上手い話にはオモテもあるお!
次の日。学校が終わったいつもの部室。
「いやあ、昨日は飲んだお~」
「お酒みたいに言うなでゲス!」
「そうだよ、コーラでしょ」
「酔えればそれは、みな酒である、かもね」
一同は。いまだに昨日の余韻に浸っていた。
頑張ったのは画咲だが、全員でプロデュースをした連帯感に満足があったからだ。
「みんな、本当にありがとうお。バックヤード探索の話がなければ今日という日は迎えられなかったであろう。しみじみ……しじみ」
「礼はいいさ。ほら、バックヤードに行ってドーンと叩きつけてきてやりなよその暴力女にさ!」
「おう。暴力女で悪かったな」
「「「「………わああああああああああああ!!!!」」」」
「うるっせぇなあ。わざわざ来てやったってのに」
「ノックくらいするでゲスぅ!」
そこには部室のドアを静かに開けて半身をのぞかせた暴力女がいた。
「ノックしたらお前ら開けたか?」
「あけないでゲス」「絶対に開けないお」
「ふざけんな!!!」
「「ひいいいい!」」
「あ、暴力氏。こいつらずっとあなたの悪口を言ってたんだお。でもお金払いますからオイラだけは助けてください」
「何が暴力氏だ、マダムって呼びな! さり気なくディスったうえに仲間売ってんじゃねぇ!」
「え? マダム? だお?」
「クラフ、かっちゃん……その。この人が…マダム?」
「ゲス? マダムは…こう…もっと野生的でゲして、ゴリッとしたゴリラでゲスが…」
「あーあ。そこからだったな。まあいい。説明してやるから……入っていいか?」
「ど、どぞー。」
「そんじゃ邪魔するぜー。左近寺~、入っていいってよ~」
マダムが部屋に入ると、続いて、ずしんずしんと大男がドアをくぐって入ってきた。
「椅子は余計にないので…これ、どぞ。」
文絵と画咲が立ち上がると、パイプ椅子を明け渡した。
「おう。悪ぃな」
どかっと座ると足を組む女に、ちょこんと座る大男。
「ごめんなさいね皆さん……。それにしてもポッチャリちゃんはまだ来てないのかしら」
「………何言ってんだお前は…そいつがこないだのポッチャリだよボケ」
左近寺は画咲の容姿があまりに変わったため気づかずにいた。
刹那。大男・左近寺の目は、夏の夕立の、その後のように急激に晴れ渡っていった。
「ポ………ぽっちゃりちゃああああああああああんんんん!!!!」
「退避、退避ぃい!! いやあああああああああああああ!!!!」
逃げ惑う画咲を、左近寺は力いっぱいに抱きしめた。
「食物連鎖を生で見た気分でゲス」
「こんなになっちゃってもう! ご飯食べなきゃダメでしょおおおお!!!!」
「ご飯にされるぅうう!! 誰か保健所よんでお! ゴリラが暴れてますって!!」
「もう!! 連れないわねぇ! どうしちゃったのこんなに痩せて」
「仕事で痩せたんでゲス! 借金の返済のために、いろいろと大変だったんでゲス!」
「はあ、はあ…息ができる悦び……苦しかったお……」
「というか何でここまで来たんでゲス! 届けに行くのが筋でゲス! そちらへ行こうとしていたのに!」
「おう。踏み倒されちゃかなわねーからな。取り立てにきたってわけよ。ここ禁煙?」
「禁煙も何もここはガッコーですよ? 吸わないでください!」
「ああそう。 じゃああ~~、さっそく本題だけどよ」
女の前のめりな姿勢に、空気が張り詰めた。
「お客さん。約束のお金ですがねー?」
「耳を揃えて返すお。全部揃ったお」
「はっはー! やってのけたか! じょーでき上出来!」
「あなたたち…そんなことして恥ずかしくないんですか…?」
「ああん? そんなことってのは、何を指してるんだろうねー」
「売り物へ軽はずみに手を付けた彼には目も当てられません。でも、そんな値段……払ってほしいなら告知をして納得させないと取引として成立しませんよ!!」
「っせーなあ! こっちだって商売なんだよ!」
女は“こっちへこい”と画咲に手招きした。
「モモバン出しな」
画咲が自分のモモバンをいじろうとしたその時、女は勝手に画咲のモモバンをいじり始める。
「へえ。ホントだ。ちゃんと入ってらあ。頑張ったじゃねーの」
大型犬を褒めるブリーダーかのように、女は画咲のアタマをワシャワシャと撫で回した。
「か、顔が近いお、暴力氏…」
女は、その態度が粗暴だが美人である。顔を近づけられた画咲は少したじろいでしまった。
「なあに赤くなってんだよ」
「お、お赤飯を大量摂取したので顔が赤くなったのでゴザル! 放っておけい、女ぁ!」
「痩せたらちょっとは可愛い顔になったじゃねぇのさ。悪くねぇ」
「さらに顔ちか! タバコくっさ!!」
「そんじゃ。お約束の送金タ~イム!」
女は自分のモモバンと画咲のモモバンをくっつけた。
ピピピ ピーピーピー!
