
「そうですねぇ。考えておきますね」
季節はすっかり冬になっていた。画咲が一人で始めたアイドル物語は秋に端を発する。バックヤードの冒険や減量物語にはひと月を費やし秋が深まった。思わぬチーム地獄A`s結成からは、目の回る毎日。
マダムの元で練習を重ね、バックヤードでライブに出て、学校の勉強もちょっぴりこなし、そして12月の上旬の今、入学から共に過ごした仲間たちにも変化が訪れていた。
「クラフは冬のモモコミ準備なりかぁ」
「モモコミ。うちの学園の、同人誌即売会?でしたっけ」
「どっかのサークルから声がかかって、大忙しかもね」
「文絵さんは……」
「フミフミかぁ。見ないなりね」
「あれ以来…地獄A`s結成あたりから、付き合いが悪くなったかもね」
「フミフミは、オイラがアイドルをやるって言ったときも、これから3人でってなったときも、なにか難色だったお…」
「そう。僕もときどき見たり聞いたりしたかもね。まるで“そっちに行くな”という感じ、かもね」
「なにかアイドルに嫌な思い出でもあるのでしょうか…」
「えー? オイラたち、もともとアイドル好きのメンツだお?」
「だからこそ、身内からアイドルが出るのは違う…という気持ちがあるとか?」
「文絵も、ああ見えて自分の道には迷っていた、かもね。努力を始めた仲間の前では過ごしづらいのかもね」
「ん-ー。フミフミもアイドルやればいいのだー。最初は皆でやろうって誘ってたんだおー」
「なかなか踏み込めませんよ……ただでさえ男所帯5人のうち3人が女の子になりたいですって、手を挙げてる現状でもすごいと思います……」
「といっても早速、天井に頭をぶつけた感があるおー。どうすっか。これー」
実際、結成から文人の女性化訓練も順調、大手アイドルのコピー楽曲でレパートリーを増やして、これも順調。三日に一回のペースでライブに出るようになり、3人で歌うことで画咲も音程が取りやすく、ベアーズの常連に顔を覚えられる程度にはなっている。
ただし、ファンは付きがいいとは言えず不調。たまにおひねりAPも入るが、まだまだ『可愛い子たちが出てきたね』と言われる並の新人程度である。
「あああん。何が悪いんだおー」
「当然の天井かもしれません…実は男の子、というアドバンテージを隠していますから…」
「普通の女の子と同じスタートラインから、普通のアイドルと同じ路線をたどっているかもね……他のアイドルと同じ天井にアタマをぶつけるのは当然かもね……」
「私達、バランスは取れてると思うんです……文人さんのミントも正統和装な日本人形風で、私は清純派、姫子さんの元気っ子もウケがいいです」
「アイドルグループと言えば十人十色がまとまってチームになるのが美しいと思うのですが…」
「そのバランスが取れすぎていることに問題があるのかもね…努力の結果、他と変わらないのかもね」
「天井にぶつかるの早すぎ問題~~」
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『いいかお前ら。アイドルってのは誰かについて行くんじゃダメだ。“お前” を売るんだ “お前” を!! インストラクターはあたしがやるが、まずは自分たちをプロデュースしてみな!!』
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「なんなんだお、アイドル指南はあたし!とか言ってたくせして、いきなり手放しだお」
「かもね。ライオンは自分の子供をガケから落として這い上がってきた子供を育てる、というやつかもね」
「それライオンの話しである。…あれゴリラだし」
「オリジナルって難しいですね…うーん。プロモーション? 歌? 衣装? うーん。分かりません…」
「ああ、そうだお。九十九スタジオに頼んでおいたオリジナル楽曲の作詞! メール来てるかも知れないお」
画咲がパソコンを立ち上げると、目当てのメールがまさに到着したところであった。
「来てるお! 来てるお!」
「九十九スタジオって有名なんでしたっけ」
「バックヤードの新人からオモテの大手アイドルまで利用する音楽プロダクションだお」
「かもね。こういうスタジオが結構あって専属の作詞作曲家の生徒が依頼に合わせて作ってくれるかもね。まあ、自分たちで作れれば、なお良かったかもね……」
「そういうことなら仕方ないですよ文人さん。餅は餅屋に任せましょう」
「大手と同じ水準の歌が、オリジナルで買えるんだから利用しない手はないお!」
「楽しみですね、地獄A`s初のオリジナル曲です!」
「ふむ。九十九スタジオのコーディネーターは優秀かもね。1万APの成果、拝見かもね!」
・・・・・・
「「「んーーーーー……」」」
「きれいな詩、では、ありますね」
「なんなりかねぇ……なんかこう、オイラたちじゃなくても…みたいな?」
「うん、味付けが整いすぎかも…ね」
「ですね…万人受けはいいのですが……」
「オイラたちが歌っているイメージがないお」
「まさにそれです……」
「曲に僕たちが寄せていくスタイルは、どうかもね?」
「曲ありきってオイラたちのキャラクターに限界きそうだお」
「注文は確か、青春が弾けるような詩、でしたよね」
「そう。たしかに注文通りだお、青春は弾けてるけど、オイラたちの歌かなー?」
「ふむ………このミスマッチの感覚、大事かもね」
「と、いいますと?」
「やっぱり僕たちの気づいていないオリジナルがある、ということかもね」
「ああん! そんなのどうやって探すんだおーー!」
「とにかくかもね、この詩は良すぎてお蔵入りかもね」
「作詞にGOを出せば作曲してくれるらしいだお。でもここでやめれば、5000AP返ってくる。それぞれの意思確認キボン」
「私は…地獄A`sの曲では無いと思います…」
「僕もかもね。まず僕たちがまとまって、正しい指示を出せるようにならないと。九十九スタジオだって曲が作りにくいかもね…」
「振り出しに戻りンコ!」
「戦略を変えては? いっそ眼中になかったオモテに打って出るのはどうですか?」
「実力以上に政治がモノを言うかもね」
「しかしだお? 株式アイドルって仕組みが分かってるから、どっかの金持ち生徒を色仕掛けで捕まえて上り詰めればいいであるか!!」
「なにしろホロウナンバーなども揃えませんと、オモテでもウラでも活動できませんよ」
「ホロウナンバーもなかなか出ないってマダムが言ってたかもね」
「私たちのオリジナルも謎ですし……。環境でも変えてゆっくり考えたりしたほうが良いのでしょうか…」
画咲は机に突っ伏して落書きした紙を紙飛行機に。文人は小説の表紙を見つめる。リアムは紅茶の茶葉が入った瓶を眺め、全員がため息を付いた。その時。
バタン!!!
部室の扉が勢いよく開いた。
「わビックしたもう!!!」
「なにかもね」
「わたし姫子さんの声で驚きました」
血相を欠いて部屋に入ってきたのは、文絵であった。
「当たった!! なんか、はあ、はあ、当たった!!」
「フミフミ、久しぶりお」
「当たったんだ! あ、久しぶり!」
「久しぶりかもね!」
「文人くん久しぶり!」
「お久しぶりです! な、何が当たったんですか?」
「リアム、お久し、そうそうそう! 温泉の宿泊チケットが当たったんだよ!!」