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昔話をしよう

 僕は目覚めたと同時に、気持ち悪い空気を吐瀉物と一緒に吐き出した。

「けほっ」

 肺から肉の腐った臭いが逆流してくる。

 

 なぜこんな道の真ん中で一人倒れていたのか、頭が状況を理解しようとして、脳に血を染み渡らせる。

 

 スッと鳥肌が立つ。

 

 どうして頭のない妖怪は消えたのか?自分はまだ本当に生きているのか?

 足は自然と家に向かっていた。考えても答えは出ないことは明白だった。残された選択は少なくとも安全だと思える場所に閉じ籠る事だけだと、早足でアパートに帰り、荒々しく鍵でドアを開け、部屋へ入りロックした。

 

 リビングへ入ると同時に目を疑った。そこにあったのは、見知らぬ女性が俺が拾ったカラスと向き合って、何やら話している光景だったからだ。

 

「どうやら部屋の主が帰ってきたようだね。」

 

 こちらが対応に困っているのを知ってか、あちらから話しかけて来た。


「勝手に家に上がったのは悪かった、謝るよ。」

 

 謝罪を述べているが、あまりに自然な振る舞いに、咎めるだとかそう言うことは思い付かなかった。彼女は、古いアメリカのロックバンドのTシャツを着て、デニムのダメージジーンズを履いている。

 どうにも状況が理解できないでいると、彼女は淡々と説明を始めた。


「まず君に話したいのは、何の用事があって他人の家に、ベランダから入るなんてことをした理由かな。」

 

 ああベランダの鍵を掛け忘れていたかもな、と思い返した。


「まあそんなところに突っ立ってないで座りなよ」

 

 彼女はリビングの床を叩いて催促する。するとカラスが場所を空けるように、隅へ跳ねていく。

 

「そんなことより、あなたは?」

 

 少し落ち着いたので、彼女の正面に座りながら当然とも思える質問をする。


「君はあんなことがあったのに、私が誰かなんて些細なことを気にするんだ。」


 笑っているのか、感心しているのか分からない表情で答える。


「それなら話すけど、信じるも信じないも君次第だよ?」

 

 彼女は特に嫌な顔もせず質問に答える。

 わざわざ前置きを置いた親切さが白々しくて、どうにも信じる気が起きないが、強盗や詐欺師の類いでは無い気がする。

 しかし、ふと思ったのだがさっき彼女は『あんなことがあったのに』と言った。それは頭のない妖怪に襲われたことを言っているのか?

 そうならなぜ知っている?一連の出来事を眺めていたのか?どうにも胡散臭い女だ。


「名前は山科聡子、職業はゴーストバスターをやってるわ。今日はその仕事に関係する理由でお邪魔したの。」

 

 『ゴーストバスター』とはなかなか馬鹿げた名前だが、要は祓い師だとかの類いだろう。今まで何人かは見たことがあるが、これほど若いのは初めてだ。

 別に妖怪が見える人間なんて世の中に一定数いるが、妖怪相手にどうこうしようなんて正気の沙汰とは思えない。


「そのゴーストバスターの山科さんが何の用なんですか?」

 

 不信感から敢えてとぼけた回答をする。


「あら、この職業を言うと大体冗談と捉えて笑うか、馬鹿にしているのかと怒られるんだけど、やっぱり『見える』子は話が早くていいわね。」


「さっき自分は、頭のない妖怪に襲われました。あなたが助けてくれたんですか?」

 

 仕方ないので、さっきから気になっていたことを聞いてみる。それに彼女は少し考える様子を見せて、答え始めた。


「直接に助けた訳じゃあないけど、ただ私はあなたが襲われるのを知っていたから、それを誰かに伝えて襲われるのを邪魔したってのが答えになるかな。」


「誰かって?」


「まあそう急がないで。こうして私が訪ねて来たのは、その子を君に紹介しようと思ったからなの。」


彼女はおもむろに、ジーンズのポケットから小瓶を出す。


「魔法の小瓶」

少し笑みを浮かべて、小瓶を指先で左右に振る。一瞬だけ中から光が漏れた気がする。


「ほら後ろ。」

 彼女がそう言うので、後ろを振り向く。

 そこには、二メートル近い壮漢が仁王立ちしてこちらを見下ろしている。

 「ヒィッ」

声に出るほどギョッとした。

一日に二度も心臓が飛び出すことなど異例だが、しかたない程不意の出来事だった。


「ははっ今の、驚き方猫みたいだったな。」

 彼女はツボに入ったようで腹を抱えているが、驚かせた当の本人である大男は険しい顔でこちらを窺っている様子だ。薄汚れた着物のような服装で、背中には背丈より少し短い木箱を背負っている。


「山科さん!なんですかこれ!」

 小瓶から大男を出すとはこれいかに。


 彼女はというと、「いやぁ、これを連れ歩くのは面倒だから、代わりに持ち歩いてたってわけ。こいつ目を離すとすぐどこかへ行くんだから、困っちゃってね。」

 などとよく分からん言い訳をしながら、小瓶をポケットにしまっている。


もう一度、大男の方を振り返ると目が合う。


「座っても宜しいか。」


少し間が空いて、目の前の大男が喋った事に気がついたので、「どうぞ」と彼が座る場所を空ける。

見間違いだろうか、彼の口は全く動いていなかった気がしたのだが。


「失礼する」


やけに堅苦しい動作で正座をする。背筋は反るようにピンとしていて、足はピクリとも動かない。


「彼ね亡霊なのよ」

山科と名乗る彼女は頃合いを見計らって話を始めた。


「私達がなぜあなたを助けて、あなたのところへ会いに来たのか、あなたを襲った妖怪はなんなのか、全ての答えを話すためにはまずは昔話をしましょう。」

彼女は川の流れのように流暢な語り口調で昔話を始める。


「そうね、話は12世紀頃に遡るのだけど時間を旅する準備はオッケー?それじゃあ、『頭のない彼』の方から話を始めるとするわ。」



「昔々あるところに心の優しい青年がいました。」

 

 開けきった窓の向こうでは、夜の街に電車の喧騒が響いていた。


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