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「―――それで、聖女様は凄いお方なんですよ。
例えば『寺子屋』は、誰でも文字や計算などの教育を受けれるようにって聖女様が作られたものなんです。
おかげで孤児院の子であっても冒険者以外の道…、仕事が選べるようになりましたし、孤児院には必ず聖女様の像が飾られているんです。」
これから雇用関係になるかもしれないのだから。と、多少無理を言ってフランに敬語をやめさせた。
そのおかげで、打ち砕いて喋ってくれるようになったが、そうでなくとも聖女様の話になると止まることを知らないみたいだ。
「へー。凄いのはわかるけど、私だったら自分の名前が都市の名前になるなんてやだなぁ……」
「それ…街のなかで言わないでくださいよ…。」
「さすがに他の人の前では言わないから安心して」
そんな風にフランから聖女様の逸話を聞いていると、御者台にいるフォルトがこちらに声をかけてきた。
「フラン。
街に着く前にマリンさんの髪を隠しておきたいから、荷物から服を一式見繕ってあげなさい」
「はーい、お父さん。」
(止めてくれてありがとう、フォルトさん…)
やや暴走気味に語っていたフランは話を止め、真凜をチラリと一瞥すると詰まれていた木箱を動かしていく。
「そういえばマリンさん、靴ってどうしたんですか?」
「師匠の魔法が暴走したせいで、着のみ着のまま出てきたからね…。」
「だから、そんな変な服着てるんですね」
薄々思ってはいたが、服装のことは触れないでいてくれてたのだろう。
乙女に言うことではない。と、少年の優しさが身に染みる。
「ちなみに『自宅警備員』ってどういう意味なんですか…?」
「……。
師匠のおふざけだから気にしなくていいよ。」
だから、まさか言語魔法が服にまでかかっているとは思わなかった。
恥ずかしい意味が書かれた英字Tシャツを着てアメリカにでも行くようなもんだ。
架空の師匠に罪を重ねておきながら、心の中では悶絶しておく。
「うーん…、マリンさんは赤系よりかは青系だな…」
しばらくすると、目当てものが見つかったのだろうか。
フランは箱からワンピースや靴など一式を取り出し、手渡してくれる。
「それでは僕は一度出るので、着替え終わったら声かけてくださいね」
「ありがとう」
お礼を言うと、フランはぺこりと頭を下げて父親のいる御者台の方へ天幕くぐり居なくなった。
誰も居なくなった馬車内で、スマートスピーカーを適当な木箱の上に置く。
「……やることはいっぱいありそうだな。」
手渡されたワンピースに着替えつつ、頭の中を整理していく。
とりあえずなんとしてでも、衣食住の確保はしたい。
そのためには、これから待ち構えてる仕事の試練をクリアしなければならない。
「この服も高そうだしな…。」
ワンピースは紺色に白のラインが入っているシンプルなものだった。
しかしよく見れば、ところどころ金糸で模様が入っており、手触りもいいため相当な値段がするものだと考えられる。
動きやすい膝下丈の長さで、一緒に渡された靴はヒールのある踝丈のブーツ。長さもバランスがとれている。
少年が選ぶにしては大人びているが、とてもセンスがいい。
「おーい、着替えたよ」
天幕の外に声をかけると、フランが戻ってきた。
「良かった。サイズは大丈夫そうだね」
「うん、平気だよ。
というか、怖いぐらいちょうどいい。」
服は真凜の体型に合わせて作られたかのように、ぴったりのサイズであった。
そう。タグなどなかったから、オーダーメイドであろう品なのに、だ。
「お父さんに着いて仕事しているから、かな?
大体の服のサイズは見れば分かるよう訓練してたし、そこから荷物にある見本品と照らし合わせただけですよ」
「フラン君は…優秀なんだね…」
もしかしたら、とんでもない子供なのではないだろうか。
自分の3サイズがほぼばれているのは戴けないが、誉めれば素直に笑顔を見せるフラン。
こういうところは年相応の少年らしさがある。
「マリンさん…その…、お願いが一つあるんですがいいですか?」
フランは少しそわそわとした様子で、そう口を開く。
「髪のことは僕に任せてください!
上手いこと綺麗に隠しますんで!!」
キラキラとした瞳で懇願してくる。
どれほど聖女様信仰がこの国で一般的なものか分からないが、黒髪とはそれほど憧れのものなのかもしれない。
「うん、いいよ。お願いがするね。」
「ありがとうございます!!」
断れるはずもなく二つ返事で了承すると、フランにとても感謝される。
(感謝するのは私の方なのにね…)
馬車に乗せてくれて、服まで貸してくれた恩人だ。
むしろこんなことで喜ばれるのであれば、安いものである。
フランはおずおずと真凜の髪に触れて、ため息をこぼす。
「ぅわぁー。本当に綺麗ですね…
一体何使ったらこんなに綺麗になるんですか…」
揺れる馬車の中にも関わらず、フランはリボンを使い編み、綺麗にまとめあげていく。その表情は真剣そのものだ。
「はぁ…楽しかった…」
そして完成したのは、自分では出来そうもない…
―――まるでパーティーに行くかのように、ところどころ編み込みが入ったアップスタイル。
「フラン君、すごい器用だね」
「貴族様相手にはさすがにしないけど、上等なお客様には服を選んでもらう際にイメージがつくよう髪型をセットしたりすることがあってね…。
けど、これを隠しちゃうのは勿体ないな…」
フランはそう言いながらも、服と同じ色のヴェールを取り出してくれる。
ヴェールの縁はレースをあしらわれていて、顔も覗きこまなければ分からないような作りになっている。
「面倒ごとには巻き込まれたくないから、私はいいけどね。」
「僕は、すごい残念です…」
完成した髪型を見て、フランはもう一度ため息をはいた。
王都に着きませんでした…。
明日は投稿お休みしますので、到着は明後日になります。
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