エピローグ
エピローグ
ジョン=クラウド・マグナムの復讐劇は終わりを告げた。
神郷並びにその配下の大半を討伐し、囚われていた妹・アンネを救出したことで。
一年四ヶ月に及ぶ神郷体制は、神郷壊人の死亡によって崩壊した。組織のトップが死亡――それも復活した英雄によって殺害されたことは、アンネによって各地に大々的に発信される。それを聞いた神郷の部下の反応は様々で、ある者は戦いを選び、ある者は降伏を選んだ。ただ、吉報を得たのは各地で密かに育まれてきた革命の戦士達である。その者達は一斉に神郷の部下達と戦い、全ての町で勝利を収めたのだ。結果――各地にいた神郷の部下達は革命の勢いになす術もなく排除され、組織は完全に消滅した。
一連の出来事は、ジョンが神郷を討ってから三日と経たずに終結を迎える。それはひとえに、彼が陣頭指揮を執って最前線で戦い続けた結果でもあった。
各地でジョンの名は広まり、彼は誰もが称えずにはいられない救国の英雄となる。
そして――再び、ジョン=クラウド・マグナムは国王の椅子に座った。
これは、ジョンが自分自身で決めたことだ。その決定にアンネは喜び、兄が王になってからもそばでサポートをして、幸せそうに日々を過ごしている。
ジョンとアンネの兄妹によって、国は驚異的な速度で再建された。
■ ■
ジョンが王になってから一ヶ月が過ぎ――国が安定して平和を取り戻しつつある頃。
とある日、草木も寝静まる午前二時。
国の首都クリュザンテーメを間近に臨む荒野を、一人の男が歩いていた。
吹き荒ぶ風に黒のロングコートがなびき、時折黒のジーンズを覗かせる。白髪交じりの黒髪は風に揺らされ、色合いが違う黒い双眸は、一つは無機質に、一つは強い意志を宿して前を見据えていた。
その姿は紛れもなく――ジョン=クラウド・マグナムである。
ジョンは無言で闇夜の荒野を歩いていた。しばらく歩いていると、前方に見える何かを認め、足を止める。
「……ふむ。久しぶりだな、私の実験体もといジョン。いや、今はジョン国王と言うべきかな?」
そこには、白のブラウスに黒のタイトスカート、黒のタイツという服装で――その上に白衣を着ている少女が佇んでいた。
「顔を合わせるのは久しぶりなのに、随分なあいさつだな……エーデル」
ジョンの前に現れたのは、エーデル・アイブリンガーだった。彼女はジョンの返事に、作ったような笑みを浮かべる。
「貴様は英雄として謳われ、王として散々持て囃されたのだ。まあ、皮肉の一つでも言いたくなるわ」
「携帯電話で連絡は取り合ったし、今日ここに来たんだからそれでいいだろう?」
ジョンは肩を竦めて、軽い調子で言う。
すると、
「いいわけないでしょう! あたし達をほったらかしにしておいて! この馬鹿!」
突然エーデルの横からけたたましい怒鳴り声が聞こえた。
乱雑にまとめた青い髪のツインテールに、サファイアのように青い輝きを放つ瞳。白い長袖タートルネックに、黒のミニスカートとニーソックス姿の少女は、表情を険しくしてジョンを睨んでいる。
「お前は相変わらずうるせえな……リオン」
ジョンはその声から、エーデルの横にいたのがリオン・サンラムルだとすぐにわかり、あいさつもそこそこに苦言を漏らした。
「つーか、お前はここに何の用で来たんだ? まさか……」
「リオンはただ見送りに来ただけだ」
ジョンの問いに、エーデルは先んじて言う。ただ、それでもリオンは言い足りないのか口を挟む。
「そうよ。それよりも、ジョン……あんた本当にこの国を離れるつもりなの?」
「ああ。もう決めたことだ」
表情を曇らせて心配そうに訊くリオンに、ジョンは迷いなく答えた。
「それに……エーデルさんまでついて行くだなんて」
「ジョン以上の実験体はいないからね。まあ、拠点の移動には慣れている。むしろ、どうしてリオンがついて来ないかが不思議だわ」
「あたしは……クリノスの最後の生き残りとして、町を復興させる義務がありますから」
はにかみながら言うリオン。だが――そこには過去の辛い記憶を思い起こし、それでも悲しみを表に出すまいと振る舞う様子がどことなく窺えた。
「リオン……クリノスのことは、本当にすまないと思っている」
ジョンは頭を下げてリオンに謝った。
