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探検に出発だお!

 その日から一週間、壊れかけた日常を、それぞれが必死で駆け抜けた。

 クラフは新バックヤード探索の話をクライアントと詰め、バックヤードの入り口を偵察した。

 文人と文絵は、クラフからの情報をもとに探検用の道具を揃える。

 画咲は引き続き交通局のアルバイトに明け暮れた。

 30万APが入る算段なのですぐに辞めても構わなかったが、“変身の館の暴力女”に退職が伝わると、芋づるで新バックヤードの情報が漏れかねない。それにせっかく慣れ始めた仕事であるうえに、返済の目処がたったことで、より快活に仕事ができるようになっていた。


 そして、探索の当日が訪れる。

 時刻は夜の8時半。


「誰?」

「知らない人かもね」

「ゲス」

 いつもの部室。唖然として棒立ちになる三人。


「ちょ、オイラだお! かけがえのないオ☆イ☆ラ☆」

 画咲は一時、心配な痩せ方をしていたが、なにか血色の良い普通の体型と呼べるまでに調整されていた。それでもやはり今まで着ていたものがヨレヨレの年代物に見えるほど、服はブカブカになっている。


「顔まで違ってくるものなんデゲスね」

「そりゃあ肉が落ちたから、当然だお!」

「体が順応したって感じか」

「体調万全! さあ冒険に出発だおおお!!」


「いや、クライアントとの待ち合わせが夜11時半デゲス。電車の移動に1時間。前後の徒歩含めて二時間位でゲスから、まだちょっと早いんでゲス」

「ふむ。それじゃあここで、状況確認会議といこうか」

「うむ。了解なり(敬礼」


 学校終わりから部室に集まり始めたメンバーのもとに、その日の仕事を早退した画咲が合流。明日は土曜で学校が休みであるから、夜通しで探索をする予定だてである。

 部室の中央、机の上には各々が持ち寄ったリュックや、使えるであろうものが並ぶ。


「えっと、じゃあ探検資材部長の僕から」

 特に決めたわけではないが、それぞれが準備期間に用意したモノについて部長を名乗る。文絵は探検資材部長であった。

「リュックはみんなそれぞれ持ってるよね。今から道具を配っていくよ」

 文絵は机の端に積まれたものを1セットずつ皆に配ってゆく。

 内容は、懐中電灯、予備の電池、ヘルメット、タオル、軍手、栄養クッキー4食分と水のボトルが3本など。

「えー! 食料はこれだけでゲスかー? レトルトカレーいっぱい持ってきたでゲスよ!」

「クラフ! キャンプじゃないんだお!」

「そうだよ。荷物を最小限にしなきゃ」

「オイラみたいにアイドル水琴氏のだきまくらと、水琴氏のデビューから3rdアルバムまでの神シーズン楽曲セット、トレーディングカードセット、デッキマット。もちろんこれは保存用・観賞用・普段遣い用とは別の、おでかけセッ「人のこと言えないでゲス!!」


「ふたりともダメダメ……。こういう場合、荷物は “今持てるか” じゃなくて、“ずっと持っていられるか” が重要なんだ。後でしんどくなるよ?」

「しかしこんなにたくさんの道具…かたじけないお…。お金は必ず…」

「それなら、心配要らないかもね」

「うん。ヘルメットはマンガの資料ってことで山岳部の友達から借りたし、軍手は部室の模様替えをするって話してクラブ局から支給品でもらった。水のボトルは俺と文人くんで寮食をケチった。そんな感じさ」

「すごい調達能力なり……」

「それと…チーム全体の装具を配るよ」


 個人の携行品とは別に、グループとして必要になるものを手分けして持つ。

「かっちゃんはカメラね」

「イエッサー☆」

「文人くんは救急セット」

「オッケーかもね」

「クラフはロープ」

「なんか重そうなんでゲスけど!」

「僕は、それぞれの予備と、携行ランタン、メモ関係に。あとこれ」

「「「なにそれス」」」


「銃」


「わあああだお!!」

「なんでそんなもん要るデゲス!」

「ふふふかもね。バックヤードの中に…なにがいるかわからないから、かもね」

「ひええええ!!!」「ゲェェエエス!!!」

「ただの()()()()()だよ、バックヤードにクリーチャーなんていないから危険なことには使わない」

 文絵の手には黒くて重厚感のあるエアーガンが握られていた。

「じゃ、じゃあなんでそんなもの持つんだお!」


「よく冒険映画で見ないかな? 得体のしれない穴があると石を落としてどれくらいの深さなのか確かめるシーン」

「ああ、想像はつくでゲスね」

「同じことさ。未開拓のバックヤードは暗くて狭い・広いがたくさんある。その空間がよくわからないときは撃ってみる。弾の当たった音から、それがどれだけ遠いのか、どんな材質の壁にあたったのか、おおよそ見当がつくだろうってね」

