うまい話があったお!
画咲は来る日も来る日も怒号・罵声を浴びながら必死に重労働を続けた。成れない作業靴では血豆が潰れ、毎日身体中の関節がきしみながら帰宅して、二・三言を和幸と交わしては泥のように寝てしまう。学校へはちゃんと行き、授業中にちゃんと寝る。
しかしそれも何日か繰り返せば多少は慣れてくるというもの。借金を背負った日から10日間、無心で働いていたが、筋肉痛も程よく。考えに余裕も出てきた。
たどり着くのは、やはりこれでは返済に足りず、期日に間に合わないということ。疲れからか寮の食事も喉を通らず、それをいいことに、支給された寮の食事券をルームメイトの和幸に売る始末。
和幸も決して貧乏ではないが、弁当が安く浮く分にはありがたい。『外で食べてきた』という画咲の言葉を疑わず、弁当としてありがたく食券を買い取っていたのだ。
……
そうこうしているうちに、あの部室では進んだ話がある。
「友達として放っておけないよ? でもキミが負担するのは違うんじゃないか!?」
「でも、俺の15万APはやっぱりデカイと思うんでゲス! 画咲に渡せば少しは…」
「あーのーさぁ」
「じゃあどうすればいいんでゲス!? 相手は根っからのスクラムでゲス!」
「代案は思いつかないけど、君が払うのは違うって言ってるんだよ!!」
「ぐぬぬ、文絵の分からず屋でゲス!!」
「ああ、わからず屋だよ! わからないんだもん!」
「バックヤードでの取り立てに応じないなんて、特にあの女は危険な気がするでゲス! わかるんでゲス! 今の画咲………やつれたあいつを、とても見ていられないんでゲスッ………!」
クラフの嘆きに文絵も呼応してしまう。
「……半分でまかせとはいえ……バックヤードを提案したのは僕だ! だからってバックヤードの、しかも怪しい店に入るなんて…!」
「!?……うーーーーん、かもね」
二人の言い合いを尻目に文人は何かを思いついたようだった。
「だいたいクラフ! キミは!」
「文絵だってでゲス!」
「オモテの仕事には限界がある……バックヤードには夢がある、そう、夢がある……かもね」
「ど、どうしたんだい、文人くん、ブツブツと」
「だから、バックヤードには夢がある、かもね」
「その夢に、食い殺されようとしてるんじゃないか!」
「だから喰い殺し返せばいい、かもね」
「…何が言いたいんでゲス?」
文人は人差し指をピッと立てた。
「バックヤードで取っていかれるお金は、バックヤードで稼ぐべし、かもね」
「え?」「ゲス?」
……
ある日。画咲はまた、寮のベッドに倒れ込んで、夢の中へと落ちようとしていた。
「かっくん…なんかやつれたなぁ…。食券を売ってくれるのは助かってるけど……本当に外で食べてるのかい?」
「……うむ。重労働は初めてでござるが、痩せてお金も入って、健康的なり…」
「本当に大丈夫…?」
カン・コーーン
寮のチャイムが鳴った。寮に客。それは珍しい。和幸にも画咲にも友人や同僚はいるが、寮まで訪ねてくることは考えにくい。まして夜中にかかろうかというこの時間に。
なにか警戒をしながら、和幸が玄関の方へ。
「はい。………どちら様…ですか……」
「あっと、えっと、画咲くんの、えっと」
「僕たち画咲くんの友達かもね」
「かもねじゃなくて、友達デゲス」
「失礼ですが、お名前は」
「「「佐藤です」」」
「…え?」
「ああごめん和幸、サークルの友達だお……」
……
寮室が延々と続く廊下。廊下の両端に人が立ったとすれば互いは米粒ほどになるであろう、視力を試される長さだ。
廊下が一部広くなっているだけの談話スペースで、いつもの四人が久しぶりに集まった。
「何してるのさ、かっちゃん!!」
「フミフミ、約束と違うでゲス! 冷静に…!」
文絵は抑えられずに不満が出てしまう。自分の軽はずみな提案『バックヤードで腕試しをしてみろ』という提案が、画咲をこうさせてしまった。結果的に借金を作らせた自分に、そして相談もなくある日から消えた画咲に、モヤモヤを溜め込んでいた。