戦争の終結以降――ジョンは、エーデルとリオン、この二人とは顔を合わせていない。最後に会ったのが、エーデルは基地で、リオンはクリュザンテーメで残党狩りをしていた時だ。
クリュザンテーメでジョンは、リオンにことの顛末を全て話した。神郷が及んだ凶行の数々に秘められた理由や隠されたアンネの秘密を。ジョンは、クリノスの大虐殺を企んだのがアンネであると知って、リオンがアンネに憎しみを抱かないかと危惧した。リオンは冷静にそれを聞いていたが、ジョンは気が気でなく、クリュザンテーメで一度謝罪したのだ。兄として、妹がしたことに責任を感じて。
なので、久しぶりに会ってリオンがクリノスの話をした時、ジョンはもう一度謝らずにはいられなかったのだ。
「別に、ジョンが謝ることじゃないわよ。ジョンが悪いことしたわけでもないし」
リオンは、ある種達観したような風に言った。
「話を聞く限りだと、妹さんはジョンのためにやったんだよね? 大切な人のためなら、人間は何だってしちゃうんだよ」
「……リオン」
「それに、あたしは決めたの。悲しみを抱えて現在に停滞するよりも、悲しみを背負って未来に前進するんだって。だから、あんたが気に病むのはお門違いってものよ」
「そうか……ありがとうな、リオン」
「やめてよ、気持ち悪い。あんたは偉そうに威張っている方がお似合いだわ」
リオンの言葉にジョンは失笑した。
「けど、よかったの、ジョン? 妹さんに黙って去るつもりなのよね? せっかく一緒に暮らせるようになったんだから、この地に留まってもいいのに」
引き止めるつもりはないのだろうが、リオンは、ジョンとの別れを惜しんでか自然と口から出る。ただ、ジョンは首を横に振った。
「俺は、あの時気付いたんだ」
ジョンは振り向いて、クリュザンテーメの方を見る。
「アンネは俺が守らなければならないと思い、神郷から救い出す一心で戦ってきた。それは……アンネは優しいけど一人では生きていけない、か弱い存在だと思い込んでいたからだ。だけど、一年四ヶ月ぶりに会ってみると、全然違っていた。アンネは俺が守る必要もなく、一人で生きていけるほど強くなっていたんだ」
「でも、妹さんはジョンが好きなんでしょう? ジョンはどうなの?」
「俺だって好きさ、兄妹なんだから。俺が思うに、アンネは俺に依存していたんだ。同時に、俺もアンネに依存していた――つまり、共依存ってやつだ」
「……共依存」
「アンネの強さは俺のためじゃなくて他の人のために使って欲しい。また……俺の強さはアンネのために使う必要がなくなったから、他の使い道を模索しなければならない。そう気付いた俺は、お互いが自立するためにも、今別れた方がいいと考えたんだ」
「そのこと、妹さんに言った?」
「いや。黙って何も言わずに俺はここまで来た」
「いいの? あんたは救国の英雄で、現国王よ? あんたが突然いなくなったら国は混乱するし、何より、妹さんが悲しむわ」
「大丈夫だ。そのために一月も間を空けて国が安定するのを待った。それに――」
ジョンは再び視線をリオンの方に戻して、彼女を指さす。
「お前がいればこの国の治安は大丈夫だろう」
「そんな……あたしなんて、あんたに比べたら役者不足だよ」
「当たり前だ」
「えっ!? ここは『そんなことはねえ』とか言うところでしょ?」
「気休めで人が強くなるか。お前はお前であって俺じゃねえ。だったらお前らしく、お前にしかできないやり方で国を、そして人を守ればいいんだ」
「そっか……そうだよね。うん、あたし、がんばってみるわ」
リオンは心配を振り切るように首をぶんぶんと振り、胸の前で拳を握り締めた。
「まあ、安心しろ。アンネの方には手紙を置いてきた。それで何とかなるはずだ」
「手紙、か。それで何とかなればいいけどね」
そこでリオンは、手紙の内容を訊くようなことはせずに流す。
「わかったわ。こっちのことはあたしに任せて、あんたは気にせず行きなさい」
「ああ、頼んだぜ、リオン」
リオンはジョンと握手を交わす。そして、
「エーデルさん、今までお世話になりました」
「ふむ、こちらこそいいデータを供給してくれて助かったわ」
続いてエーデルとも握手をした。
「よし……それじゃあ行くか、エーデル」
「ええ」
ジョンとエーデルはリオンに別れを告げ、荒野を歩き出す。リオンはそんな二人の後ろ姿を、暗闇に溶け込んで見えなくなるまで見送った。
