やるべきことから逃げるんだお!
「なんでフミフミは黙ってお茶を入れ始めるんだお! かもねも順調に小説を読み進めないでお! 聞いておおおおおおお!!!」
「うるっさぁああああいい!!!」
画咲が叫ぶと部室のドアが勢いよく開き、画咲の座っているパイプ椅子にあたった。
「ああん!!」
軽やかでいて力強い足取りの小柄な男子、どうやらコンビニにお菓子を買いに行っていたであろう彼は佐藤蔵夫という。
「なんなんでゲスか、もう! このフロアの奥までブタの鳴き声が聞こえたでゲスよ!」
「あいたたた、お、お帰りだお…クラフ……」
「恥ずかしいったらないでゲス!」
「どっちも静かにしてほしい、かもね…」
「ねえ、クラフー。かっちゃんが何かやりたいんだってさー」
「画咲のやりたいことー? どーせいつもの “やるやる詐欺” でゲス!」
「あはは! かっちゃん見抜かれてるよ!」
「今回は本気なんだおーー!!」
「流しそうめん部を作ろう!って言ってたときも本気って言ってたよね」
「シャラップだお!」
「その前は『インクがあるのに使えなくなったボールペン再生プロジェクト』だったかもね」
「セカンド・シャラップ!」
「更に同時期に言ってたのは捨てられた割り箸で等身大の金閣寺を「シャラップ・オン・シャラップ!!」
「こっちは原稿で手一杯なんでゲス。余☆計なことは、後回しでゲスぅ~~!」
クラフは、はしごにも近い傾斜の階段を登ってロフトへと消えた。
嵐のように過ぎ去った彼を見届けると、ついでに部屋を見渡した文絵がつぶやく。
「しかしこの部屋も、なんか暗いし狭いし。なんとかならないかってのは分かるけどね」
「僕は、このくらいのほうが、落ち着いてて、いいかもね…」
彼らが居るのはこの学校で5~6名規模のサークルにあてがわれる標準的な部屋。構造はシンプルである。
ドアを入ると低めの天井、天井が低いのはクラフが昇っていった一人分のロフトがあるためである。そこを抜けて部屋に入ると六畳一間。左手には小さな本棚と、その上に乗る小さなテレビ。右手にはこれまた小さなPCデスク。部屋の中央には折りたたみ式の机が置かれ、それを囲うように人数分のパイプ椅子がある。部屋の全周は汚いコンクリートの壁で窓はないためアニメやゲームのポスターだらけ。
物置を休憩所にした感じと言えばそれまでの空間で、天井と壁には何に使うのか、メンテナンス用のハッチがひとつづつ。
「まあでも、秘密基地っぽくて好きだお! この部屋!……じゃねぇんだよ!!」
「お? かっちゃん、キャラを忘れてるぞw」
「今回の計画はけっこう本気で言ってるんだおおお!!」
ここまで誤魔化してきたがもう限界とばかりにため息をつくと、文絵は観念した。
「わーかーり-まーしーたー。俺たちで…アイドルって。それはどういうことなんだい?」
「よく聞いてくれたお! てか、そのままなんだよなあ…」
「じゃあ、このやりたいこともバラバラなオタク集団でジョニーズのアイドルみたいに、歌って踊るのかい?」
「いやジョニーズっていうか…」
「大体ね、かっちゃん、もう付き合って半年経つから言うけど」
「ごくり」
「俺たちって…かっこいい? ねえ。かっこいい?」
画策は苦虫を噛んだような顔をして、しかし着実に目を開け、言い放つ。
「確かに今は……動けるデブメガネ『おれね』、ラノベ主人公『おいこら』、根暗かもね『余計なお世話かもね』、ちび『うっさいでゲス!』……という四人構成の仲良しクラブだけど……そういうことじゃないんだお!」
「じゃあ何さ」
「あれだお。……オイラたちで……あれを目指すんだお…!!」
画咲はゆっくりと、幻想をまとったように腕を上げ、風になびいたシルクのように、それもボンレスハムのような腕で、壁に貼られたポスターを指差した。
「ま、まさか…かもね……」
「これはたまげた。かっちゃん軍隊に入るの?」
「え゛?」
「あの戦車の上でゴリマッチョ共が満面の笑みでいるポスターに、デンジャラスで甘美な香りを感じていたんだね?」
「チガ・チガァーウ! その右だお!」
画咲が強調して指差した先には、一枚の絵が貼られていた。
それは誰あろう画咲が描いた絵で、お世辞にも上手いとは言えないが、描きたいことの分かる絵。とてもイキイキと観衆に向かって手をふる女性アイドルグループの絵だった。
「そうかぁ。でも僕は軍隊には入らないよ」
「僕も…入らない、かもね」
「聞いてた? 理解しようとした?」
「うーん、聞いてたけどさ……なに、僕らでアイドルごっこでもするってこと?」
「ぐぬぬぬぬ」
「ぐぬぬって、なにさ、ハッキリ言いなよ」
「………で……をして!………ドルを………すの!」
「なに、なになに」
「オイラたちで、女装して! トップアイドルを目指すの!!」
・・・・・・
「フミフミお茶の二杯目入れないで! かもね、もうそんなに小説読み進めたの!? 速くない!?」
「あのさー、かっちゃん」
