02 クレ村と烏
ゆるりとお話は始まりをつげるのです。
※前半、序章の内容と被る話となります。
同じ話をするなと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、
「本編は本編」というスタイルの筆者ですのでご了承ください。
「ーーーーぁぁぁあああああ!!」
「っうわ!ビックリした!!」
大声を上げて飛び起きた少年に、直ぐ横で焚火の番をしていた青年は飛び上がるのだった。
クアラルムという王国がある。東西約3600カミル(km)南北約1800カミルに及ぶ国で、形で言えばオーストラリアを酷く歪めた感じ…と言えば、ぼんやり形が浮かぶだろうか。
その国南西寄りにはシャーリープラエタという、東西に300、南北140カミルほどの広い森林があり、森の北側を迂回し王国を東西に貫くカナーン大街道がある。
その森沿いの街道脇の木陰。
毛皮を巻いた大荷物と荷袋を置いたローブ姿の青年と毛布を体に掛けた少年が夜を明かしていた。
青年の名はイルフと言い、少年の名はアルという。彼らは2日前、森を出て西に向かい始めていた。
「ぉー…また寿命が縮んだぞぉ…。えーと、大丈夫かアル。凄い汗だぞ?」
アルは焦点の定まらぬ目を見開いてゼエゼエ荒い呼吸をしている。
「また樹狼の時の夢でも見たのか?こりゃまだ暫くは離れてくれなそうだなぁ。」
アルにしっかり握りしめられてるローブの端を見てイルフは呟く。
イルフは森で狼の群れに襲われてるアルを拾ってしまい、森の精霊に絡まれ、面倒事を押し付けられて森を出、今に至る。少なくとも彼の認識ではそういう荒筋だ。
本当、大雑把である。
アルは、言葉が通じない。森の精霊――シルウア――曰く、
「【渡潜者】もしくは【流落者】」
ではないかと。
違う場所から渡ってきたか、意思に沿わぬ形で飛ばされてきたという意味らしい。
多分、後者だろうとイルフは認識してる。シルウアがいた時は【思考話術】という頭に直接話しかける術の手段があった為多少の意思疎通が出来た。
だが、彼女は森を見守る役目がある。森の精霊は当然のように森の外には付いてきてくれなかった。
「あー。シルウア便利だったのになぁ。アルが言葉を覚えるまで荷袋に一匹欲しい存在だったよ。ホント。」
本人が聞いてたら激怒しそうな何回か目の悪態をつく。
意思疎通手段を失って困ったのはアルも同じで、先程の夢の事を伝えたくて身振り手振りしていたが、伝わらないもどかしさに焦れて地面に絵を書いて補足しはじめた。
「アル…お前、絵が上手いんだな…将来絵描きになれるんじゃないか?」
イルフは頭をワシャワシャ撫でてやりながら地面の絵を見る。
「ふぅむ。樹狼の夢じゃなかったのか。森か林から何処かに落ちて、足下に何かウネウネがいて。そこから放り出された…と。ウネウネは、あの稲妻あたりか。」
彼はアルが出現した森の中の焼け野原の中心にあった歪みと黒っぽい嫌な感じのする稲妻を思い浮かべる。
「シルウアを通して、故郷の記憶が殆ど無いようだと分かってたが、全く思い出せないわけではないんだな。 まあ、話せるようになれば追々分かってくるだろぅ。
アル、朝までまだ数刻ある。もうちょい寝とくんだ。明日中には馬車が拾えるだろう。そうしたら少しは楽ちんだ。」
アルに寝るようにゼスチャーすると、イルフはまた火の番に戻る。
――――――――翌日―――――――――
早朝から二時間程。二人はこの旅で日課になり始めたアルの言葉の練習をしていた。
イルフが挨拶や物の名前など、発音して見せ、アルが真似をする。そんなやり取りだ。
その事の発端は森を出る直前だ。
精霊シルウアは、アルに言葉を覚えるように奨めていた。そしてその様子を他人事の様に見ていたイルフに振り向くとニヤリと笑って、
「て事で、アルの言葉指導頑張って頂戴。イルフ師匠♪」
不意打ちで告げたのだった。
あの笑顔を思いだし、眉をひくひくさせながらアルの先生をするイルフ。
「アル、次はこれな。これはナイフだ「ナ・イ・フ」言えるか?」
「ナ…イ…フュ?」
「んー、惜しいな。んじゃ次はこれ、鍋だ。「ナ・ベ」どうだ?
「ナビエ?」
「近いっちゃ近いなぁ。何となく、アルは“ハ”の行と“濁音がどうも苦手らしいな。 まあ、こういうのは耳も慣れないといけないから気長にいこうか。」
――数刻後――
二人の横を時折荷馬車が通り過ぎる。四頭立ての馬車が余裕をもてすれ違えるほどに幅がある大街道は、街道端を歩いていれば危険は少なく。
アルがローブを掴んで大人しく付いてくる分イルフさは気が楽だった。なので、歩きながらも色々な物を指差しアルに名前を教えてゆく。
『話しかけていればそのうち覚えるだろう。』
そんなやり取りをしていると、後から追い付いてきた幌つき荷馬車が横に並ぶ。
「おや、子連れの徒歩とは珍しいね。」
幌から人の良さそうな恰幅の良い女性が顔を出す。
『アルがいるからか、一人旅の時より声をかけられる。』そう思いながら、素っ気ない感じで返事をする。
「まあ、訳ありだよ。次の馬車停で乗り合いを待つつもりだ。」
「ふぅんそうかい。…ねえ冒険者のお兄ちゃん、子供に歩きは可哀想だよ。良かったら乗っていくかい?」
「……いくらだい?」
それを聞くと荷馬車を止めるように合図した女性はニヤリと笑う。
「いいね。ハッキリしてるのはあたしは好きだよ。銅8つでどうだい?」
「4だな。馬車停までそう遠くないだろぅ?」
「子供含めて二人分7かねぇ。 ああ、あんたら野宿続きなんじゃないかい?この先を南に折れた森沿いの村まで来てくれるなら、5でも良いよ。宿にも口を聞いてあげようかね?」
彼は、ん?と片眉を上げて女性の表情を見るが、特に変化はない。
「話が上手すぎだなぁ。何かあるのだろう?とりあえず6。あとは移動中の話次第だ。」
「あいよそれでかまわないよ。二人とも乗っておいで。」
一応警戒しつつ幌を覗いたイルフは、中にこの女性しか人がいないのを確認すると、馬車に乗り込みアルを引っ張りあげる。
御者に合図が入り。馬車はゆっくり走り始めた。
「まずは先払いしておこう。銅6だ。俺はイルフ。このこはアルと言う。」
「確かに。あたしはターナだよ。狭い馬車だけど寛いでおくれ。」
ターナはニッと笑い、御者台側の箱荷を背受けにする。
話は続きます。2日以内の更新予定です。
※一部違和感のある部分を微調整しました。