ダンジョン学園で何かするお!
がらんどうの薄暗い部屋。
真ん中に置かれた生活感のない机、そのうえで淡い明かりを放つランプ。
机を挟んで立つのは二人の男……。
「すまない、名も知らぬ親友よ」
言葉を放ったのはスラッとした体型の男。
左手で何かを大切そうに持ち、右手で銃を構え、対峙する男に向けている。
向けられた男、太った彼は丸腰だ。
醜いほど哀しみに満ちた顔と、相手に何かを訴えかける目で立ち尽くしていた。
「どうしてだお……オイラたち、一緒に戦った仲間じゃないのかお!」
銃の男は、少しさみしい表情をしたように見えるが、目は座っていた。
「そう、一緒に戦った。でも、仲間ではなかったんだ」
「どうか、どうかそれを、渡してくれお……」
「できないよ……」
「大切な仲間たちに……持って帰ると! 約束したんだお!!」
「それは僕だって同じさ」
「でも! ふたりでなんとか仲良く……!」
「じゃあ聞くよ。これを巡ってどれだけの人間が散っていった?」
銃の男は、左手で抱えていた封筒を少し踊らせて見せた。
「散った希望の数だけ、誰かひとりのものにならなきゃ、意味がない。分かち合えるのなら、最初から誰も散らずに済んだ! 違うかい!?」
「ぐぬぬ……」
「僕たち二人でこの秘宝に辿り着いたけれど、二人のものになるわけがない……それは分かっていたことじゃないのか?」
「……そ、それは……」
銃を持った男は、構えた手に力を入れた。
「すまない。名も知らぬ親友よ」
「オイラの名前は……佐藤画咲……」
「胸に刻むよ。佐藤くん…」
……ズドンッ!
刹那、終了を告げるサイレンが鳴り、各所から歓声が上がった。
ほぼ同時にアナウンスで優勝者が告げられる。
『本年の百徒神祭、学園21区主催、高級部室、引っ越し権争奪、エアーガンサバイバル戦は、以上の優勝者に、決定、いたしました』
再び歓声は強くなり、各所でギャラリーが見守る大きなモニターには、現場で大げさなほどに転げまわる太った男性が映し出されていた。
「あ! 痛ッタイおおお!! 超痛いもう!!」
撃たれた佐藤画咲はスネを押さえてのたうち回る。
残念ながらこの物語の主人公である。
撃った本人は駆け寄って、必死に謝っていた。
「ごめんごめん、当たりどころが悪かったかな」
「もうう! ここに来て裏切って、しかもデブでも唯一肉の薄いスネを撃つかお!?」
「痛くしないように足を撃ったほうがいいかと思って……」
「せ、生徒会に訴えてやるお!」
「仕方ないじゃんか~、誰かひとりが残らないと決着しないルールだし……佐藤くんって言ったよね……堪忍してよ」
「やだお! 絶対にいやいや!」
「悪く思わないでくれ〜」
……
画咲の帰り道は、足取りが重かった。
文化祭の喧騒が賑やかであればあるほど、自分がみじめに思えて、さらに足取りは重くなる。
肩を落としながら、仲間が待つ部室へと辿り着いた。
「ただいまだお……」
「おかえり、中継で見ていたよ。惜しかったね」
「んーーー……」
画咲は軟体動物のように机に突っ伏すと、そのまま動かなくなった。
「かっちゃん、気落とすなよ……今の部室だって十分じゃないか」
「もう少し大きな部室に移れば、何かが変わると思ったんだもんげ……」
六畳一間に窓などない部室。
壁はコンクリートむき出しで味気ない。逆に言えばそこを自分たちで好きにリフォームしてよい。これがこの学園の標準的な部室。
どうして育ちざかりが心をはぐくむ部室という空間が窓もないのかは後々に分かる話だ。
もっともこの部屋は、アニメやマンガ、主にアイドルのポスターで彩られていて窓がなくても寂しさは少ないかもしれない。
この画咲という人間は運動とは無縁。しかし誰よりも動く、いや行動する。
今日は学園文化祭の真っ最中。不意に目にした高級部室争奪戦サバゲ―のポスターを見た彼は武器も持たずに単身で参加していたのだ。行動派とはいっても、向こう見ずなところがある。
彼はこう思っていた。もっと広い部室があれば、何かが変わると……。そしてそれには付き合いきれないが一応見守っている友達サークルの面々がいた。
