何かに火がついたお!
「リアム、どういうことだい!? マダムたちとグルって!」
「ただし、組んだのは昨日です」
「き、昨日?……でゲスか?」
「はい……。姫子さんの出演予約を入れるついでに、そもそもひと月では無理な値段を抗議しようと、この方達の店を訪ねたんです。残すは7,000APまでになって十分な成果のはずですが、この学園では一日の単純労働では稼げない数字です。だから交渉しました」
「な、なにをだい?」
「すっげぇ真剣な目でさ。“ライブを見に来てください”ってな」
「内容はこうです。ライブを見て。あなたが改めて姫子さんを気に入った、応援してあげてもいいって思ったら。姫子さんの手元に7,000AP入るようポイントを入れてくださいって……それが服を売った責任ですと…お願いしました」
「そ、そんなお情けで入れてもらったAPだったのかお!!」
「勘違いするな太っちょ。お情けで7,000も払うかボケ。その女装マニアの闘争心といったら凄かったさ。情けで入れてやってくれ、なんてもんじゃねぇ。『入れてみろ』って眼だった」
「まさか敵に塩を送るならぬ、敵に塩を頼むとは…かもね」
「まあ、実際すごかったよ。あの太っちょだとは言われても気づかねぇ。嘘はねぇよ」
「そういうことなら、えっへんだお」
「だが素養ありと判断しただけだ。昨日のお前がアイドルだったとは思ってねぇ」
「ぶひいい! 失敬な!!」
「あたしは交渉に準じただけだぜ? 条件は“応援してやってもいいって思ったら”だからな。アイドルとして素晴らしかったらとは言われなかった。その女装マニア、とんだネゴ屋だぜ」
「オイラ、アイドルとしても、す、すばらしいもんねえ! 愛されてるモーン!」
「へえ。じゃあ、あたしの他におひねりAP入ったのか?」
「は、入ったお? すげぇたくさん、入ったお?」
「かっちゃん…さっきマダムに残高見せたの忘れてるだろ……」
「まあ、強調するがアイドルではなかったな」
「な、なんだお!」
「周りの仲間もそう思ってるんじゃねぇのか? 自分が純粋な客だったらおひねりAP入れたか?」
「そ、それは…」
「客観的にでゲスか……うーん…」
「いれない、かもね…」
「ぎゃぴいい! 裏切者ども!」
「そうさ。カワイイ女の子なのに、なぜAPを入れねぇ?」
一同は押し黙ってしまった。
「それはな。昨日があくまで女性になった日であって、アイドルになった日じゃねぇってことさ。だからAPが入らねぇ」
「昨日の敗因…か…」
「ああ。昨日の敗因。お前ら研究したか?」
一同の頭上に、昨日の画咲がフラッシュバックしてゆく。
「衣装は良かったと思ったけどなぁ…」
「歌が音痴でゲス!」
「あのハウスと合ってなかった感じもするかもね」
「不思議さんとして浮いていたかもしれません」
「ほい。全部正解。新人ライブだから正確に言えば一つ一つは問題じゃねぇーんだけど。でも全部合わせるとアイドルとしては間違いだ。要はプロデュース出来てねーのよ」
「そうですね…。衣装のわりに選曲が変、不思議さんな自己紹介、コンセプトがまとまっているなら歌が音痴でも応援できますが、音痴。正統派アイドルの中に突然現れたとなると…」
「リアム、もうちょっとオブラートに包むかもね…」
「包んでもオブラート突き破るであろうそれ!」
「というか、ちょっとまってくださいよ! かっちゃんがアイドル続ける前提で話が進んでませんか!?」
「何だいまさら。うちの店に来たんだもの。あたしが気に入ったんだもの。話が進んでトーゼンさ」
「か、……かっちゃんは…どうなのさ」
「オイラ…アイドルはもう…いい…。……眺める存在で、いい………」
「あーあ。こういうときって『馬鹿!』とかいって、めざましビンタする場面で合ってっか?」
「なんならやってほしいでゲスが」
「ちょっと、クラフまで」
「応援なんてしてなかったんでゲスよ最初は。言ったとおり、痛い目を見て目が覚めて、元通りって考えてたんでゲス。でも、こうも原因がハッキリしているのにスグ辞める姿勢も気に食わないでゲス」
「ほうほう。どうだい? 他の御仁は」
「私は奇しくも、身分を隠して女性アイドルとしてやっていこうという只中に、同じ志の方とめぐりあった…この人と一緒にやっていきたいと思いました……絶 対 テ ッ ペ ン と り ま す 」
「ご、ごめんリアム……当時のかっちゃんを見てそう思えるのは、よくわからない」
「いませんもの。百徒神の戦場でこんなに異色で力強い花……」
「雑草…じゃなくて……?」
「じゃあ、雑草で…………」
「ねえお前ら友達に対して結構酷くない?………ああそしたら、そこのちっこいの。ご意見はどうだい」
「……かもね……僕は……画咲を見て、自分もアイドルをやってみたいって思ったかもね。衣装も昨日買ってきた。頑張れるなら、一緒に頑張ってほしいと思うかもね」
「そっか。皆いろいろ考えてるじゃねぇか。いい友d「ちょっと待つお!!?」
「文人さん、どういうことですか??」
「サラリと言った…で…ゲスな……」
「文人くん!?!?」
