8.年齢は人外
彼女は俺の向かいに座り、クッキーを美味しそうに食べながら、俺に話しかけてきた。
「勇翔や、勇翔や。おぬしはクッキーを食べぬのか?美味しいぞ、千子の作ったものは。何しろ長年の積み重ねによってプロ以上の腕前になっているからの!」
「…そんな大したものじゃないぞ。折角だ、エリカもメオンも食べるなら追加を作ってこよう。ちょっと席を外すぞ。」
そう言って表情には出ていないのだが、体から発する雰囲気はとっても嬉しそうにしながら、千子さんはさっきひょっこり現れた部屋に戻っていった。多分そこが台所なのかな?
…あー!一番聞きやすい千子さんがいなくなっちゃったぞー。
…すごくおいしそうなんだけどさっきの疑問が気になって食べるどころじゃないんだよなぁー…どうしよう。
…よぅーし、こうなったら失礼を承知でエリカさんに思いっきり聞いてしまえーーー!!!
「…あの!失礼を承知で聞いてもいいですか。」
「なんじゃ?聞きたい事があったらさっさと聞いてしまえ。疑問は解決できる時にしておくのがよいからの。」
「…エリカさんの年齢はおいくつなのでしょうか?メオンを引き取ったと聞きましたが、どう考えてもそれは不可能だと思われます。もしかしたら見た目と年齢に若干差があるのでしょうか?―――更正力を上手く行使したりして。」
エリカさんのクッキーを食べる手が止まった。そして面白そうにニヤリと笑うと、衝撃的なことを言った。
「正確な年齢はちと忘れてしまったがの、ワシは約1000年以上生きておる。見た目は18歳の時から変わっておらぬぞ。なんとな、更正力を使ってここまで年齢を伸ばしているのだ。…まぁ、ワシは死なぬから寿命なんてものはないのじゃが。」
せ、せ、せ、1000年!?
は、はぁーーーーー!?まさかの人外なご年齢でしたか!!そして、おまけに不老不死!
…嘘だぁーー!そんなこと言われたって、おお、そうなんですかーすごいですねー、なんて普通言わないから!どう考えても彼女の見た目は少女だし!
そんなの絶対信じないから!
「し、し、証拠を見せてください!1000年以上生きてきた証!」
「ううん…証拠と来たか。そう言われてものう―――お、これならどうじゃ?ワシの『思想迷宮』でこれまで生きてきた中で見た後景を体験させるというのは。ちゃーんと、ワシの想像で作ったものでないと約束しよう。まぁ、見れば作ったものでないことなどわかると思うがの。」
そう言って彼女は突然前かがみになって俺の目を覗き込んできた。そのせいで俺は思わず後ろに体を引いてしまった。
…だって近くでその整った顔見せられるのは流石に困るっていうか…それに、そんなに近くに寄ってこなくても目が合えばそれで大丈夫なんじゃないかなぁ…。
「ククク…年頃の女子の顔を近づけられるのは慣れないかのう?まだまだ小童じゃの。」
「っつ!…本当に貴方の年齢が1000歳超えてるなら、確かにあなたから見れば俺は子供かもしれませんけど!そんなことはどうでもいいからさっさと証拠見せてください!」
「おうおう、焦りおって可愛いのう。ではやってみようかの。目を逸らすことのないようにな。―――『思想迷宮』。」
そう呟くと、彼女の瞳は闇色から紫苑色に変わり、俺はその瞳に吸い込まれていくように意識が段々と遠くなっていった―――
――――――…そして俺が思想迷宮に入ってしばらくのこと。エリカさんは俺が体験していることを思想迷宮の外で見物しているようだ。…自分だけ安全圏にいるのはちょっとずるくない?
ん?俺が今何を体験してるのかって?それは勿論、全身に鎧を着た日本武将達に襲われる体験さっ!
