ネカマ許さないお!
「あばばばばばばばばば」
「ゲスゲスゲスゲスゲス」
「ふ、ふたりとも、状況を整理して」
「アキヤマ・シュウイチロウでゲスが……アイ認の事務局って、アイドル志望者を支援するコーディネーターサークルと組んでるんでゲスよ。だから具体的な名前を言えば取り次いでもらえるんでゲスが……数年前に同じ名前の人が、忽然と消えたそうでゲス」
「「「「えええ???」」」」
「といっても『夢ばっかり見てないで実家業を継げ!』と言われて急に里帰り、学校はそれっきりってのが後日判明したそうで。本人は元気みたいでゲス」
「かっちゃんの方は?」
「似てるお。作家のイトウカズヤ氏いわく、東京に呼ばれて急遽デビューしたから、退学手続きはしていない。おそらく除籍になってるんじゃないかなーって笑ってたらしいお」
「つまり……?」
「僕らが知るイトウとアキヤマは、生徒として存在しない。幽霊ということ…かもね」
「………そんな、それじゃまるで生徒番号が……独り歩きしてるじゃないか!」
「いったい誰を相手にしてたんでゲス!!」
「ナンバーの独り……歩…き……」
「どうしたの文人くん」
「ナンバーの一人歩きかもね! 文絵、それかもね!!」
「ああ!」
「ホロウナンバーでゲス!!」
「え。え。なんですか、それ」
「はい、教えてホロウナンバーのコーナーだお」
「ゲス。生徒本人がもう学校には居ないけど学籍だけが残り続ける、その生徒番号をホロウナンバー(空っぽの番号)というんでゲス」
「そ、そんなことってあり得るんですか?」
「この学園は常時7万人“くらい”いるでゲスが、その実、入学と退学が頻繁なんでゲス!」
「正規の手順で卒業や退学をすれば、その時点で生徒番号も無効、つまりモモバンも無効になるんだけど……」
「だけど…?」
「辞めていく生徒のなかには、本物のアキヤマみたいに勝手に実家に帰ってそれっきりとか……」
「かもね。本物のイトウのように学校を捨てて別の場所で暮らし始めたっていう、無責任な辞め方の生徒もいるわけ、かもね」
「ゲス。そうやって本人がいきなり居なくなると、当然モモバンも使われないでゲス。すると生活の痕跡がない生徒番号として学園のコンピューターが察知。一定期間それが続くと、生徒会から調査が入るでゲス」
「調査……ですか?」
「学校の出席も経済活動も無いわけだからね。『この人どこかで死んでやいないか』って」
「なるほど、ですね…」
「そこで、実家にいるだの、別の場所で元気にしているだの、確認されると晴れて除籍。やっとモモバンが無効になるんだ」
「あれ? 待ってください!? それって、本人がいなくなっても、モモバンを別人がもって生活すれば…」
「調査は入らない。本人ではない別人が学園生活を続行できる、ってことだね」
「そういうことでゲス」
リアムはいよいよ訳が分からないという顔をして首をかしげる。
「何の目的なんですそれ……」
「もっとも、わざわざ他人に成りすまして高校生をやろうって物好きは聞かないな」
「主にアイドルライブのチケット用に取引されるでゲスね。百徒神アイドルのライブチケットは生徒に優先割当てされるでゲスから。それを狙って学園外部のファンが高値で取引するんでゲスよ」
「どこから手に入れるんです? 学校を辞めるからといって、その辺にモモバンを置いていくわけではないですよね?」
「出どころは意外に辞めていく本人だったりする、かもね」
「そのとおりでゲス。辞めるついでに、外の現金で売って小遣い稼ぎってな感じでゲしょうね。バックヤードには買い取り業者もいるでゲス」
「ホロウナンバーについては分かりました……でもイトウとアキヤマが、今伺った目的でホロウナンバーを持っていたとは思えませんし……」
「これは、なにかの組織的行動、かもね」
「アレとかいわれてた、特殊部隊ゴリラとの関連性はどうなんだお」
「ホロウナンバーを使っている組織が、ゴリラ部隊と直接的な接触を避けたがっているのは間違いないね」