「はいよ! 衣装の代金は、たしかにいただきましたっと」
「もう終わりましたよね…お引取りください」
文絵は間髪入れずに女へ退室を促すが、女もまた間髪を入れなかった。
「そうはいかねえって」
空気が張り詰める。
やはり来たか、文絵と文人は身構え、クラフは目を伏せた。
こうした手合いは金がとれる相手と踏むと次々に要求を出してくる。クラフは心配し過ぎだと主張したが、文絵と文人は根っからのスクラムが引き下がる訳はないと内心で警戒していた。
「……まだなにか?」
「物分かりが良いお客さんと、残りの分についてお話したくてね」
「残りの分? いい加減にしてください! 乗り込んできて威圧感を出してるつもりでしょうけれど、まだたかろうっていう魂胆には乗りませんよ!」
クラフは大男にすがりつく。
「お願いでゲス、マダム! なんとかしてほしいでゲス!」
「デゲスちゃん……お願い、彼女の聞いて?」
「さすがに、ひどいかもね!」
文人もまくしたて、文絵はさらにまくしたて、クラフは左近寺に懇願する。だが女は眉一つ動かさない。
「へえ。ポッチャリお前、いい友達持ってるねぇ」
「そこを動かないで。保安局に通報しますから!」
「………フミフミ………ちょっと待ってほしいお」
「この人達と交渉は無用だよ、かっちゃん」
「いや、いや、ほんとに。………暴力氏……これはいったい…」
画咲はモモバンをいじりながら怪訝そうな顔をしている。
「だから、衣装の代金は頂いたっつったろ」
「……オイラの残高が25万AP……」
「え?」「げす?」「かもね?」
「支払履歴が7,000APだお…?」
「お前ら、値札を見るってカルチャーは無いのかあ?? 衣装は最初から7,000APだよ、ヴァーーカ」
「ど、どういうことです?」
「おい、“元”太っちょ。うちの看板覚えてるか?」
「ゴリラ動物園 ~暴力の目覚め~ かお?」
「ちげーよ!! アイドル変身の館 ~マダムよしえがお手伝い~ だよボケが!」
「それがどうしたんだプリ! それが!どうしたんだプリ!」
「なんで二回言うんだよw! えっとな。うちは衣装を買った客の希望に応じてコンサルチングも引き受けてんの!」
「チwwって、ウケるおw」
「何笑ってんだゴラ!」
「すません」
「売っておしまいじゃねーのよ! そこからお手伝いすんの! ……もちろん気に入った客だけだがな」
「でもだお! 何をお手伝いするって言うんだお! 暴力氏じゃなくてマダムの口から直接聞きたいなり!」
視線が大男・左近寺に集中する。
「それがね、ぽっちゃりちゃん………私は実はマダムじゃないの」
「あのな。マダムは、あ・た・し!」
「え?」「ゲス?」「かも?」
「冗談は左近寺さんだけにしたほうがいいお」
「いやホントだからな!……この左近寺が勝手に自分をマダムだとかいって、来た客に施しをしちまうんだよ! あたしだってそんなことされなきゃ別にキレキャラじゃないんだからな!」
「えええええ!!! マダムよしえって暴力氏なのかお!! なんかちがうー! チェンジ・チェンジー!」
「なんだチェンジって!! 店違うだろ! そしてショックだ!」
「ごめんなさい……みんな。騙したつもりはなかったの。何を思ったのか…由恵が法外なAPを突きつけたから、あのときはパニックになったけれど……」
「ちょ、ちょっと待ってください、衣装はハナから7,000APだったんですか?」
「だからそうだって言ってるだろー?」
