03 クレ村と烏 2
馬車での道中プラスαの話。
出発して20分程。時より大きく揺れながら荷馬車が進む。イルフは幌荷台の後ろ側で硬く梱包された木箱に毛皮を巻いた荷物を背枕に、いつも背中にある大剣を左手に置いている。
アルは乗った時から中をあちこち見渡し、出発してからは少し開いてる後部の幌の隙間から外を見る行為も加わった。けれど相変わらずイルフのローブの裾は掴んだままだ。時折、何か気になると
「イル!」
と呼んで手招きされる。
『ちゃんと呼ぶのは諦めたか?まあ、イルと呼んでくれるようになっただけでまた一歩だな』
ここ数日で一番元気そうなアルを見て、彼は少し表情を和らげた。イルフは指さされたものを説明してやるが、一緒に見て欲しいのが目的だろうから多分聞いていない。
「やっぱり馬車だと速いなぁ。アルの足に合わせてたから、ついついのんびり旅になりかけてたな。アル、その様子じゃ馬車、初めてか?どうだ乗ってみて。意外と揺れるだろう?」
イルフは座ってる床をポンポン叩き、手で跳ねるゼスチャーをしながら聞く。するとアルはコクコク頷いて、お尻を抑える。
「ハハハハ、ケツが痛いか!揺れに慣れればもう少し楽になるぞ。」
アルの頭をポンポン叩いてイルフは笑う。さっきから黙って見ていたターナが口を開く。
「…その子、アルちゃんかい?無口な子なんだねぇ。いろんな物に興味を示す割に、あんたの名前を呼ぶ以外全然話さないじゃないかい?」
「まあ、ちょっと…な。森で樹狼に襲われてたのを助けてやったが、それから殆ど話さない。この子を心配した女性に言われて街に行く所だよ。」
嘘は言っていない。だから言葉尻に違和感は出なかった。
「まあ!可哀想に!あんな大きな狼に襲われたんなら余程ショックだったんだねぇ。村には居ないけど街には治療士もいるはずだから、ちゃんと診てもらうんだよ?きっとお母さんも良くなる事を願ってるはずさね!」
同情したターナにいきなり引き寄せられハグされて目を白黒させるアル。やがて、気恥ずかしくなったのか、
「んーーっ!」
と抵抗して脱出すると、イルフの横に逃げ込む。
「おやゴメンね。力入れすぎちゃったねぇ。でも、子供がそんなに懐いてるんだ。イルフは悪人じゃないんだろうし、獣を倒したのも本当なんだろうね。」
ハハハと屈託なく笑うターナ。イルフは苦笑いで答える。
「で…だよ。残りの交渉といこうかいイルフ?」
「ああ、構わないぞ。その様子じゃ戦力が欲しい感じだが。」
「話が早いね!この先のクレ村の村長が害獣駆除の申請を準備してるのさ。でも今回もだめだろうね。」
「今回「も」?」
「ああ、そうさ。領主様どころか街の兵士すら力を貸してくれないのさ。烏退治なんて管轄外だ!猟師を雇え!てね。」
「はあ!?烏だぁ?そりゃ俺でもそう言うぞ。猟師は村にも居るだろうに怪我でもしたのか?」
「何言ってるんだい。村の猟師は5人ちゃんといるともさ!大量の烏にまとわりつかれて、リーダー格にはどつき回されて。みんな逃げ腰にもなるよぉ。」
「あー。リーダーが世代交代して急に群が厄介になる時あるよな。烏ってずる賢いしな。」
「そういう事さ。みんなこまっちまってね。だから、クレ村に寄ってほしいのさ。あたしとしては出来れば村長と話して、害鳥駆除もしてほしいけどね。話を聞くだけでもちゃんと宿に口利きはしてあげるよ?」
「…それって村やターナの利益が無いんじゃないのか?」
「たまたま村に立ち寄った冒険者が街の門番の前や冒険者ギルドで、「あの村は大変だな。村がなくなったりしたら領主さまもこまるだろうな」なんて口を滑らせてくれる…なーんて事も、ないとはいえないだろう?」
ターナは計るような笑いを浮かべる。
「おーけぃターナ。そんな冒険者がいるかは知らないが、アルをちゃんとした宿で休ませてやりたいのは事実だからこのまま向ってくれ。」
「話のわかる男は好きだよっ!」
「勘弁してくれ…。」
思わず脱力するイルフだった。
―――――迷いの森シャーリープラエタ―――――
精霊のシルウア。
彼女は自分の張った2枚の障壁越しに、【歪み】を見ていた。
内側の障壁の前。焼け焦げた景色を60ミル程の大蜥蜴がノロノロと歩いている。
歪みの周囲に時折走っていた黒く縁取られた稲妻が一つパリッと走り、
「ゲッ!」
と鳴いて大蜥蜴が絶命した。
稲妻が当たった背中部分が、その部分を抉られたかのようにただごっそり消えている。
「本当、厄介。」
眉をひそめてため息一つ。
「アルを此処に連れてきたら歪みが活性化する可能性を心配したのだけれど、そうはならなかったのは良かったと言うべきなのかしら。でもその代り…。」
シルウアは西の遠方を見つめる。
「彼はお願いを早めにこなしてくれると良いのだけれど…寄り道が多くなりそうな男なのよね。障壁を維持する時間はかなりあるのよ。でもね、いくらでもある訳じゃなくってよ?イルフ…。」
シルウアは森の守り手たる精霊に対して全く物怖じしなかった男に思考を巡らせる。そして彼の後を縋り付くようについて歩く、外から来た少年にも。
「あの子は…少し、可哀想…ね…。」
シルウアは、ほんの少し表情を曇らせた。
視界の外でまた稲妻が小さく音を立てた。
ターナの口調ですが、話し好きのお店のおばちゃん的なイントネーションを脳内再生してみるとバッチリです!(ナニガダ)
※二重に掲載されてた箇所を編集しました。