肝試し無理だお!
「それでは~、中の状況がわかったあたりで一度連絡をください~」
「わかったデゲス!」
「く、くれぐれも、気をつけていってきてくださいねぇ~」
「大丈夫ですよ。所詮は人が作った施設の中ですし。迷うことはあっても死にはしません」
「お茶、ごめんお! 全部飲んどいていいお!」
「ど、どうも~~」
全員がドアをまたぐと、ペコペコとお辞儀を繰り返しながらイトウがドアを閉めた。
閉めた後となっては真っ暗になってしまう。
「「「「いやいやいやいや」」」」
「誰かライトつけるんだお!」
「分かった分かった!」
文絵がライトを付けたのを皮切りに、それぞれが懐中電灯を点けて、その場が明かりに包まれた。
通路は画咲が初めてバックヤードへの道を歩いたときより狭く感じる。一人分なら余裕があるが、ふたりがすれ違うには身体の向きを工夫しなければならないほどの幅。
ライトを前方に向けると画咲が号令をかける。
「よ、よし! 全体! いくお! 1・2・3・4・5・6……」
「ブタ、何を数えてるでゲス?」
「10・11・12…」
「クラフ静かに。かっちゃんは廊下の長さを歩数で測ってるんだよ」
「図面を起こすんだから…距離の把握は大事なことかもね」
「ブタ…ちゃんと考えてるんでゲスな」
例によって、30メートル歩いたかというところ、やはりまた階段の踊り場のような少し開けた場所に出た。そしてまた、ライトを当てると、鉄の扉がある。
画咲がライトをあて、文絵がハンドルを回す。鈍い音を上げてロックの外れた音がした。
扉は重いがすんなりと開く。
「構造は21区のバックヤードに似ていると思わないでゲスか」
「たしかにそうだね」
「ここまでは全く同じと言っていいお」
ドアを通ると、やはり非常階段めいた踊り場があり、階段が上下に伸びている。
四人の各々が、空間の上下左右を照らすが、その場が大きいからか、手持ちの懐中電灯では光が拡散してしまい、壁であるとか天井までは届かない。
光の当たる範囲になにもないから、そこが恐ろしく広い空間だと分かる。
手元や足元で照らす非常階段は赤錆で染まり、壁は地下水が漏れ出ているのか、水の這う後が無数にある。
手すりから文人が下を照らすとかろうじて地面と思われる場所が見えた。
「建物3階分ってところかな」
「やっぱり同じ構造でゲス」
階段を一歩一歩確かめながら降りていくと、地面と思われる場所に着いた。
「気味が悪い、かもね」
「でも光明が見えているでゲスね」
「うむ。おそらく、同じ構造をしていると思うお」
ここまでは21区のバックヤードと変わらない構造だ。21区バックヤードは栄えていて、街の明かりが照らし出す何となくの空間は見ていたクラフと画咲は、この暗さの中でも、おおよその構造物が想像できた。
「おそらくこっちが壁まで40メーターでゲス、で、ここを少し進むとパイプラインがあるでゲスね」
「中央の左側、壁に埋め込まれた元兵舎の入り口があったお、ここからだとこの方向なりかねぇ」
「こっちの3階部分にキャットウォークが…」
クラフと文絵は、互いの記憶を頼りに、まず21区の略図をスケッチブックに描いた。
この略図と“ここ”と本当に同じ構造であるかを調べて周り、違う箇所があれば訂正すればいい。そういう算段だった。
「ふたりとも、すごい観察力かもね」
「ほんと……僕も、見習わなくちゃな……」
コココンンコンコンコンカンカカンカンカン
闇全体が共鳴して、大きな音がした。
「な、なんでゲス!」
「こ、こわいおおお!」
「ふたりとも落ち着いて」
コカコキンコンカンコンコンカカンバキンコン
「なにかもね」
「い、やだおおお!!!」
「大丈夫だよ、人工物だってひとりでに音を立てることはあるさ」
「それ、どんなときだぉおお」
「温度差で部品がきしんだり、人感出来ないような振動で関節部の音がしたり。経年で部品が外れたり。放置されてきたんだ、色々あり得るよ」
「そうとも言えないかもね。“ナニか” がパイプを伝って高速で移動している…音かもね」
「文人くん、脅かしちゃだめだよ」
……………ジャリジャ……ジャリ……
「……かもね?」
「本当に何も居ないんでゲスよね!! ね!!」