いつも冷静で信号機のように話の整理をする文絵が感情的になる。クラフや文人にとっても今回については分からないではない。
しかし、落ち着いて画咲と話をしようという、打ち合わせどおりには運ばなかった。
「キミのことを心配してるんだ! それぞれに、君をそそのかした責任がある! でもかっちゃんにも分別っていうものが!」
「まあまあデゲス」
「画咲。文絵の気持ちも、わかってほしいかもね……でも文絵も。今は夜中かもね」
文絵はつとめて普通の声量を心がけたが、まくしたてる声色というのは人の耳に届きやすい。
彼らの様子を覗きに来る寮生も現れたので、文絵は大きくため息をつくと、少し落ち着いて話し始めた。
「はぁ…。悪かった。かっちゃん。落ち着いて話せるような日……せめて休みの一日も取れなかったのかい?」
「支払いのために…少しでも多く稼がなきゃいけないんだお……」
「だからって黙って来なくなると心配するじゃないか」
「うむぅ……」
「キミと約束してたお客さんだって来てたんだよ?」
「……お客さんかお?」
「なにか、誰かと約束してなかった? スラッとした女生徒が何回か訪ねて来たんだよ」
「あああ!! 緑の人!!!」
「やっぱり忘れてたんでゲスねぇ…俺もなにかと外していて会えていないんでゲスが…」
「緑のひとぉおおお!!! ごめんなりぃぃいい!!」
「あ、そうそう、結局それって誰なんだっけクラフ……」
「例のバックヤード新人ライブのときに知り合った、物好きのアイドル候補でゲス。なんか画咲のこと妙に気に入ってて…」
「はあ!? どうりで悪くない子だと思ったらアイドル…」
「文絵も、そう思ってたのかもね…」
「いや、だって、実際やっぱり…かわい……いや違う! 話を戻そう!」
「それにしても…やっぱり結構痩せた、かもね」
「健康的な痩せ方ではないでゲス…」
「そりゃあ食べる量より消費カロリーが多ければ痩せるお…」
「……まったく、どれだけ心配させれば!」
「まあまあ、フミフミ、待つでゲスよ」
「そろそろあの話、したほうがいい、かもね」
文絵は目でクラフを促した。
「画咲……返済は間に合いそうでゲスか」
「まさにそこなんだお…」
「そこででゲスね…ちょっと妙案があるんでゲス」
「ふぁ?」
「闇への返済は、闇に頼ってみても…いいのではないか?作戦でゲスね」
「な、なんだお?」
……
「新規バックヤードの探索ぅ!??!?」
「ばばばばか、声がでかいでゲス!」
「詳細キボン……」
「そのままの意味でゲスよ。学園の頂上に近い階層に、未発見、つまり新しいバックヤードが発見されたんでゲス。新規開拓したい勢力が居て、内部を探索するチームを募集してるんでゲス」
「かっちゃん。内部の地図を起こすだけで、30万APをくれるだってさ」
「30ま……だお!?」
「こういう案件は探検系サークルか、建築学科の物好きが秘密裏に請け負うものなんでゲスが、中には欲をかく連中がいるでゲス。今回のクライアントは、純粋に調査だけしてくれる人を募ってるんでゲス」
「新規開拓したいクライアントにとっては30万は安いもので、かっちゃんにとっては十分なお金ってわけさ」
「これを返済にあてても、お釣りはくるでゲスよ」
「みんな……」
「かっちゃん、言っておくけど、君がバックヤードでやったことは救いようがない。でも僕たちそれぞれが、それぞれの責任においてピンチを脱する手伝いはしたいと思う」
「う、うむ……」
「なにより、なんで話してくれなかったのか。ある日から居なくなって、クラフが教えてくれたから事情は知ってるけどさ」
「ごめんお。……みんな。そのお話、乗らせてくれるなら、分前は必ず渡すお」
「バックヤード探索での賃金は…いらないかもね」
「セカンドフミフミ……」
「結局地図を起こすのはイラストレーター志望の君だからね。これはイラストじゃないけど、空間を図で捉えて紙に落とす。僕らはその手伝いをするだけ、いいね」
「その話、甘えたいお!!」
「それじゃあ決行は一週間後の金曜夜中に決定でゲス。クライアントにも伝えておくでゲスよ!」