■ ■
『――最愛なるアンネへ――
突然手紙での別れになってすまないと思っている。悲しいとは思うが、俺だって同じ気持ちなんだ、どうか落ち着いてこの手紙を読み進めて欲しい。
もう一年五ヶ月前になるのか――俺が四肢と右目を失って、アンネが神郷にさらわれてから。あの時俺は何としてでも生き延びて、お前を神郷から救い出そうと思った。お前の言う通り俺は甘さを捨てて戦い、ついには復讐を成し遂げ、目的を達成する。ただ、それは全てアンネのためであって、他のことはどうでもよかった。俺はただお前が幸せでいてくれればよかったんだ。
全ての真相をお前の口から聞いた時は、かなりショックだったよ。お前は俺のために、そしてついでとはいえ未来の国のために一連の物語を思い描いたんだろう。だけど、そのためにどれだけの尊い命が失われたか。俺の仲間にリオンって少女がいる。そいつはクリノスの出身で、あの惨劇を目の当たりにしたんだ。
それを思うと、俺はお前との再会を素直に喜べなかった。悪く言えば、俺はお前に間接的だとしても四肢と右目を奪われたのだから。でも――俺はお前のことを一切恨んでいない。良く言えば、俺は科学者のエーデルや先述したリオン、他にも大勢の人々と出会うことができたからな。
俺は数々のものを失ったが、それ以上に得るものの方が多かった。そう感じるよ。
アンネは俺のために国や人を動かした。それは、他の誰かにできることじゃない、特別なことだ。お前は俺がそばで守る必要がないほど強くなった。一人でも十分生きていけるくらい強い。だからこそ、俺は決断した。
ジョン=クラウド・マッドフィール・グレーフェンベルク・ナツメ・ムーンライトは、実妹のアンネに王位を譲渡する。
俺の突然の退位に国民は混乱するかもしれない。その時はいくらでも脚色したり誇張したりして国民に不安を抱かせないようにしてくれ。伝説は本人がいなくなってからが本当の始まりなんだから、俺がいない方がいいだろう。
アンネは俺と離れるのが嫌か? 俺も嫌だよ。だけど、人間には必ず自立する時が来る――俺とお前は、互いに依存し過ぎた。お前は、自分の強さを俺のためじゃなく他の人達のために使って欲しい。そして俺も、自分の強さを必要とする者のために使っていきたいと思っている。これは、お互いの成長のためでもあるんだ。
最後にこれだけは言っておきたい。
俺は、いつもアンネのそばにいる。
だから、どうか悲しまないでくれ。
お前が笑ってさえくれれば、俺は幸せだ。
またいつか逢える日を楽しみにしている――愛しているよ、アンネ。
――ジョンより――』
■ ■
「なあ、エーデル。いつまで真っ暗な荒野を歩き続けなきゃいけないんだ?」
リオンの姿が見えなくなってから数分後、ジョンは隣を歩くエーデルに訊く。星明かりだけではその表情を詳しく窺えなかったが、表情を作っていないことはわかる。
「ん? まあ待て。もうここら辺だと思うから」
そう言ってエーデルが首を振って辺りを見回していると、急に唸るような音が響く。
次に、地面を踏み鳴らすような振動がジョンの体に伝わる。
ジョンが気付いた時、それは目の前にいた。
大型のトラック――それも、四トンや八トンでは済まないような、超大型のだ。その超大型トラックが三台、ジョンとエーデルの前で側面を向けて停車した。タイヤが一見して数え切れないほど多く、外観はシンプルで飾り気は一切ないが、いかにも頑丈そうに作られている。すると、その三台からそれぞれドライバーらしき人物が降りてきた。
ジョンが警戒のためコートの内側に手を突っ込むが、それをエーデルが手で制する。
エーデルは二、三歩前に出て、近付いてくるドライバー達と言葉を交わす。と、すぐにドライバー達はトラックの方に戻った。ジョンはどういうことかわからず、エーデルの横に歩み寄ってから訊く。
「このトラックは何だ?」
「言ったでしょう、拠点の移動には慣れているって。このトラック三台が私達の拠点よ。一台は研究施設車、一台は職員の居住施設車、一台は私と貴様の専用車となっている」
順に一台ずつ指さしながら説明していくエーデル。それを、ジョンは感嘆を漏らしながら聞き入っている。
「すげえな。どこにだって行けそうな気がするぜ」
「それで……貴様はどこまで行こうと言うのだ?」