「わ、分かった分かった。クラフ、悪いけど、21区と同じ構造だってことなら、最寄りに入れる建物がないか、検討つくかい」
「ふえええん、た、たぶん壁沿いのあっちに20メートル行くと、壁に埋め込み式の屋台があったでゲス。ケバブやさん……シェルター時代の施設を改造して使ってたみたいでゲスぅええええん」
「大丈夫大丈夫、先導するからしっかり案内して。ほらライトちゃんと持って」
しくしくと泣くクラフと震える画咲が抱き合い、文絵が言われた通りの場所へ先導する。文人は最後尾について、時々後ろを振り返って後方にライトをあてる。
「セカンドフミフミ、なんなんだお! なんで振り返るんだお!! 後ろに何かいるのかおおお!」
「…………別に。……帰りの景色を覚えておこうと思って…振り返ってるだけかもね」
「こんなときに『かもね』は不安になるでゲスぅ!」
「…………」
じゃり……
「あ、あったあった」
壁に入るようなかたちでドアがある。その横には窓があって、文絵が中を照らすといくつかの椅子、そして機械が置かれていたであろう台座のようなものが見えた。どうやら室内はプレハブ小屋ほどの大きさしかない。おそらくこの空間がシェルターとして稼働していた時代の、管理室の一種であろう。
文絵がノブを回すと、そのドアはすんなりと開いた。
人が居座る前提の部屋ということもあり、思ったよりも廃墟感はなく、長い間締め切っていたからか、ホコリも最低限。意外に快適である。
「ド、ドアを閉めてぉお。暗闇から何かが覗きそうでこわいお」
「わかったわかった」
カチャン。
じゃり…
画咲とクラフは壁を背にして座り、ガタガタガタと震えて止まらない。
文絵はライトを床に立てて天井を照らし、その明かりが優しく室内を包んだ。
「ふたりとも落ち着いたかい?」
「あばばばばばばばばばばばば」
「デデデゲスゲスゲスゲスゲス」
「はーあ。あんなに張り切ってたのに。序盤でこれじゃあ思いやられるよ?」
「さっきの略図、見せてほしいかもね」
震える画咲がリュックからスケッチブックを取り出した。
文人と文絵が覗き込む。
「すごい、良く描けてるね。方向からして左に行くと壁に倉庫とか宿舎を改造した建物」
「連絡用の通路が伸びていて……これはライブハウスって書いてあるけど、原型はたぶん兵士の詰所かもね」
「壁沿いに全周を回って、空間の状態を確認しよう。一周回りつつ、上の階があればそこも探索。大枠が分かればイトウさんも文句ないでしょ」
その後、謎の音がすることもなく、平穏に時間が過ぎ、落ち着いてきたクラフと画咲を説得しておそらく全体的に四角であろう空間の外周を回って帰ってくることになった。
クラフと画咲の予想が正しければ空間は長方形で、各辺は百数十メートルある。
壁際には先程休憩したような管理用の部屋を始め、元兵舎やメンテナンス用の通路が点在しており、複雑さを極めている。
ふたりが落ち着くまでの間、発見もあった。バックヤードと呼ばれるこの空間は、そもそも何なのか? それは山の中に多く這わせてある空調や電気ケーブル、上下水道のパイプラインを合流させてメンテナンスする場所。なぜ分かったかと言うと、壁に見取り図が貼ってあったからだ。
じゃり…
「ここも、同じだね」
「ここは、廊下の形が少し違うでゲスが、構造は一緒みたいデゲス」
じゃり……じゃり…
「………」
「クラフ、このパイプラインって21区とカタチは同じ?」
「うーん、なにか違うかも知れないでゲス」
「このパイプ、確か頭上を通ってるやつだったお…」
「じゃあ、この図のとおりで良しっと」
じゃり……じゃり…じゃり…
「………」
21区のバックヤードと、本当に殆どが同じ空間であった。
四人は折返し地点で入った兵舎に手頃な部屋を見つけ、そこに腰掛けて休憩を取る。
「文人くん。ここいらで水と食料を取るのはどうだろう。意外に体力を持っていかれていると思うんだ」
じゃり……
「………そうかもね。休憩しよう」
文人が確認した携帯電話の時計は午前2時半を指していた。
「ああん。疲れたおお」
「ヘトヘトでゲスぅう」
持たれあいながら壁により掛かるクラフと画咲。
「ふたりとも、無理にでもクッキーと水を取ったほうがいいかもね」
「了解なりぃー」
「ゲスー」
