まるで別人だお!俺誰だお!
22区公園エリア。
百徒神学園には、基本的に山の外を覗ける窓がない。それは山全体が元核シェルターである当然の名残で、頂上付近の農業エリア・観光のエリアを除いては、普段の生活で外界を眺めることは出来ない。これはシェルター時代からの大きな課題であった。閉鎖的な空間は、人にストレスを与える。日光や広い空間を体感できないと、人は滅入ってしまうからだ。
年頃で血気盛んな生徒なら尚の事である。そこで、学校区、商業区、公園区では建物数階ほどの高さまでドーム型にくり抜いた空間が用意され、擬似的に外を思わせる広さと、日差しや星空の投影によって、ストレスを軽減できる工夫がされていた。
「だからって夜中の公園で練習するのかおー!!」
「仕方ありません。スタジオは借りると高いですし。部室エリアでは迷惑です。姫子さんが7000APを稼ぐチャンスは、明日の夜、バックヤードでの新人ライブにしか無いんです」
「どう考えたって、一晩じゃ無理だおー!!」
「大丈夫です。明日の夜のライブまでにカタチにできます。ほら、足上げて! 流れで動かさない! 動作はその都度止めてください! 」
「厳しそーでゲスねー」
「自分もアイドルを目指すリアムだからこそ、かもね」
「……まあ。かっちゃんも板につかなきゃいいけど…」
「なんでかもね?」
「いや、なんとなく…かな…」
「…………」
「バランスは取れています。交通局の重労働で基礎ができたんですよ。ほら足を上げて」
「うぃたたたたたたいいい!!」
「夜の原っぱって、いいかもね」
「同感でゲス」
「なんか、外って感じが久しぶりだね」
「ここは直接外気を引いてきて風を再現しているそうでゲスよ」
「どおりで空気の“外感”があるね」
「明日筋肉痛になって、動けなかったらどうするんだおー!」
「これは明日筋肉痛にならないための“ほぐし”なんです。はい、それじゃあ音楽に合わせて。右、左右、右、左左!」
「ぎゃあああああああああ」
「あなたの脳は、太っていた時代の体の動かし方しか覚えていないんです。嗚呼、体がここまで動くんだって、脳に確認させてください。体力以上のことをしなければ筋肉痛になることはありません!」
「うぎゃああああああ!!」
・・・・・・
「あ~~~つかれたおー」
「まだまだ、きっちりタイムスケジュール通りにいきます」
「うわあああん。助けておーークラフゥゥウ」
「ガンバールデゲスヨー」
土曜の夕方から行った『現状確認のミーティング』は、19時過ぎに判明した残高不足の悲劇で幕を閉じた。しかし実は女装アイドル“緑の人”だったリアムから、新人デビューライブへの再挑戦でAPを稼ぐ提案される。
自分なら “女装アイドル” から “女性アイドル” に一晩で仕上げることができると、皆を説得したのだ。
みな、正直なところは懐疑的だったが、女性にしか見えない変装が可能なリアムを前に、熟考の時間も、選択の余地もなかった。
学園で日雇い・日払いの7000APが稼げる仕事、それを今すぐ探すという話は確かに難しい。クラフ、文絵、文人は、この賭けに賛同せざるをえなかった。
この短期決戦プログラムは4段階。身体の稼働基礎、女性の声の出し方、化粧、パフォーマンスとなっていた。
「次に女性の声の出し方です。初ライブでの姫子さんの声は、女性=高音を出すという発想でした。気持ちは分かりますがそれは間違った認識です」
見学者の三人も次第に耳を傾けるようになっていった。
「さすが、女性にしか見えないだけのことはあるね」
「説得力がすごいでゲス」
「男女には性別として喉笛、つまり声帯に違いがありますが、実はその差は簡単に越えられます」
「えええ? 無理だおそんなの…」
「私の音に合わせてみてください」
「あああああああ」
「あーーーーー?」
「下げますよ。あああああああ」
「あーーーーーー」
「伸ばさないで。『あ』を連続して言っているように。ああああああああああ」
「ああーああああー」
「もう一回。声を作らないで。喉を潰す原因です。自分の声で」
「ああああああああ」
「ああああああああ」
「今度は上げていきましょう」