「あの集団が使っていたもの……エアーガンかもね?」
「うん。僕が足止めで撃った弾が偶然ひとりに当ったみたいなんだけど、その時『ヒットー!』って声がした。これはサバイバルゲームにおける敗退の自己申告だ。」
「つまり、ふつーにサバゲーしてた連中ってことじゃないのかお?」
「ゲス。サバゲー部の秘密の練習場って線はありそうでゲス!」
「それにしては仰々しい気もするなぁ。最低限の応戦で逃げる僕たちを『本番』とか『想定』って言ってたかもね。『解放作戦』とかも」
「大きなサバゲー大会に備えているなりかねぇ?」
「サバゲーのルールには則っているが、いや……あくまでなにかの訓練に見えたけどな…」
「サバゲーとは別の意図を持った、サバゲ―集団、かもね??」
「でも、イトウとアキヤマにはどうつながるんだお?」
「パズルのピースが少なすぎますね……」
「「「「「うーーーーーん」」」」」
「頭がパニクってきたでゲス!」
「あははー! オイラなんて実は考えるの止めてたお!」
画咲の負った借金について返済を急いだあまり、妙案として学園裏世界の小遣い稼ぎ『新規バックヤード探索』に手を出した。しかし報酬はすべて支払われなかったほか、謎の集団と接触。ただのサバゲ―集団というには大きな目的の見え隠れ。そしてそもそも中へ調査に入るよう依頼した生徒は誰かの成りすましだった。
一同は全く同じポーズで頭を抱え、とうとう画咲の頭からオーバーヒートの煙でも出始めるかというとき、文絵が切り出した。
「原点に立ち返ろうか……かっちゃんの借金の話に」
「そうでゲスね、うんとー、鉄道のバイトは継続してるから10万APでも目的は果たせるんでゲショ?」
「そうだったかもね」
「かっちゃん、実際どうなんだい?」
「それでは。オッホン。発表するお! 昨日は交通局の給料日! 今日口座を見れば、給与APが入っているはじゅ! 合計ポイントは…」
「あの………。なにかデリケートな話題なら、私、席を外しますが……」
リアムが控えめに手を挙げて、画咲の話を遮った。一同は顔を見合わせると、確かに、という顔をした。
「どうする、かっちゃん。リアムは事情を知らないから気を使ってくれてるけど…」
「うーーん。オイラは別に……もうアイドルは……やらないし……」
「…………え?…………」
「どうしたの、リアム」
「あ、……その、画咲さんの……アイドルはもうやらないっていうのは……」
「かっちゃん、嫌じゃなければ話してあげてもいいと思うよ」
「そうなりね、リアム氏、聞いてクレメンス」
画咲は、ここに至るまでのエピソードを話した。
入学から半年、夢には向き合いきれず、ただひたすらに、自堕落に過ごしてきてしまったこと。
自分の夢はとても壁が高くて、絶望して、でも、仲間となら何か別の方法で大きなことができるかも知れないと思い立ったこと。
そこから全力で逃げられる何かがしたかった、仲間としたかった、ということ。
文絵の提案、文人の褒め言葉、クラフの案内、マダムの館、ゴリラ、初ライブ、高飛車女、緑の人、失意、暴力女、借金、重労働、減量、仲間の助け、冒険、リアムとの出会い。
そして新規バックヤード探索と相成って、リアムに出会ったこと。
ときどき、皆が補足をして、この一ヶ月を振り返る。
リアムは、画咲と皆の話を、黙って聞いていた。
「てな感じだお! そういやオタクっぽいこともしてなかったなりねぇ。交通局のバイト続けて、AP貯めて、オタクな学園生活を謳歌するかお!」
「ははは、いいね、晴れて借金返せるからね」
「長かったでゲスなぁ」
「それにしても、痩せたかもね」
「健康健康だお! リアム氏も加わってくれれば、にぎやかになるお!」
「同じサトウでゲスからね!」
「ははは、そりゃあいいね。リアム、僕たちのサークルに入りなよ! 入会資格は同じサトウのよしみってことで……!」
「ダメです!!!!」