「じゃあ残りの請求25万APは??」
「その話をこれからしようってーのさ」
「変な利息や上乗せの要求がないと言うなら……聞きます」
「疑り深いねぇ。気に入った。気分がいいぜ。やっぱタバコ吸ってもいい?」
「ダメでゲス!!」
「あそう…まあいいや」
女あらためマダムは、大きくため息をつくと話し始めた。
「いつも一時の気の迷いで学校生活から逃げてくる客しか居なくてな、本気の奴がいねぇ。あくびの出る毎日だったわけよ」
「ほとんどポーカーやりに行ってるのよ☆」
「よけーなこと言うな! でもこの “元” 太っちょのバケモンみたいな格好を見て、ああこれだ!って。悪くねぇって思ったのさ」
「何がでゲス?」
「こいつを学園の女トップアイドルにできたら、おもしれぇってな」
「もちろん、面白半分というわけではないのよ。あなた達に借金を背負わせた後、あたしたちも十分検討したの。これは磨いて光ったら、商売冥利に尽きるって…私達にも新たな夢が出来たの」
「25万APの使いみちは、あたしのとっさの思いつきさね」
「どういうことかお! 最初から7,000APで良ければスグに終わったである!!」
「お前、本気で自分の使命から逃げるって宣言したんだろ!? しかも女性トップアイドルになるって」
「そ、そういう時期もありましたで候……」
「おいおい! 楽しませてくれよー!? リタイヤする気か?」
「現実的に考えて不可能でゲス!」
「何でそ~思うんだ? 現実的に考えるってのは“どうやったら実現できるか”少ない可能性を増幅させる作業だと思うけどなぁ」
「そうですよ。男が女性アイドルに、ってことは色々しがらみもありますし」
「かもね、そんなのすぐに関係者からバレるかもね。この学園は身分管理を……モモバ………あ。」
「………まさか!」
「おうよ。ホロウナンバーって知ってるだろ?」
「ホロウナンバーで身分を隠して、アイドルを目指すってことでゲスか!?」
「あたしらはスクラムだ。ホロウナンバーの買い付け先はいくらでもある。安けりゃ1万から。まあ数万APは要る。残りはアイ認登録料と、当面の活動資金ってな。で、25万要るわけ」
「ひと月で大金の調達には無理があったでゲス! ブタが…こんなにも痩せて…」
「太り続けるほうが不健康だろ? なによりアイドルへ動き出すならあの身体じゃイケねぇし、手っ取り早く痩せて、金も入る」
「でもギリギリな資金調達プランでゲしたよ!」
「足らねぇ分はどっかから引っ張る営業テクもつけろってことだ。ダラダラしねぇでひと月で済ます経験がこいつをここまでにしたんだぜ?」
「ゲスぅ! せめてもう少し時間をかけたって……来年からでも良かったはずデゲス!」
「そうですよ! 急に痩せることだって不健康じゃないですか!」
「だからダメなんだよお前らは。来年に花を咲かせてぇから、来年になったら種を植えます……じゃあ、おせーんだよ!」
「でも………でも……オイラもう…アイドルは……」
「まあ、そこまで嫌だって言う奴にはあたしもガタガタ言わねーけどさ。……強力なスポンサーが一回説得したいって言ってるから、答えはその後でもいいんじゃねーの?」
女が目配せをすると左近寺は立ち上がり、部室のドアを開け、廊下に声をかけたようだった。すると女性版リアムがゆっくりと部屋に入ってきた。
「リアム、どうしたんだい?」
「リアム!! まさかグルだったでゲスか!?」
「ええ……この方達とはグルです」
「「「っえーーー!!!」」」