・・・・・・
「ああああああああ」
「その音です!! もう一回」
「ああああああああ?」
「姫子さん。その『あ』は、自分の生活の中で、どんなときに言う『あ』ですか?」
「ああああ、ああ? あああ↓お。ああおああ」
「お! ~~だおっていうときの! 『DAO』の『A』の部分!」
「その喉のカタチを覚えて。……そして『あいうえお』って言ってみてください」
「あいうえお」
「「「 ……!!!! 」」」
「その声で、しゃべることはできますか?」
「あ、あ、あ。えええ!? 自分の声じゃないみたいだお!」
「いいえ、姫子さんの声ですよ。喉が無理をしてる感じはありますか?」
「ない…お。あはは、おもしろいお!」
「人は誰しも、男性ならどこかで女性の音域を、女性もどこかで男性の音域を出しているんです。そこを捕まえて、増幅してやればいいんです。きれいな女性の声なんて目指さないでいい。あなたの中にいる、もうひとりの女性を呼び出せばいいだけです」
「もうひとりの…かお」
「すごい……すごいコーチングでゲス」
「これはたまげたよ」
「そういう女の人の声に聞こえるかもね」
「声が女性で振り付けが踊れれば、音痴でもなんでもいいんです、デビュー戦なんですから。さあ、お化粧と衣装に移りましょう」
部室。
「ゲスゲスゲスゲス、ぶははははは! ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「くくくかもね、くくくくくかもね」
「あは! あははははははは!」
「笑ってる分だけホッピーターン奢らせる。笑ってる分だけホッピーターン奢らせる。笑ってる分だけホッピーターン」
画咲の、男である容姿に、段々と化粧が施されていくのが、なにか滑稽で三人は笑っているのであった。
「みなさん安心してください。スグに笑っていられなくなるのでホッピーターンのおごりは最低限で済みますよ」
1分後
「「「………」」」
「みなさん笑わないんですかー?」
「「「すみませんでした」」」
画咲が痩せたことが、こうも作用するとは誰が想像しただろう。
ショートヘアーのウィッグを被って、優しい目をしていて、唇もぷるんとしていて、肌もモチっとした、画咲がいた。
「これが画咲なんて、信じられないでゲス…」
「世の中にいるブサイクって、本当にブサイクなんですよ」
「え、いきなりすごいこと言うでゲスね…」
「事実です。生まれながらに顔が醜い者は居ます。でも決して多くはありません」
「ブサイクや、容姿が良くないと言われる人の殆どは、自分を伸ばしていないだけなんです。姫子さんは実際に太っていたことがキャラクターでした。現にブタと評価していたでしょう? クラフさん」
「う。」
「太っていることは本来の顔を隠します。痩せたことで仮面ブサイクが取れて、本来のブサイクではない姫子さんが表面に出てきた。それをまた化粧するというのですから、可愛くなるのは当然なんですよ」
「もう、ぐうの音もでないでゲス……」
「文絵さんは、いかがですか?」
「ぼ、ぼく!?…は、その…いいかもと、思わなくも…」
「ハッキリいいましょう?」
「文絵くんは、私のこと……どう思ってるのかな…」
「かっちゃん、その声やめて……」
「ぶはは! 貢物でホッピーターンをカートンで持ってこいお!」
「それで、文絵さんは、どうなんでしょうか」
「悪くないかと…」
「ストレートに。男らしく」
「か、かわいい……かもしれない」
「まあ。及第点は差し上げましょう」
「次に。クラフさ「good.」
「じゃあ、文人さ「好き」
「正直で良いと思います。今日はこんなところでしょうか」
「リアム、明日のプランは、どうするつもりだい?」
「そうですね。思ったより身体の基礎は出来ていたので、明日は朝9時に集合して、姫子さんは公園で振り付けの練習をしてください。発声練習もですよ」
「ひぇえ! 日曜日に9時起きですと!」
「9時集合なのに9時に起きてどうするんだい……」
「私はその間に、飛び入り参加の予約とか、姫子さんの衣装に、胸の素材とか。諸々の用事でバックヤードに行ってきます」