リアムはなにか我慢に限界が来たかのような口ぶりで、突然大きな声を出した。
「え、ど、どうしたんだお」
「それじゃあ、ダメなんです!!」
「リアム…? どうしたのかもね」
「このサークルに入るべきは………それは、私じゃないんです…」
「ゲ、ええ? それはどういう事でゲ……」
リアムは立ち上がると、うっすらと涙を浮かべているようにも見えた。そして、そういえば、と全員が思った。リアムはここに来た際、ボストンバッグを持っていた。パンパンというわけでもないが、人と会うだけにしては、大げさな荷物だ。
それを抱えると、リアムは振り向きもせずに、部室のドアをあけた。
「いま……アイドル志望の友達を連れてきますね……その子を入れてあげてください」
「え、あ、ちょっと…リア…ム」
パタン
四人は呆然とした。
視線は誰に向けるでもなく、互いに何が起こったのか、目で通信をした。
「あの…もしかしてオイラ、なにか言ったかお?」
「でも。かっちゃんって、特別になんか言った?」
「多少の失礼はデフォルトとして、ことさら何か言ってたとは思わないでゲス」
「リアムの深層心理にある、何かの地雷を踏んだのかもね」
「あーん、そ、そんなの初めての人相手じゃ、わかんないおー」
それから30分が経った。一向にリアムは戻らない。全員で、ああだ、こうだと話していたが埒が明かないので喫緊の課題に話を戻した。
「オホン。さきほどは発表が途中になってござるが、オイラの計算では新規バックヤード探索で10万AP。交通局のバイトで16万AP、合計26万AP 借金は25万7,000AP!! 返済期限は明後日……」
「かっちゃん…」
「任務完了だお」
「よくやった、かっちゃん」
「感慨深いでゲス」
「がんばった、かもね」
「いいや、これは皆のおかげだお」
「えー続きましてお。実際に百徒神APバンクの口座を確認したいと思いますです!」
「確認したって、入る額は決まってるでしょ?」
「それを数字で実際に見て、『おお。いいねぇ』ってなるのが粋なんだお!」
「ははは、なんだいそれ」
「さあて。リアムが帰ってくるまでお菓子でも食べるでゲス」
「ひと仕事終えたって感じかもね」
「 あ れ ? 」
「かっちゃん、アウェイパイ食べちゃっていいー?」
「画咲はアウェイパイが大好き。怒るかもねー」
「ぶはは、今回のお駄賃だと思って頂くがいいでゲス!」
「 あ れ ? ? 」
「うんま!」
「ぶひゃひゃひゃ! 画咲~お菓子がなくなっちゃうでゲスよー」
「それにしても、リアム…心配かもね」
「うん、なにか気になることを言ったなら謝りたいけど…」
「 えええええええ???? 」
「サークルに入りたいのは別の友だち…って言ってたでゲス…」
「たしかに気になるかもね」
「 ちょえええええ?!!? 」
「ちょ、どーしたのかっちゃん、うるさいよ」
「 あるぇえええ!?!?! 」
「画咲の非常停止スイッチ、あれば押したい、かもね」
「それ、死ねってことでゲスか…」
「 あれぇえええええええええ!!!! 」
画咲は色とりどりの奇声を発しているが本人はパソコンの画面を見つめて動かない。
異様な空気を察した文絵に続いて、それぞれがパソコン画面を覗き込む。
「なーにーもう。どうしたの……さ…………さささささささささささ」
「なんでゲス? パソコンを見るとフリーズするウィルスでもあるんでゲ……ゲゲゲゲゲゲゲゲ」
「かかかかかかかももももももももねねねねねねねねねね」
「なんでさ! 入る給与は16万APじゃないのかい!?」
「そうなんだお、でも、ご覧の通りで…」
画咲の口座に振り込まれたのは15万APであった。
手持ちの合計は25万APちょうど、ということになる。返済には7,000APが足りない。
「どういうことだお!!」
文絵は口に手を当てて難しい顔をすると、切り出した。
「かっちゃん、交通局と契約したときの書類とか持ってる?」