ライトで照らしながら地図を確認する文人。そこに文絵が歩き寄った。傍目には地図を覗き込むふたりだが、文絵が目で訴えかけ、文人が小声で切り出した。
「その様子だと…文絵くんも気づいてるかもね…」
「ああ……………僕たちのあとに……誰か……ついてきてる……」
文人は、文絵が腰につけたポーチに目をやる。例のエアーガンが入っているものだ。
「野性動物、って線はないかな」
「300年耐久設計の核シェルターに野生動物……構造上、考えにくいかもね」
「僕も、相手は意図をもったニンゲンだと思う」
「エアーガンは使わなければ、越したことはないかもね。でも身を守る手段は必要」
「うん。……文人くんは正体をどう思う?」
「ここが本当に僕たち以外は知らない空間だとすると、さっきのイトウとかいう人……」
「その線が妥当だね」
「あのひと、どうも怪しかったかもね」
「うん。何年もいるはずの自分の部室で、湯飲みの場所もわからない。几帳面にしては人を招き入れるのにポットのお湯も沸かしていない、大切な探索の日に他のメンバーが立ち会いがない。不自然だ」
じゃり……
「近いかもね…部屋を出た廊下…すぐのところかもね」
「そうだ、文人くん。イトウさんは中の様子が分かったら連絡してって言ってたよね」
「かもね、ついてきているのがイトウなら、外の廊下でケータイが鳴るはずかもね」
「なにしろ、かっちゃんとクラフに話そう」
「かっちゃん、クラフ、疲れたと思うけど、イトウさんに中間報告しようよ」
「ああ~そうだったでゲスね。ええと、ピ・ポ・パッでゲス」
トゥルルルルルルルル……トゥルルルルルルルル……
『はい~イトウです~』
「……」
文絵と文人は顔を見合わせた。
この誰も知らない・誰も居ないはずの空間で、誰かが後をついてきている。その正体をイトウだと踏んでいたが、廊下からはケータイの着信音も、イトウの声も聞こえない。
「ああ、イトウ先輩・・・今折り返し地点にきたでゲエス…」
『声が疲れてますね~中は大丈夫ですか~』
文絵が口に人差し指をあてて “静かに” のポーズをしたあと、クラフの通話をスピーカーモードに切り替えるようジェスチャーした。
クラフは何かを察したのか、耳からケータイを離すとスピーカーのボタンを押した。
『もしもし~、あれ~?』
「ああ、も、問題ないでゲス。それより発見でゲスよ~、このバックヤードは21区のものと同じ構造でゲス」
『………それは偶然ですね~。』
「ここは暗すぎて探索に限界があるでゲスが、構造は知っている通りでゲスから、地図も起こしやすいでゲスよ!」
『確認ですが21区と完全に同じですか~?』
「うーん、見たところ同じでゲスよ」
『わかりました~。あの~それで。なかで誰、いや、変わったこととか~ありましたか~?』
「口をすべらせたな…」「かもね…」
「それが機械のきしむ大きな音がして、ビックラポンでゲス!」
『……中は危ないところもあるでしょうから~気をつけて回ってください~』
「はあい、また報告するでゲス~」
ピッ。
「フミフミ、どうしたんでゲス? いきなりスピーカーモードにしてくれって」
「かっちゃん。クラフ。ふたりとも……落ち着いて聞いてほしい。耳を貸して」
「な、なんでゲス?」
「だお?」
「え゛、んんんんーー!! んんんんー!」
分かっていたとばかりに、大きな声を出そうとした画咲をのくちを、文絵が秒速で抑えた。
「かっちゃん! 静かにしてって言ったでしょ」
「だ、誰かがついてきてるかもって、どういうことでゲス」
「僕たちが何かを調べたり、休憩をするたびに足音がひとつ多いんだ。地面を踏みしめるような音がする。『じゃり……』って」
「そ、そんなでゲス…」
その時、部屋の外の廊下に全員が自然と耳を立てた。
じゃり…
「ひ、ひいいいいい!!」「ゲエエエエエエス!!」
「ああ、限界か。行くぞ! 文人くん!」
「かもね!」
文絵は文人の肩を叩くと、腰のエアガンを抜き、ライトで前方を照らしながら部屋の外へと踏み出した。
「誰だ!!!」
まるで刑事ドラマのようにドアを出ながら死角を殺すようにライトとエアーガンでサーチする。
すると、奥へと暗く続く廊下の途中、最寄りの曲がり角から…
ニンゲンの半身がこちらを覗いていた。