『いたぞー!あっちだー!追えー!』
「はぁ!?なんでこんなものが飛んでくるの!?…うおっ!!ちょ、やめてやめてやめて!刺さっちゃうからーー!!!」
「ぷ、ククク、アッハッハ!…そんなに焦らなくとも大丈夫じゃのに、何かあったらワシが止めるわい。…これなら見ていて飽きぬわな。それにやっぱり振り返ってみると懐かしいの。」
「はぁ、はぁ、ぞろぞろとこんなに大軍連れてきてっ、一体何したらこんな大勢の人達から怒り買えるんですかー!」
武将に追っかけられてるってことはここはもしかして戦国時代とか?エリカさんいつから日本にいたんだよ!しかもよりにもよっていい思い出とかじゃなくて、この思い出をわざわざチョイスするか!?
「確かこれは、将軍の大事にしていた物を盗んだのが原因だったかのう。」
「何で人のもの盗んでるんですか!!!うわぁ!!ちょ、あぶねっ!はぁ、はぁ!…もう!こんな事になるってわかっててやっただろ!!しかも、わざわざ走って逃げなくても更生力使えば乗り越えられるはずだしさぁ!」
「仕事の依頼内容がそれを手に入れてくることじゃったからのう。追っかけられるのはわかっておったのじゃが、もう少し余裕がある予定がちょっと失敗してしもうてな…。だが、普通じゃ体験できないないことを経験出来て、結果オーライじゃったわ。それに、更生力をここで使ってしまったらあまり面白くないじゃろう?クックック…。―――そらそら、頑張れ頑張れ。…これこれ、そっちに行くと二手に分かれて追って来ていたもう一方の大軍がいるぞい、絶対に挟まれるのう。」
「なっ!ちょっと!そういうことは早く言ってくださいよ!性格捻くれてるな!くそっ!はぁ、はぁ、…絶対にあんたの手なんて借りずに乗り切ってやるっ!」
―――その後も俺はたくさん無茶なことを体験させられた。誰かさんの城に潜入してまた追っかけられたり、船の上から縛られて投げ出されそうになって命乞いしたり、結局投げ出されてサメに襲われて夢中で海の中を泳いだり。
まぁ、他にもいろいろあったが俺はやっと現実に帰してもらえた。
…ここ二日でいろいろな体験しすぎじゃない?
「―――…すみませんでした認めます貴方は1000歳超えてますスゴーイ。」
「む、何だか投げやりになってはおらぬか?全く、おぬしが見たいと言ったから見せてやったのに。…今おぬしに体験させたのは、ワシが更生力を使わずに成功させた仕事シリーズだぞい。まだまだ他のシリーズを体験させてもよいのじゃぞ?時間は今の体験で20分しか使ってないからの。」
「…絶対、思想迷宮内での体験って20分程度じゃ無かったんですけど。」
「今は迷宮内の時間経過を現実より早くしていたからの。1時間の体験を一瞬にすることもできるのじゃ。」
「じゃあ、どうして俺の体験は一瞬にしてくれなかったんですか?」
そして丁度、千子さんがクッキーを持ってきた。
…この人もしかして、焼き上がる時間に合わせて俺が思想迷宮から出るように時間調節したのか!
それに気づいた俺が彼女を見ると、彼女はニヤニヤと笑う。
「千子のクッキーを出来立てで食べぬのは駄目じゃ。疑問も無くなったことだろう、落ち着いてどんどん食べぃ。」
「…じゃあ、いただきます。」
ちっ、完全に負けた…!
…この人は多分、誰よりも上を行く人なんだと実感する。千子さんが何で逆らえないのか理由がわかった。
―――年齢誰よりも上だしな。
千子さんが大人しく食べ始めた俺を見て不思議に思ったのか、エリカさんに問い詰める。
「…エリカ。お前、勇翔に何かしただろ。」
「年齢を聞かれたから答えただけだぞい。あと、証拠も見せろと言われたからみせてやったんじゃ。ク、ク、ク…。楽しかったのぅ、勇翔?」
「―――トッテモ楽しかったデス。」
「勇翔が絶対無理しているように見えるんだが…あまりこいつで遊ぶのはやめろ。」
「わかっておる、わかっておる。勇翔は大切なのじゃから、そんな無理はさせぬ。…たまにはさせるがの。」
…俺、エリカさんのおもちゃにされてるのかな。
メオンくんの詳しい生い立ちについては切りのいいところで番外編として出す予定です。