「で、電子ファイルなら持ってるお…ええと…これだお……」
文絵が食い入るように画面とにらめっこをすること、たったの数秒。
「……………………………かっちゃん、これ、読んだ?」
「読んでないなり」
「……『はじめにお読みください』の、はじめ、声に出して読んで……」
「契約労働者は、初月の給与APから百徒神学園交通局共済金として………保険料として………積立金として……合計1万APを天引きするものである」
「うん……」
「日本語でおkだお」
「わかるでしょおおおお!! 働いた分だけ入るってわけじゃないんだよ! 働くってことは、働いてる色んな人達が入る色んなものに加入するってことで、それには色んなお金がかかって、給料から……あー……わかる?」
「勝手に給料を減らす、交通局の詐欺ってことかお?」
「はあ………。ともかく前に進む話をしよう」
「どうするんでゲス!!」
「返済期限まで中一日しかないかもね」
「なにか日雇いのバイトしかないかなぁ……」
「7,000APの日当なんて、しかも明日中に日払いされないと、給料日は待ってられないでゲスよ!」
「友人関係、片っ端からあたってバイトさせてもらうか」
「3500APの仕事を3つやれば、足りるかもね」
「その線が妥当か…かっちゃんは学校を一日ズル休みして、日中と、夕方と、夜に単発のバイトを…」
「それが都合よく日払いとは限らないでゲス! かくなるうえは、俺の預金APでゲス……」
「クラフ!」
「それはないお…。大丈夫。他人のAPを頼るのはルール違反だと思うお」
「でも、一時的ならでゲス!」
「友人間でお金の貸し借りはダメダーメだお……もしかして7000APなら待ってくれるかも知れないし。みんな、ここまでありがとうお」
「かっちゃん……」
「本当にありがとうお。素直に、7000APを待ってもらえるように頼んでくるお。お店だって、どうせお金が入るなら何日か待つほうが得策のはずでゴザルし」
「『返せないなら利子をつける』とかいって、たかってくるに決まってるかもね!」
「負けることはありません」
頭を抱える四人の後ろから優しくて力強い声がした。
ある者には、ライブ会場での思い出が。
ある者には、部屋を訪ねてきた記憶が蘇る。あの声が、聞こえた。
「そんな女に絶対負けちゃダメ! 姫子さん!!」
「み、緑の人…………緑の人なのかお」
そこには、ライバルだけど、デビュー仲間だった、あの人が。
凛として、やさしい、あの日の彼女が、制服姿で立っていた。
「入会しに来ました。やっと会えましたね、アイドルの姫子さん…」
「もしやリアムの友達の『アイドルになりたい人』って、緑の人だったでゲスか!」
「気づいてもらえないのは、褒め言葉と受け取りますね? クラフさん」
「ゲス?」
緑の人は、自分の髪の毛に手を入れてかきあげると、パチンパチン音を立てた。
「な、なにしてるんだお…?」
「着替えるのが…遅くなってごめんなさい…男子トイレに入って、女性として出ていくのってなかなか骨なんですよ…」
そしてその声色は、あるところから次第に男性の声へと変わっていった。
「そういう苦労も分かち合って、同じ秘密を抱えて、一緒にアイドルに成れたら、姫子さんと一緒なら。素敵だなって」
「あ、あばばばばばばばばばばば…!!」
「げげげ、げげげげげげげっげっg!!」
緑のヒトの魅了する髪は、カツラであった。
「あなたをアイドルにしてみせる。その7,000APの件、私に預からせてください」
カツラを取ったその中にいたのは。
「緑の人って………佐東理編だったのかお!!!」
「うそ…でしょ……」
「か………もね……」
「キミと描くはずだった未来は、温かい家庭は、元気な三つ子は……」
「そ、そんな話しましたっけ…。いえ、嬉しいですけど、私は子供を産めない。……いいひと、探してください」
「……もう、驚いていいでゲスか……?」
「「「「 えええええええええええええ!!!!!! 」」」」