「すごいお! そういう使い方もあるんだお! てかなんでそんなもの持ってんだお?」

「オタクなら一挺や二挺、当然さ。それじゃあ探検資材部・次長の文人くんに注意事項をバトンタッチ」


 以下、すごく早口

「装具の重量をどれだけ削っても水は必要そして重さはどうしようもできないかもね。不測の事態で滞在時間が延びるにしても500ミリボトル三本が一人の限界。それ以上あると水を運ぶ体力のために水を飲むという悪循環に入る。クッキーは必ず一度に二枚まで。慣れない環境で食べすぎると動けなくなって時間が削られ、結果的に水食料が不足する可能性が高いかもね。今が一番バランスの取れた状態。食べ過ぎも食べないのも禁止かもね。以上」

「めっちゃ早口だったでゲスね、前半覚えてないでゲス」

「こんなに喋ったセカンドフミフミ初めてみたお」

「発表ごとはなれてないから、早めに終わらせたいかもね」


「よし。次は俺でゲスね。クライアントの情報からいくでゲスが……」

「ゴクリ……やはり闇の組織とかかお!」

「ゴクリ……かもね」

「いや、相手はバックヤードの同人誌即売会で出会った普通の上級生でゲス」

「なんだお」

「彼はマンガサークルに所属していて、俺達と同じ小さなグループでゲス。あるとき部室の棚を退かしたら扉が出てきたそうなんでゲスよ」

「ミ、ミステリーのネタかもね!!」

「そうそう、それこそマンガのネタということで開けてみたそうでゲス…すると暗い廊下が奥まで続いていた……」


「で……そいつらはなんで自分で入らないのさ」

「そりゃあ自分たちで入るのは怖いでゲスよ。しかも新しいバックヤードが発見されたとなれば欲に駆られた連中が群がるでゲス。彼らはストイックなマンガ集団で、自分たちが主催できる同人誌即売会の会場がほしい、ただそれだけを思いたったデゲス。お金を持ち寄って誰か調査に行ってくれる人を探していた、ということデゲスな」

「なるほどね」


「よし、次はオイラだお! オイラは探検部長として皆が探検中に癒やされるようアイドル水琴氏の「あ、そろそろ出たほうがいいでゲスね」

「おい」

「そういえばクラフ、その入り口ってどの区なの?」

「11区デゲス」

「21区のここから二時間かかる訳だ。遠いなー」

「いよおし! 出発でゲス!」


 彼らが普段行動するのは21区。学園は山を断面図としてみたときに、その中央を頂上付近まで学校区が貫いていて、山の深さに合わせていくつもの階層に分かれている。数字が小さければ頂上に近く、大きければ下の方。21区は山の中層あたりにあたる。

 施設内の縦移動はあらゆるエレベーターを乗り継いだり、山の内側を螺旋状に登る道路でタレットという小型のバスを利用するか、それに並走する小型のトロッコ電車を使う。


 カタンカタン・・・カタンカタン・・・

「かっちゃん、自分の整備している路線に乗る感想はどうだい」

「私は芸術家ではありません。いい仕事をしたという自覚は無いんです。ただ、線路が真っ直ぐであってほしい、それだけですね」

「誰でゲスか……」

 カタンカタンと小気味の良い音をたてて3両編成の小さな電車が緩やかな傾斜を登っていく。車幅は軽乗用車一台分ほど。一両の長さは約5メートル。遊園地の乗り物列車を少し立派にしたイメージだ。

 シェルター時代からの立派な交通手段で、学園の大動脈のひとつ。

 週末にもかかわらず車内はさほど混んでいない。


「そういえば今日は金曜なり。今頃みんなパーリーピーポーなりねぇ」

「どこのライブハウスも混んでるだろうね」


 あらゆる自己実現が渦巻くこの学園だが、そこに住まう生徒らに共通する最大のハイカルチャーが学園アイドルだ。週末は各地区に点在する大小のライブハウスへ、アイドルまたはアイドル候補たちのライブを見に行くのが週末の模範と言っていい。


「最近ライブ行ってない、かもね」

「皆でいるのが心地よくなってたからなー、アイドル動画は百徒神ネットで済ませてたし」

「拙者は水琴氏さえいれば良い。水琴氏さえいれば良い」

「前はみんなでよく行ったよね! 22区のハウス・ウィンリー」

「ウィンリーはまた行きたいでゲス! 22区のアイドルはレベル高いデゲス!」


『まもなく。10区到着です。隣接している11区へお越しの方はこちらでお降りください。まもなく10区です』


……


「着いたでゲス!」

 一行クライアントのいる10区に到着した。目当ての11区まではタレットバスで移動。自分たちの区画にある部室棟とはあまり変わらない構造だが、慣れない地区でもあるので、縦へ横へと移動して、ようやく依頼主の部室の前にたどり着いた。


