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第28話 熱い夜

◇◇


 デュドネは愉快だった。

 それもそのはずだ。

 無抵抗のまま町を占領し、今は領主の館という木造で立派な屋敷で勝利の美酒に酔いしれているのだから。

 酒場のマスターは快く兵たちに酒を振る舞い、農家は家畜のブタを差し出し、館の奉公人は料理に腕を振るっている。

 大歓迎と言っても過言ではない豪勢なもてなしだ。

 

「ガハハハッ! 前の領主はよほど領民たちに酷い仕打ちをしておったのだろうな! 若い女だから分別もつかなかったのだろう!」


 兵たち200人全員が酒に酔い、料理に舌鼓をうった。

 朝から始まった酒宴はもうすでに真夜中までおよんでいる。

 若い女たちは町の外に逃れたと聞かされた時は、デュドネのみならず兵たちの顔にも不満の色が浮かんだが、そんなことも忘れるくらいに酔いは回っていたのである。

 だがデュドネだけは違っていた。

 

「おいっ! あいつはまだか!?」


 周囲の兵に怒声を飛ばす。

 しかし兵たちはみな泥酔して夢の中だ。

 誰も返事をしようとしなかった。

 

「ちっ! どいつもこいつも浮かれおって! 王都に戻ったら言いつけてやる!」


 自分のことを棚にあげてデュドネは舌打ちした。

 ……と、そこに一人の兵が彼の前に姿を現したのである。

 それはデュドネが心待ちにしていた男だった。

 彼はデュドネに進言した。


「少将。寝室をご用意いたしました。御案内いたします」


「うむ、そうか……。ところで……『アレ』は用意してあるんだろうな?」


 デュドネの顔にいやらしい笑みが浮かんでいる。

 『アレ』とは言うまでもなく『若い女』のことだ。

 兵は頭を下げたまま、返事をした。

 

「はっ! 『熱い夜』を過ごしていただくにじゅうぶんな『アレ』をご用意させていただきました」


 デュドネはますます口角を上げた。

 ゆっくりと立ち上がった彼は、「はぁー」と兵に酒臭い息を吐きかけた。

 

「よくやった。今のは俺からの礼である。俺様の息を体に沁み込ませて精進せよ」


「ありがたき幸せにございます」


「グヘヘ。では早速、デザートをいただくとしようかのう」


 何の疑いもせずに、肥えた腹を揺らしながら兵の後ろをついていくデュドネ。

 そして2階にある領主の寝室までやってくると、甘い香の匂いによだれを垂らした。

 

――ガチャッ……。

 

 兵がドアを開けた瞬間に、待ちきれなくなったデュドネは部屋の中に駆け込んでいく。

 しかし直後、彼の酔いはどこかに吹き飛んだ。

 

 

「な、なんだこれは!?」



 なんと部屋の中には大量の藁が敷き詰められているではないか。

 しかも足元がぬめっている。

 唖然とした彼であったが、まがりなりにも軍人だ。

 身の危険を察知し、無意識のうちに部屋のドアの方へ駆け戻ってきた。

 

 しかし……。

 

 

――ドゴォンッ!



 鋭い蹴りが彼の大きな腹を襲うと、彼は部屋の中に逆戻りされてしまったのである。


「ぐへっ!!」


 つぶれたカエルのような声が漏れ出る。

 激痛の走る腹を抑えたまま、彼はドアにいる人物に目を向けた。

 それはつい先ほどまで彼を案内していた兵だ。

 

「き、貴様ぁ。自分が何をしているか分かってのことか!」


「ああ、もちろん分かっているさ。少将には『熱い夜』を過ごしていただきたい、ただそれだけだ」


「なんだとぉ!!」


 いきり立つデュドネだが、大量の酒と腹痛が体の自由を奪っている。

 そんな彼を見下ろしたまま、兵は腰から取り出した火打石をカチカチと鳴らした。

 それを見たデュドネの顔色が変わった。

 

 

「そ、それは……! おい、おい! 変な真似はよせ! 何が望みだ!? 言ってみろ!」


「望み? ふはははっ! 笑わせるな、少将殿! 望みなど一つに決まっているだろう!」



――カチッ!



 火花が兵の足元の藁に小さな火を作る。

 その藁にしみ込ませてある油によって、みるみるうちに部屋は炎に包まれた。

 

 慌てて這うように進んできたデュドネは、兵の足元にしがみつきながら泣いて懇願した。

 

 

「じょ、冗談が過ぎるぞ! 貴様の望むものなら何でも叶えてやる! だから早くここから出せ!」


「そうか……。なら遠慮なくいただくとしよう」



――ガッ!


 兵は右足のつま先でデュドネのたるんだ顎を蹴りあげる。

 

「ぎゃっ!」


 そして短剣を抜くと、仰向けに寝転がった彼の胸元の勲章をはぎ取った。

 

「ひいっ! な、何をする!? 貴様は何者だ!?」


 その問いかけに、兵は目深にかぶっていたかぶとを脱いだ。

 そしてニヤリと口角を上げながら答えたのだった。

 

 

「我が名はジェイ・ターナー。冥土の土産にこの名を持って行くがいいさ」


「ジェイ・ターナーだと……。馬鹿な……。『彗星の無双軍師』は権力争いに敗れて失脚したはず……」


「権力争いだと……?」


 

 ぴくりとジェイの眉が動く。

 しかしのんびりと問い詰めている暇はなさそうだ。

 

 ますます炎が高くなり、ついに天井を焦がし始めた。

 階下からは「焦げくさくないか?」と訝しむ王国兵たちの声も聞こえ始めている。

 汗をかいたことで、ようやく酒が抜けたデュドネは、大声をあげて助けを求めようとした。

 

「おいっ! 誰か……」

――ズンッ!


 しかし彼の言葉は最後まで発せられることはなかった。

 ジェイの短剣が深々と彼の胸を貫くと、デュトネは一撃で事切れた。

 ジェイは燃え盛る部屋から素早く出るとドアを閉めた。

 そして鬼のような形相でつぶやいたのだった。

 


「二度と失うものか。守るべき大切な人を……」



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