2度目の初ライブだお!
翌日。同じ公園区でのこと。
「あれが昨日の美少女でゲスか…」
「流石に化粧を外すと普通の男子だよな……」
「自動ドアに無視される 僕 そんな 存在感 犬が通るとドアが 開く~!!!」
ステレオを原っぱに起き、そよ風と偽物の青空の下、不器用なダンスをする画咲。
時刻は12時30分を指していた。
集合には一度リアムも顔を見せ、練習開始を見届けるとバックヤードへとでかけていき、文人も買い物があるということで中座。あとに残ったクラフと文絵が、ぼーっと練習を見守る。ここまではそんな午前中の公園風情であった。
「しっかりやっているみたいですね姫子さん」
「リアムお帰りだお。楽しくなってずっと踊っていたなり! 筋肉痛もないお!」
「本番前の無理は禁物ですよ、今晩までに疲れて動きにキレがなくなったら終わりです」
今晩は初陣にして決戦である。アイドル変身の館で作ってしまった借金返済期限は明日。しかし返済までに残り7000APが足らない。
痩せた画咲は、とびきりにカッコいいでもカワイイでもない普通の男子になったが、顔の特徴を伸ばし、そして女性の声の出し方をマスターすることで、女性になる素質を十分に備えていた。
それを利用し、バックヤードの新人ライブに打って出て、観衆からおひねりAPをもらって借金返済……という作戦である。
「リアム、予約はとれたのかい?」
「ええ。でも今日はたくさんの強敵がいるようです」
「というと…?」
「百徒神祭が終わって少し経つこの時期は、大忙しなんだとか。ライブハウスの人は目を回してました」
「ああ、考えればそうでゲス! 百徒神祭のカルデラ杯で感化された連中が、準備を整えてアイ認を受けるなら今くらいでゲしょ。オモテもウラも、新人祭りだと思うでゲス」
「オモテも行っちゃおうかなー!? なんてお!」
「今の姫子さんなら、狙えるかも知れませんね」
「………まあ借金返済を優先に、ね」
「…………」
「では着付けとボディラインの処理をしていきましょう! それが終わったらプレリハ。自分たちでできる最後のリハーサルです!」
「ああん! だめだお! そんなとこ、うひゃw リアムくすぐったいお」
「我慢してください! ここをこうして、こうやって」
「ひゃ! あ うひょひょひょひょ!!」
公園の隅にある物置小屋の影から男二人が怪しい声が聞こえる。
「何やってんだろうね、あの影で…」
「正体を知っているからいいでゲスが、不意な散歩で遭遇したら無言で立ち去るでゲスな…」
それから30分ほど、気持ちの悪い男同士のラブボイスにも慣れ、無表情の体育座りで空を眺めていた文絵とクラフのもとに、準備の終わった二人が顔を出した。
「おおお。おおおお!!!!」
「昨日にましてすごいでゲス!!!」
そこに立っていたのは、本当に女性にしか見えない画咲であった。清涼感のあるショートカットに目をパッチリとさせるアイライン。主張しすぎない、でも男の子が欲しくなりそうな唇。オレンジとグリーンの織りなす爽やか配色なワンピースが、風になびいて揺れる。
木漏れ日の下で、はにかみながら後ろ手を組んだ “彼女” を男だと思う人は、まずいないだろう。
「準備おわったお~!」
「かっちゃん、その格好になったら声は変えような…」
「ああ、あ、ああああ。 テス…テス。そうだったお!」
「『だお』はそのままなんでゲスね…」
「私、思ったんですが、喋り方はこのままでもいいのかなって」
「ああ、それは言えてるかも知れないね。オタクっ子っぽさがウケるかも」
「たしかに普段遣いの言葉でゲスからね、最初からこういう女の人だと思うと不自然さは無いでゲスな」
「ちゃんとおっぱいも入ってるんだおー! ぽよよんぽよよん」
女性の姿として完成しているからこそ気にならなかったが、胸の膨らみもちゃんとある。衣装は腰を絞めることで緩急がつき、健康的な女性の体付きにしか見えない。
「ふうううむ。」
眉をひそめて腕組みをした文絵が画咲の周りを見て回る。
「これが姫子さんでなければ、って感じですか文絵さん」
「み、認めよう」
「だんだん素直になってきましたね」
「こ、これはまじでイケるかも知れないでゲスな!!」
「なんだおクラフ、オイラと結婚しちゃうかお? 結納しちゃうかお?」
「なに言うでゲスかブタ! 今晩のライブ、おひねりAPガッポガッポのことでゲス!」
「僕も、これなら希望があるとおもう!」
「よおし、プレリハ行ってみよう! だお!」
手放しでは喜べない、誰あろう画咲がそう感じていた。驚いたことに容姿はクリアしたといっていいが、立ち方ひとつとっても気を抜けば男のそれであるし、細かな所作も同様。そして振り付けも、まだまだステージ用には厳しいものがあり、何より音痴である。
「リハーサルをやったからといってそこで上手くなるわけではありません。あくまで本番の内容確認です。今あるカードで精一杯勝負しましょう」
・・・・・・
公園での下準備を終わらせると夕方になり、画咲は衣装の上から薄手の上着を羽織って、一行とともにバックヤードへとやってきた。