「え、あ、はい」
二杯目のお茶を丁寧に注ぐと、急須をおいて文絵が向き直った。
「それが、かっちゃんのやりたいこと? この学校に入って、やりたかったこと?」
「うーん、思いつきだけど、いいかもって思ったんだお…」
「いつもいつも、キミの提案にはどこからツッコんでいいかわからない…」
「ぐぬぬ、今回は現実的なプランがちゃんと…」
「それぞれ自分が目指してるものがあるのに。それを皆で一丸になって女性アイドルになって? トップを目指す?」
「そ、そうだお……」
「男の、“僕たち”で、“女性アイドルに”?」
「もちろんだお!」
「はぁ~~。僕たちは友達としてはとっても面白い仲だし、君が、なんかしたい!ってのも分かるんだけど、まず自分のことをしたらどうだい?」
画咲は少しの間黙ってしまったが、ある時、目に鋭いものが宿る。
「なんで毎日学校が終わると、ココに来るんだろうって考えるんだお」
文絵はお茶をすする。文人は小説に目を落としているが、耳で画咲を見ている。
「自分に問うてみると、すぐ答えが返ってくるんだ、これが」
「うん」
「『どうせデビューできない、自分じゃ無理だ』、『努力を延期する仲間がほしい』、そう、心が言ってるんだお」
「努力…延期の仲間って……一緒にしないでよ! デビューできないって、まだ分からないだろ!?」
「オイラたちが目指す漫画家・イラストレーター・ラノベ作家って! この学校に来なきゃなれないのかお!?」
「身もふたもないよ! この学園を調べないで入学したの? 特別な環境が用意された学園都市だよ!?」
「消防は消防課の生徒が。警察機能は保安部の生徒が。出版・交通・飲食その他もろもろ夢を実現させながら学ぶのがこの学校でしょ!?」
「あとは自分の努力…かもね」
「じゃあなんで、その学校に入ってまで、ただの友達のところにくるんだお!」
「そ、それは…向いている方向が違っても、なにかを努力する仲間がほしいっていうか…」
「それで一人ひとりは努力をしているのかお? 聞く限り、していないである!」
「んんーーー」
顔を歪めて頭をポリポリとかく文絵に、画咲が迫る。
「そこに、何かがあるんだお!」
「……」
「この仲間たちと何か出来るかも、無意識に心のどこかで探してるんだ候!!」
「んーそれは、否定できないけどさ…」
文絵は自分の手の平を眺めると、握っては開きを繰り返し、表情を変えずに髪の毛をかきあげた。
「ここに集まったのは偶然じゃない、何かを一緒にやる仲間なり!!」
「だからって、それがアイドルで、しかもなんで女性アイドルってことになるのさ!」
「逃げるんだお」
「なんて?」
「この仲間たちといる間は、自分の使命から逃げて、グループでしかできない戦いをしたいんだ。お」
「それで……?」
「……で! 女性学園アイドルになるんだお!」
「前半は良い。後半が分からないんだよ……」
「でも、おもしろいかもね。自分ひとりで目指すものほど…壁が高くて絶望する。でも想像のつかないものほど、仲間となら行ける気がする、小説のいい題材かもね」
「ちょ、文人くんまで」
「そそそ、それそれ。それが言いたかったんだお。誰かメモしといて」
いつの間にか、文人は読んでいた小説のページを閉じていた。
ロフトからは音がしない。音がしないなりに、意識をこちらに向けているクラフがいる。
とても長い5秒というものがあるとして、今はそのときだった。
静寂を切り裂いたのは文絵。
そして画咲に否定的だった彼は意外にも……。
「はーあ。やるやる詐欺じゃないって言うなら、腕試しでバックヤードのライブハウスにでも行ってきたら?」
「ババババババ BA…バックヤード?」
「驚くことじゃないでしょ。学園都市の3割は開発が放棄された通称バックヤード。オモテの世界にはないアングラカルチャーはそこで試すに限るよ」
「アングラってなんだお! オイラは、正統派女性アイドルとしてオモテで……」
「オモテのアイドル? 冗談でしょ」
「オ、オモテは確かに難しいかも知れないけど……冗談じゃないもん………やってやるお!! バックヤードだろうがなんだろうが!」
「はいはい。いてらしゃい。気をつけてねー」
「僕も、発想は好きだけど乗れないかもね」
「や、やってやるお! 人気になってチヤホヤされて、おまいらが仲間にしてください~~って這いずり回ってお願いするのを見て、いやです~~って這いずり回ってやるんだお!」
「キミも這いずり回るのかよ……」
文絵はため息をつくと腕を組み直し、寂しそうな眼をした。
「……まあ。試してみればいいよ。いつものヤルヤル詐欺じゃないっていうならね」
「きょ、今日のフミフミは好戦的なり!! 楽勝キメてやるお!!」
「アイドルは……並のことじゃない。漫画でも小説でも、アイドルでも。簡単じゃあないさ…」
「やってやるう! うおおおおおおおおおおおお!!!」
「うるっさぁああああああいい!!!」
「あ、ごめ」