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第16話 三日月の夜に起こる最初の奇跡①

………

……


 リーム王国がヘイスターの町へ攻め込んでくるまであと3日……。

 ううん。既に日は落ちて、夕食も終え、あとはベッドに潜るだけだから実質は残り2日ね。

 私、リアーヌは自室から夜空を眺めていた。

 今宵は三日月。青白い月の光がこうこうと降り注いでくる。

 美しい景色の中にあっても、私の心は晴れなかった。

 

(はぁ……。もうダメなのかしら……)


 けっきょく皇都からの助けは何もなく、戦争の準備らしい準備は整っていない。

 「あきらめちゃダメよ!」と周囲には言っているけど、正直言って私自身はあきらめかけている。

 でもそう口にすることで、相手だけではなくて自分を奮い立たせていたのだ。

 

(こんな状況じゃあ、奇跡でも起きない限り無理だわ……)


 奇跡という単語で、ふと浮かぶ一人の男性の顔……。

 

(ジェイ様……)


 数々の絶体絶命の戦況をくつがえしてきた『彗星の無双軍師』。

 もし彼が今この町にやってきてくれたなら……。

 

(そんな奇跡、おとぎ話でもありえないわ)


 もう一人の私が冷めた口調でさらりと言う。

 そうよね、と納得し、今日はもう寝ようと決めた。

 

 ……その時だった――。

 

「リアーヌ様!!」


 部屋の外からマインラートさんの声が聞こえてきた。

 しかしいつもと様子が明らかにおかしい。

 低くて渋みのある声ではなく、高くて突き抜けるような声だったのだ。


「マインラートさん! どうしたんですか!?」


 私は寝巻き姿のままドアを開いた。

 すると血相を変えた彼の顔がずいっと近づいてきた。

 

「ほ、ほ、本当だったのです!!」


「はい? 何がですか? とにかく落ち着いてください!」


 近くのテーブルに置かれたコップに水を注いでマインラートさんに手渡した。

 それをぐびっと飲み干した彼は、呼吸を整えると力強い口調で言い放った。

 

「あきらめなければ希望は現実に変わるということです!」


 ズンと心に響く言葉。

 自然と目が見開いていく。

 するとこわばっていたマインラートさんの顔がみるみるうちに笑顔に変わっていった。

 そして彼は弾むような口調で告げてきたのだった――。

 

 

「ジェイ・ターナー様がこの町にこられたのです!!」



………

……


――お供も引き連れず、みすぼらしい格好のまま一人でふらりと酒場に来られたのです。一言もしゃべろうとはしませんでしたが、あの方は確実にジェイ・ターナー様でございます!


 いてもたってもいられなかった。

 寝巻の上からカーディガンを一枚羽織っただけで外へ駆けだす。

 冬の訪れを感じさせる冷たい風が、ほてった頬に当たると、沸騰した全身が少しだけ落ち着いてきた。

 それでも頭の中は一つのことでいっぱいだった。

 

(ジェイ様が近くにいる!)


 いったいなぜ?

 なんのために?

 そもそもマインラートさんの見まちがいではないの?

 

 いつも冷静な自分が冷水を浴びせ続けてくるが、馬車馬のように足は止まらない。

 ランプも持たず、三日月と星々の明かりだけが頼り。

 でもこの道は何十回と通った道。

 領民たちと一緒に笑顔で通った道なのだ。

 小さなでこぼこですら、体がしっかり覚えている。

 

(この道を領民の血で汚してたまるもんですか!)


 奇跡が近づくにつれて、深くしまいこんでいた欲望が芽吹く。

 そして気づけば酒場の入り口を勢いよく開けていた。

 

――カラン。カラン。


 鐘の音は以前と変わらない。

 変わったのは私の方で、今度は戸惑うことなく一直線にカウンターへ向かった。

 

「クリオさん! ジェイ様はどこ!?」


 すごい剣幕。それに早口だったと思う。

 クリオさんは目を丸くしたけど、すぐに穏やかな表情に戻して言った。

 

「宿ですよ」


「宿?」


「ああ、ホレスさんの食堂は2階が宿になっているんですよ。といっても客なんて数年ぶりでしょうがね」


「ありがとうございます!」


 ホレスさんの食堂はここからすぐだ。

 私は急いできびすを返す。

 すると背中からクリオさんが声をかけてきた。

 

「ジェイ様はこの町を救うつもりはないそうです!」


 ピタリと私の足が止まる。

 クリオさんは続けた。

 

「皇都を追われたジェイ様は、たまたまこの町に立ち寄っただけ。明日には国境を越えてリーム王国に入られるそうです!」


 私は振り返らずに言った。

 

「それがなんだって言うのですか?」


「ジェイ様は苦しんでおられます。わずか数年間で恋人のクローディア殿下だけではなく、地位も名誉も失ったのですから……。数年前の記憶すらないそうです。そのお姿は、輝きを失い、固い氷で閉ざされているようでした」


 クリオさんとジェイ様の間に何があったのか分からない。

 でも彼の言葉は私の心に火をつけた。

 

「だったら私がジェイ様を再び輝かせて見せます!! ヘイスターの町を救う星になるのはジェイ様しかおりませんから!!」


 ありったけの大声で宣言した私はクリオさんの顔を見ることなく酒場を後にした。

 覚悟は決まっている。

 あとは何としてもジェイ様を説得するだけだ。

 

――あきらめなければ『希望』は『現実』に変わるわ。


 クローディア様の言葉を胸に秘めながら、私はジェイ様がいる宿へと入っていったのだった。



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