「うーーーん。負けたお~。悔しいのう。悔しいのう…」
「かっちゃん。放送聞こえないから黙ってよ。雪紅葉に興味ないの?」
「雪紅葉 蘭。我が百徒神学園文化祭のメインイベントでトップアイドルの座に輝いた女生徒である」
画咲はこのようにして、ネットスラングや痛々しいナレーションを私生活に取り入れるオタクでもある。
「なんだよ、そのノベルゲームっぽいしゃべりかた。放送が聞こえないって言ったでしょ」
「広い部室に引っ越すぞって出て行ったり、変なアイディアばっかり出してみんなを振り回したり。最近、何が不満なのさ?」
「いぶかしげなコイツは、フミフミこと佐藤文絵。中肉中背、すべてのラノベ主人公はこいつがモデル。同級生にして吾輩と同じ佐藤という名字だ」
「だからやめろっつの」
「うんむぅ。ごめんなり……」
「はーあ。それで? 日々に何か不満があるわけ?」
「いやね、オイラたちってこのままで良いのかなって、最近考えちゃうんだお」
「“オイラたち”ってなにさ。自分一人で鍛錬しなよ!」
「うむぅ…」
「焦りすぎだよ? 今まだ高1の秋なんだし」
「ああん! オイラたちはフツーの高校生とチガウチガウぅ! ここは自己実現の学園だお!? 入学の瞬間から夢へのカウントダウンでビーマイベイベーなんだお!」
「だからうちは少し長めの四年制高校なんでしょー? 自活も促す目的で学園都市だし。仕組みが複雑だから一年生のうちは学校生活に慣れてくださいって…入学ガイダンスでも…」
「ぴぎゃああ! 二年生から夢を目指すのでは遅いんだおおお!!」
「だったら尚更でしょ? イラストレーター志望の君は、こうしてる間にもイラストを描いて、パクシブにでも載せたらどうなのさ?」
「」
「本格的に黙るな!」
「うむぅ……ねえねえ。フミフミはさ、マンガ家になりたんでそ?」
「うん…まあね」
「具体的に、そのために、準備してるー?」
フミフミこと文絵は、パイプ椅子に深く腰かけ直して腕を組むと難しそうな顔をした。
「んーーー……。なーんもしてない」
「ほらほらぁ。なにか少し、焦りじゃないけど、これでいいのかなっていう思いが顔に出たお! オイラと何か一緒にしたくなってくるお!」
「うーーーん。……俺は今のところ、何もしたくないお。っと」
文絵は画咲の懇願する眼を見事に無視すると、手を前に精一杯伸ばしてリモコンを掴み、テレビの音量を上げた。
『今年の百徒神祭もトップアイドルの座に期待の新星! 雪紅葉 蘭! 圧巻でしたね生徒会長!』
『そうですね、きれいな歌声に一糸乱れぬ完璧な振り付け、そしてあの美貌。調律のとれた工芸品たる彼女は、カルデラ杯に燦然と輝く、まるで一輪の花。かつて伝説の学園アイドル“ユメ”に追随する勢いの』
『えっと、はい! それでは本日のGAKUEN9はここまで。生徒の皆さん引き続き夜の放送をお楽しみください!』
「うまくなったなぁ」
コメントの長い生徒会長に業を煮やして、キャスター学生が話を遮るのも上手くなってきた。と文絵は思った。
「ねーええ。セカンドフミフミは? 夢のためになんかしてるかおー?」
「セカンドって。なにかの予備みたいに言わないでほしいかもね」
目玉番組が終わり、小説の読みかけページに目を落とす華奢な男子に視線が集まる。
「それでそれでぇ? どうなんだお??」
「……なにも、してないかもね」
「こいつは “かもね” 佐藤かもねだ。小説家のタマゴにして生粋のアイドルヲタクだが」
「“かもね”じゃなくて、佐藤文人かもね。セカンド呼ばわりも嫌だけど、口癖を拾われるのもイヤかもね……」
「ってか待つお! それぞれ夢があるのに、誰も彼も何もしてないじゃん! 皆でなんかしよーよーー! じたばた!」
「自分ひとりでやればいいかもね」
「ほら、かっちゃん! 言ったとおりでしょ? 自分ひとりでやりなよ」
…………!!!
「自分ひとりで、だ…お? ………このあと繰り出された画咲のひらめきは、のちの日本史に重大な一石を投じることとなる……」
「始まった……」
「いーから、聞くんだお!!」
「あーはいはい、なんですか?」
「オイラたちで、アイドルやるんだお!!!!」