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第22話 幸せのオレンジティー

………

……


 朝食後。

 ジェイ、マインラートさん、私の三人で作戦室に向かった。

 しかし、部屋の前で立ち止まったジェイが淡々とした口調でこう告げてきた。


「リアーヌ。悪いが席を外してくれるかい?」

 

 突き放すかのような冷たい物言いだ。

 むっとした私は即座に言い返した。

 

「な、なによ! 私をのけ者にするなんてあんまりじゃない!」


 私が口を尖らせたのが意外だったのだろうか。彼は何度かまばたきをした。

 しかしそれもつかの間、今度は穏やかな口調で語りかけてきたのだった。

 

「ごめんよ、リアーヌ。元軍人であるマインラート殿と二人でじっくりと話し合いたいんだ。それとも君が監視していないと、俺が逃げ出してしまうのではないかと疑っているのかい?」


「それは……」


 ジェイがニコリと笑みを作る。

 表裏のないその笑顔に私は言葉を失ってしまった。

 一方のジェイはマインラートさんの方へ視線を映した。


「マインラート殿を俺の『監視』につけてくれたらいいさ」


 確かに作戦会議に私がいたって何も口を出せないのは分かってるわ。

 でもそんなに冷たくしなくてもいいじゃない!

 

(きっとジェイは私のことなんて頼りないと思っているんだわ)


 うつむいた私は上目遣いでジェイを見た。

 

(せっかくそばにいるのに、離れるなんてイヤなんだもん)


 ……なんてわがままを言えるわけがない。

 だから目で訴えたのだけど、ジェイは不思議そうに小首をかしげている。

 私はガクリと肩を落とした。

 そしてぶっきらぼうに言い放った。

 

「ではジェイのことは、マインラートに任せますからね!」

 

「かしこまりました。お任せください、お嬢様。ではお部屋にご案内いたます。ジェイ殿」


(そこは『私には荷が重すぎます。リアーヌ様』でしょ! まったく気がきかないんだから!)


 部屋の中に消えていく二人の背中に、べぇと舌を出す。

 気分を落ち着かせるために紅茶でも飲まなきゃやってられないと考えた私は、食堂へと向かったのだった。

 

………

……


 領主の館にはマインラートさんの他にも二人のお手伝いさんが住み込みで働いている。

 一人はコンランドさん。四十歳の彼はシェフ。寡黙ですごく真面目な人だ。

 もう一人はマーガレット。この町で生まれ育った彼女は14歳。私の身の回りのお世話をしてくれている。くりっとした大きな目が特徴的な可愛らしい女の子だ。

 コンラッドさんが淹れた紅茶を持ってきてくれたのはマーガレットだった。

 純白のカップに透き通った琥珀色の液体が揺れるたびに爽やかな香りが鼻をくすぐる。

 しかし私の気分は甘美な匂いだけでは晴れそうにない。

 

「どうして男の人ってあんなに鈍いのかしら!」


 大きな声で独り言を漏らしながら、食堂の端で控えているマーガレットへちらりと視線を送る。当然、同意を求めるためだ。

 しかしマーガレットは困ったように目を伏せた。

 どうやら触らぬ神に祟りなしを決め込んでいるみたい。


「ふん! いいもん!」


 やけくそになりながら紅茶を口に含んだ。

 すると次の瞬間……。


「まあ……。美味しい」


 爽やかな柑橘系の味が口いっぱいに広がったのだ。

 南国の青空を思わせる爽快感が口から頭へと抜けていくと、それまでのイライラがどこかへ吹き飛んでいった。

 目を丸くした私を見て、マーガレットがはつらつとした声をあげた。

 

「そちらはオレンジティーでございます!」


「オレンジティー?」


「はい! オレンジの果汁が入っております」


「オレンジ?」


 私が首をひねるのも無理はない。

 ヘイスターでオレンジを栽培している人がいないからだ。

 さらに町は外からの商人があまりこない。来たとしても生活必需品くらいしか取引をしないことになっている。

 つまりマーガレットがどこでオレンジを手に入れたのか不思議でならなかったのだ。

 すると彼女は頬をかすかに赤く染めながら告げてきた。

 

「ジェイ様です!」


 さらに私の目が大きくなる。

 

「ジェイが?」


「はい! ジェイ様がリアーヌ様にオレンジティーをお入れするようにと、オレンジをくださったのです!」


「まあ、そうだったの!」


 私が高い声を出すと、マーガレットは興奮気味に続けた。


「朝食後、リアーヌ様が席を立たれている間にジェイ様がわたくしにこうおっしゃったのです!」


――リアーヌ殿の目の下に大きなくまがある。昨晩はよく寝れなかったんだろう。だから少し休ませた方がいい。肝心な時に領主に倒れられたら民の士気に関わるからね。リアーヌ殿はこの町でもっとも元気でいてもらわなきゃ困る御方だ。


 マーガレットがジェイの口調を真似た。妙に上手だ。

 でもそんなことより、ジェイが私の体調のことを気づかってくれていたことが嬉しくて、胸の鼓動が高まっていく。


「ジェイがそんなことを……」


「ええ。そこで腰につけた袋からオレンジを取り出されたのです」


――朝食後に彼女はもう一度ここを訪れるだろう。その時はこのオレンジを熱い紅茶に絞ってお出しするんだ。オレンジにはリラックス効果があるから。オレンジティーを飲めばリアーヌ殿もぐっすりと眠れるはずさ。


 体がかっと熱くなる。


(冷たく突き放したのは、私のあきらめの悪さを知ってたからだわ!)


 とっさに言葉が出てこない私に対して、マーガレットはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ジェイ様は最後にこうおっしゃいました!」


――それに大きなくまがあっては、せっかくの可愛い顔が台無しだからね。


「へっ!? か、か、可愛い!?」


 ボンッと音を立てて頭の中が爆発した。もちろん錯覚だ。

 顔が真っ赤に染まっていくのが自分でも分かる。

 マーガレットがニヤニヤしながら見てくるのが恥ずかしくてならなかったけど、私の脳裏は「可愛い顔」という単語で埋め尽くされていて、文句の一つすら浮かぶ隙がなかった。

 しばらく私の反応を楽しんでいたマーガレットは、

 

「では、リアーヌ様! ごゆっくりオレンジティーをお楽しみください!」


 そう言い残して立ち去っていった。

 

(ジェイが私のことを可愛い……。可愛いですって!!)


 ティーカップの中の紅茶に目を移す。

 かすかに揺れる紅茶の波に、ふと浮かんできたのはジェイの微笑み。

 顔が自然とほころんでいった。

 

「にゃふふふふ!」


(愛情たっぷりの紅茶を美味しくいただいて、少しだけ横になろう! 絶対に素敵な夢を見られるはずだわ! うふふ!)


 そんな風に幸せにひたっていた。

 とその時……。

 

「やいっ! 姉さん! 町が危機的な状況だってのに、なんで気持ち悪い笑い声をあげてるんだよ!」


 ヘンリーのとがった声が私の背中に突き刺さったのだった――。

 

 



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