「皆さんこんばんは~。3年のイトウと申します、どうぞよろしく~」

「「「どうも。佐藤です」」」

「ええ~? みなさん佐藤さんなんですか~!?」

 通された部屋には生徒が一人。小太りで、優しい目をした汗っかきの男子が待っていた。

「いやあ~助かります。漫画家のタマゴとしては隠し部屋発見というのも~~夢のある話だとは思うのですが~、自分で入っていくのは怖かったもので…」

 イトウは、忙しく汗を拭く動作と対称的に、しゃべり方は実にゆっくりとしている。

「それって激しい汗拭き動作でまた汗かいてるんじゃないのかお?」

「だまるでゲス!」(パンチ)

「ああん!!」

「みなさんが~同じオタク系のサークルと聞いて、余計に安心しました~」

 部屋の構造も自分たちの部室と変わらないが、よく掃除してある部屋で、なにか壁の色も明るく感じる。

「几帳面な性分も考えものでして~」

「いえ、お手本ですね……ウチの部室に比べたら……」

「部屋は殺風景で落ち着かないでしょうが、どうぞくつろいでいってください~」

「いやあどうもだお~ 疲れた疲れたなり~」

「電車自体は1時間くらいだったけど、知らない区画は気が張って疲れるね」

「このくらいで疲れるとは…思いやられるかも…ね」

「「「はーあ…」」」


「「「いやいやいやいや」」」」

「くつろいでる場合じゃないお!」

「イトウさん、さっそく色々とお話を聞かせてください」

「まずはことの起こりから…かもね」

「ああ、まあま~お茶でも出しながら説明しましょうか~」



「ええと。僕たちはこんな小規模ですがマンガ家のタマゴサークルでして、数年前からこの部屋に……。あれ~湯呑どこだ~?」

「「「「…………」」」」

「発見当時は部屋に何人か仲間が居たんですが、原稿用紙の置いてある棚の位置が悪い~!って話になりまして~。ああ湯呑あったあった」

「「「「…………」」」」

「それで、棚を動かしたんです、そしたらドアが出てきて~。最初は怖かったんですが、そのうち一人が開けようって言い始めたんです~。あれ~~お湯沸かしてないやぁ」

「「「「…………」」」」

 イトウの奥には、大人がかがんで入れるくらいの背丈のドアがあった。まさに画咲がバックヤードへ初めて踏み入ったときに見た、水密扉やハッチという感じの冷たそうな鉄扉。

「怖いもの見たさで~開けた者がおりまして~、そしたら~長~くて細~い廊下が続いてるじゃないですか。ああ~コンセント入ってないや」

「「「「…………」」」」


「……そういう感じです~」

「「「わかんないですよ!」」」


「おおかたは話したとおりでゲス。他のサークルに話したり喧伝しようものなら魑魅魍魎ちみもうりょうが群がるデゲしょ!」

「それで同人誌即売会を主催できるまでに会場を整えてから、バックヤードとして開放しよう。というわけですか」

「そうなんです~もう、バックヤードといえば最初に見つけた者がしっかりせねば、力ある者に取られてしまいますから~。自分たちで内部を掌握して~整備して~それから発表を、と思いまして」

「ここが開放されたら、エンタメに強いバックヤードが誕生するお。フミフミも即売会に参加できるおね!」


「事情はわかりました。それで……失礼ですがお支払いいただくAPについて条件の確認を」

「ええああ~。佐藤さん、いえ、蔵夫さんとお話するなかで30万APで合意しています。それで~今が週末ということもあって。仲間たちがライブに行っているのですが~、」

「それがなにか?」

「30万のうち~仲間からの合計20万APを自分のモモバンに移しておくのを忘れてしまいまして、今10万APしか手元に無いんです…残りは、あなた方が戻ってくる頃までに、仲間から回収しておきますので……何卒~~」

「なるほど、成功報酬型と捉えれば問題ないですね」

「まことに~すみません~。あ。では早速前金を。」

 イトウは汗を拭きながら自分のモモバンを操作し、そしてやはり汗を拭き、クラフにぐっと腕を差し出した。

 クラフは自分のモモバンをイトウのモモバンにくっ付けた。


 ピピピピ…ピピーピピー!


 電子音がすると、クラフは自分のモモバンをいじる。

「イトウ先輩、たしかに10万AP、受領したでゲス!」

「先輩だなんて~私は~~」

「さあ、みんな装備を付けて、出発でゲス!!」


 各々がライトを手に持ち、ヘルメットを被り、首にタオルを巻いて、軍手を付けた。

「みなさん、本格的ですね~~」

「さっそく、出発したほうが、いいかもね」

「ええ~~お茶どうするんですか~~」

「失礼ですが結構です。探索時間は長めに取りたいので」


 ガコン…ギギギギッギィ…

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