「僕も…アイドルになりたい…かもね…リアムに頼んで…僕を可愛くしてもらって…なんか、輝きたいかもね!!」
「えっとその “かもね” ってーのは? やるの? やんないの?」
「ただの口癖だお。そ、それにしても…マジかお」
「文人さん…」
「文人くん…どうしちゃったのさ…」
「ぼくも、何かしなくちゃって…画咲と同じ気持ち……物書き市場は大渋滞かもね…アイドルを舐めてるわけじゃない…でも…仲間となら行けるっていう画咲の説得が……ずっと木霊して、こびり付いて、なかなか落ちなくて……かもね」
「大丈夫? 最後の方、油汚れみたいな扱いになってたけどよ」
「PTSDっぽいでゲスけど」
「そうさな。なんなら3人でユニット組んでやってみっか。こりゃあ面白くなってきたじゃねぇか」
「私も! うれしいわ!」
「お前は二度とプロデュースに噛むな」
「なんでぇええ!! カワイイお洋服いっぱい着せないと~~!!」
「お前のはただ着せ替えて遊んでるだけだろーが。プロデュースでもなんでもねーよ」
「あの、この流れ…やっぱ拙者がアイドルやる感じかお…?」
「だってお前、ゲスゲス野郎が言ってたじゃねぇか。敗因が分かってるのに辞めるのか?って。仲間をその気にさせておいて本格始動したら“帰りたいよママー!”って、お前は劇場版のスネ夫か?」
「でも、オイラなんて…アイドルに…」
「んじゃあ、ひとつ聞くが。昨日のお前に会場からヤジは飛んだか?」
「ううむ……飛ばなかったお」
「じゃあ初回のライブは」
「笑いものだったお…」
「それは進化だ。劇的な進化だ。ダーウィンの進化論の図で言えば。お前は猿からいきなり二足歩行になった。あとは文明人としてのスタートを切るだけさ」
「言われてみればそうでゲスが…」
「ただやめるってーならスパッと辞めちまえ。そのAP使ってオタクグッズに溺れるのも悪くねぇだろ。でもそれはお前が全力になれる逃亡先なのかよく考えた方がいいわな」
「昨日のオイラから、本当にその先へも進化ができるのかお……誰にも見向きもされなかったオイラが…」
「エゴサーチ……ってやったかお前」
「エゴサーチ…かお?」
「自分の評判をネットで検索すること…かもね」
「おうよ。試しに見てみな」
文人が軽やかにキーボードを打つ。
「速いなぁお前。それちゃんと画面を読めてんのか??」
「3件だけど、モモッターでヒットしたかもね…おそらく画咲のこと…」
「「「えええ?!」」」
『#ベアーズ #新人戦 代り映えしない新人のなかに不思議ちゃんが混ざってた。最近ああいうの居ないから新鮮だったわ』
『ココとかいう新人可愛かったけど、推しへの貢ぎAP確保のため断念!#新米アイドルかわら版』
『ひっさびさに刺さるのいたわ! AP入れなかったけどココちゃんまた来ないかな@ベアーズ』
「1件の反響のウラには、10件の潜在客。理由があってAPを入れなかった客は10倍いると考えろ。ウォッチを決めたやつは三人。こいつら大事にしな」
「これって…」
「画咲のことを、悪くないって…言ってる……すごいでゲス!」
「そ、そうだ! かっちゃん、そういえばなんで “ココ” って名前だったの?」
「ああそれは、楽屋で『姫子さーん! 姫子さーん!』ってスタッフに呼ばれたときに『ここだおー!』って言ったら、ココになったである」
「「「「「「なんだそれ」」」」」」」
「おおかた出演名の確認をしている時にかっちゃんがテキトーな返事をしたものがそのまま……」
「でもでゲス。少しでも “ココ” という名前が露出した今、名前を変えるのは勿体ないでゲス!」
「おーけ。お前は今から、いいや、昨日からココだ」
「ココといえばフレーバーにありますね」
「フレーバーか! さすがだな女装マニア! その線でいくか」
「うーーーん。……文人さんはクールですから。スッキリ爽快のミントでどうでしょう」
「リアムは………甘くてビターなお姉さんの感じ……メープルがいいかもね」
「気に入りました! 元気なリーダーのココに、控え目ミント、ビターなメープル…これ! やれます! やれますよ姫子さん…!」
「画咲…。やろう。自分の使命から、本気で逃げようかもね」
「姫子さん、行きましょう。高いところへ!!」
あらゆる視線が画咲に集まった。悶えながらも酸っぱいものをやっと飲み込んだという顔で画咲は叫んだ。
「ああんもう! やけくそだお!!!」
「おっしゃ!! 練習は厳しいぞ!? 女装マニアが女性化指南、あたしがアイドル指南だ」
「ユニット名は何にするなりか?」
「そんな男だらけのそんな地獄絵図で! うまくいくはずないよ!」
「それいいお! 地獄絵図! ジゴクエーズ? ユニット名は、地獄A`sだお!」
「どこを拾ってるんだキミは!」
「マトモくんは随分と反対するじゃねーか」
「当たり前です…アイドルがそんなに簡単なわけが…」
「そこをやってみようってーのさ。賭けには二種類ある。おもしれーのと、おもしろくねーのだ」
「この賭け、大博打かもね」
「大変な事になってきたでゲスー!」
「やってみましょう。3人で」
「どうなっても、知らないからね…」