エーデルはふと、話の流れから目的地を訊き出そうとジョンに問う。
「んんー、……クリュザンテーメは一番北に位置しているから、北に進めば手っ取り早くこの国から離れられる。そうするってのは?」
「ふむ。どの道を進もうが貴様の勝手だ。新天地となれば新しいデータが望める……そうしよう」
「決まりだな」
ジョンは足早にエーデルとの専用車と言われるトラックへと乗り込む。小さな一戸建てと言っても過言ではない荷台の部分は、運転席の近くと後輪の近くに扉がある。ジョンは運転席側の扉から中に這入った。
トラックの中は意外と広く――ない。
九畳ほどの部屋に小難しそうな本や書類が所狭しと散らばっていて、中央にある机も、果たして机なのか物置なのか判別がつかない状態だった。
「……ここは」
その乱雑さは、基地にあるエーデルの部屋を想起させる。案の定、後から這入って来たエーデルが、
「ここは私の部屋だ」
ジョンの後ろから声をかけた。それにびっくりするジョンを無視して、エーデルは前を指で示す。
「あそこを見ろ。あの扉の向こうが貴様の部屋だ」
足の踏み場も無いような部屋を進み、ジョンは扉を開けて自分の部屋を見る。
ベッドとソファ、武器や弾薬を置くスペースやメンテナンスなどを行う作業場、一見して不便さを感じない空間だった。エーデルの部屋に比べればマシというものだ。
扉を閉めて、再びエーデルに向き合う。
その時、トラックのエンジンの唸る音が響いた。同時に、激しい走行音が車内から聞こえてくる。だが不思議なことに、ジョンとエーデルがバランスを崩すことはなかった。
エンジンの爆音からして、発進時に後ろへよろめいてもいいはずなのに。感じるのは、精々走行しているのがわかる程度の細かい振動だけだ。
「快適でしょう? どんな急制動でも室内には影響を及ぼさない安定装置よ」
「なるほど。コーヒーが零れなくて済みそうだ」
ジョンは言いながら、部屋にある窓を覗く。真っ黒な荒野は何も映さないが、遠く離れたクリュザンテーメの煌々とした明かりは、はっきりと見えた。
「エーデルは俺について来てよかったのか? 基地を放ってよ」
「私は、貴様という実験体といれば多くの実験ができると思った。ただそれだけだ。そういう貴様はどうなんだ? 後悔はしていないのか?」
「何度も自問自答したが……結局、答えは変わらなかった」
「そうか。しかしジョン、妹と離れて貴様はどうする? 今まで復讐のため、妹のために生きてきた貴様は、これからは何のために生きる?」
その問いに、ジョンは「そうだな」と言って考える。
「今はまだ具体的なことが思いつかない。だから、旅をしながら考えるさ。まあ、だから今のところは、お前の実験とやらに付き合ってやる」
「なかなかいい心がけね。その言葉忘れないで、あとで後悔しても知らないわよ」
作ったような笑みを浮かべるエーデル。
「マッドサイエンティストの発明品楽しみだなー」
エーデルのぞっとしない言葉に、ジョンは引きつった笑顔のまま棒読みで返した。
「ふむ……ともあれこれが今生の別れではないのだ。気が向いたらこの地に帰ってくればいい。何年先でも、貴様の妹は歓迎してくれるだろう」
「そのまま監禁されかねんがな」
「むしろそれを望んでいるようにも思えるが?」
「冗談。その時はまた離れればいいんだ……今日のように」
ジョンは窓から見えるクリュザンテーメを眺め、かの地で起きたことを回顧する。一年五ヶ月の記憶と共に。
おもむろに、ジョンはコートの内側から『煌々たる地獄』を抜き出した。そして、部屋の窓を開けて腕を外に曝す。
「……ジョン、何をするつもり?」
「別れのあいさつ、と言ったところだ」
ジョンはためらうことなく、空に向けて一発撃った。
それには二つの意味が隠されている。一つは、神郷や三巨頭など、戦いによって散っていった者への弔いの気持ち。もう一つは、アンネやリオンなど、今を生きている者に伝える別れのあいさつと再会の約束。
生者と死者、出会いと別れ――万感の思いを込めて、ジョンは礼砲を捧げたのだ。
不気味な静けさを持つ深夜の空気は、一発の銃声で切り裂かれる。
マグナムの音は、どこまでも遠くに響き渡った。
《Patriot sir Magnam》is the END.