相変わらず下町的な賑やかさを持った町並みと喧騒のなかにいる。
「文人くん! こっちこっち!」
「みんな、おまたせかもね」
「買い物、ずいぶんかかってたんだね」
「大荷物だったから、寮に一度帰って置いてきたかもね」
「ふうん。何か買ったのかお?」
「え。誰。 あああ、画咲かもね!」
「まだ慣れないよねぇ。これがかっくんだなんて」
「でも人格が一緒だからスグわかるかもね」
「それは今後の課題になりそうですね」
「今後……ね………」
「レッツゴーだお!」
ほどなく一行はあるライブハウスに着いた。
「ベアーズ?」
「バックヤードのハウスとしては有名です。多くの新人をオモテに輩出していますよ。私もここでデビューしたかったんですが、枠の関係でFirstTimeに。そのおかげで姫子さんと出会えたわけですけれど」
レトロフューチャーな外観に飲料メーカーの古い看板。その中心にベアーズと書かれたネオンが灯る。
「他のハウスと違うのかもね?」
「正統派のアイドルが多い印象ですね。そういえば何が違うのでしょう」
「バックヤードのライブはお客と距離が近いでゲス。過激なパフォーマンスでお客を集める半芸人スタイルが生まれやすいんでゲスよ」
「それに比べてここはなぜか、歌や可愛さで勝負する純然アイドル路線が多くて、オモテ寄りのよう、かもね」
「オモテ、ね…」
「ここでなら、姫子さんのありのまま、アイドルとしての素養がAPに反映されるはずです」
「新人ライブ枠は……19時からか。チケット800AP。ドリンク300AP。入場規制80名。改めてみるとオモテより破格だなぁ」
「おひねりはどれくらいなものかもね」
「それもオモテよりは安いかと思います」
「ひとくちが300APくらいでゲスね、入れた口数に応じてアイドルと会えたり、物販・次回入場の割引になったり。なによりアイドルの登壇権が強くなったりするでゲスね」
「オモテのアイドルシステムと似たようなもんだなぁ」
「じゃあ俺たちは会場入りするでゲスね、ステージで会うでゲス!」
楽屋の入り口と一般入場口に別れようとしたその時、画咲がみんなを呼び止めた。
「みんな。お願いがあるお。」
「どうしたの、かっちゃん」
「おひねりAPだけど…皆は入れないでほしいんだお。変なお願いだけど」
「かっちゃん…」
「いや、『皆なら当然入れてくれるよね、でも要らないお』って言い方も変なんだお? でもでも、今日のAPって、自分の力で稼ぎたいって思うんだお」
一同は顔を見合わせた。
「わかった。応援はするけど、APは入れないようにするよ」
「ゲスゲスゲス! ハナから貴様には入れる気がないでゲス! ここは百徒神! ちょっとかわいいだけじゃあ評価されないのは覚悟しておくでゲス!」
「うふふ。かわいいって思ってたんですね」
「う。ゲスゥ…」
「画咲。精一杯。がんばるかもね」
「私も観客で入ります。化粧も済んでますし上着の下はすでに衣装です。あとは自分の心と対話して、練習を思い出してください」
「リアム。ここまでありがとう。そしてみんなありがとう。行ってくるお」
画咲は容姿が変わったとはいえ二度目ということもあり、ひとりで手続きをしに楽屋の方へ。男の歩き方になっているが、ときどき練習を思い出しているのか、たどたどしく、歩いていった。
「さあ、行こうか」
一同はそれを見送ると一般入場口へ。入り口を入ると何やら受付をしているのか少し並んだ。
並んだ先にはモモバンをくっつける端末を持った係員が居て、入場料をそこで払う。
「結構賑わってるね~。定員80名って…ここそんなに入るのかな」
「ぎゅうぎゅう詰めの話でゲしょうね」
人を掻き分ける、とまでは行かないが、会場内は盛況のようで、ライブ前にバーカウンターへ飲み物を取りに行ったり、物販コーナーに列ができていたりとごった返している。
追加のAPを払って希望すると2階席にもいけるらしく、階段の入口に係員が立っている箇所もある。
「ほんと、システムや作りはオモテと変わらないんだね。それでいてかなり安い」
「オモテは営業そのものに税金的APがかかるでゲスからね…格式やプレミア感でさらに高くなるでゲス。そういうモノが乗ってないだけ、相当安くできるんでゲスな」
「みんな。こっち。出演順が貼り出されたかもね」
スタッフが数名で大きな紙を壁に貼り出している。写真と簡単なプロフィールに、出演順が書かれ、一瞬で人だかりができた。
「「「「(画咲の)名前なくね」」」」
そこには総勢20名ほどの新人アイドルが書かれていたが、『姫子』の名前がない。
「ちょ、姫子って…名前がないけど…?」
「おかしいでゲスね、抽選漏れ…?」
「そんな! 私は確かに佐藤エンジェル姫子って予約を入れましたけれど…」
「あ、でも写真あったかもね!」
「「「「ココって誰」」」」
画咲の写真の下には名前欄にココと書かれていた。一同は動揺を隠せず、ああだこうだと推測したが楽屋で何が起こったのかは誰にも分からない。登録は済んでいるから、それでいいのではないかという結論が出た頃。ライブが始まった。